
日本海に沿って北へ伸びるオロロンライン。風光明媚な海岸線は夏のドライブコースとしても人気です。そのオロロンライン沿いにある初山別村は、日本最北の天文台「しょさんべつ天文台」があることで知られる村。人気ドラマの舞台にもなったことがあるので、記憶に残っているという人も多いのでは? 夜空を遮るものが辺りにないため、降り注ぐ星々を「浴びる」体験ができるそう。今回は、美しい星空が自慢のこの村の「しょさんべつ温泉 ホテル岬の湯」に勤務する福士直晃さんと藤田和也さんに、村の魅力や暮らし方、職場についてそれぞれお話を伺いました。
人に喜んでもらえる仕事がしたいとホテルへ転職
「しょさんべつ温泉 ホテル岬の湯」は、30年以上の歴史がある村唯一のホテル。昭和58年に村の保養所として建物が建てられ、平成4年からホテルとして営業をスタートしました。平成13年には日本海が一望できる露天風呂のある温泉棟を増築。平成26年には前浜であがった新鮮な魚介を用いた料理を提供するレストランをリニューアルするなど、少しずつ増改築を行い、現在は全25室を有する規模になりました。夏場は道内外からの観光客がたくさん訪れ、そのほかの季節はビジネスマンが多く利用しています。
同ホテルの総務・経理を担当する福士直晃さんは、隣町の羽幌町出身。平成23年からこちらに勤務しています。「メインの仕事は総務、経理ですが、忙しい時期は浴場清掃もするし、厨房の手伝いも入るし、送迎バスの運転もします。でも、表に出てお客さまと話をするのは楽しいし、ここに泊まって良かったと喜んでもらえると嬉しい」と話します。
実はもともと信金に務めていたという福士さん。札幌の専門学校で経理を学び、卒業後道北エリアの信金へ。「人の役に立ち、喜んでもらえる仕事がしたくて信金に入ったのですが、ちょうど景気が悪い時期で、特に融資の現場は想像していたものとは大きくかけ離れていて...」と約3年で退職。
こちらが羽幌町出身の福士直晃さん
「次の仕事を探さなきゃと思っていたとき、たまたま新聞にこのホテルの社員募集のチラシが挟まっていて、経理を募集しているということで、自分にもできそうだなと思ってとりあえず応募してみました。実家のある羽幌から通ってもいいかなと思って」
経理のできる人が辞めたあとだったため、数字に強い福士さんはすぐに採用となりました。当時、村の住宅事情は古い公営住宅が大半を占めており、福士さんは羽幌から通うつもりでしたが、ちょうどいいタイミングで新しい公営住宅の部屋が空きます。「キレイだったので、そこに入らせてもらいました。ラッキーでした」と振り返ります。
「実家から自分に必要な荷物だけ運んで、気ままな一人暮らし。その頃はコンビニもなくて(今はセイコーマートがある)、仕事が終わるちょっと前に役場のそばの商店に電話をして、魚を卸しておいてもらって、それを買って部屋で焼いて食べたりしていましたね。また、その頃は地元の友達がたくさんこちらに残っていて、みんなで毎日のように遊んでいました。だから寂しいとは思わなかったし、居心地も良くて、札幌や東京に行きたいとは思わなかったですね」
不便さを感じたことはほとんどない村での暮らし
その後、結婚して村内に家を購入。現在は奥さま(ホテルの同僚だったそう)とネコと暮らしています。都会では考えられない広い庭があるそうで、多趣味な福士さん、最近は庭仕事にはまっています。
「休みの日は洗車をするか、庭仕事。草むしりをしたり、樹木の剪定をしたりしています。コロナ禍であちこち出かけられなくなってから、庭仕事をするのがとにかく楽しくて、あっという間に2、3時間経ってしまいます。特に木々の管理や世話が好きで、庭には桜、ツツジ、アジサイ、スモモ、紅葉などの木があります」
人口が1,000人ちょっとという初山別村。スーパーもホームセンターもないそうで、暮らしの面で困ることはないのかを尋ねると、「それが特にないんですよね。スーパーは羽幌まで行かなければならないけれど、最近はネットで何でも買えるから、尚更不便は感じません」と福士さん。札幌へ行くとにぎやかで楽しそうだなと思うものの、たまに行くだけで十分と感じ、自然に囲まれた村の静かな暮らしに満足しているそうです。
ホテルから海に向かうと、バンガローもあり、アウトドアも満喫できます
職場環境は、和気あいあいとした雰囲気
さて、プライベートが充実していることは分かりましたが、職場の雰囲気を含め、仕事面はどうなのでしょうか。
「総務、経理の仕事はどこも同じだと思うけれど、特別面白いわけではないですよ(笑)。でも、事務所のみんなは仲がいいし、楽しく仕事をしています。職場環境はいいと思います。総務や経理以外に浴場清掃や送迎もやりますけど、そこに不満はないです。ボイラーチェックや設備管理も長年手伝っているうちに気が付いたらすっかり詳しくなっていました」
和気あいあいという言葉がしっくりくる職場であることがよく分かります。小さなホテルですから、1人で何役もこなさなければならない点もありますが、むしろいろいろな経験ができるという点では面白みもありそうです。
レストランの新鮮な海の幸も魅力の一つ!
「関係ないですけど、僕ヘビメタが好きなんですよ(笑)。だから、入社面接の際にいつも『ヘビメタ好き?』って聞いちゃうんですよね。歌うのも得意で、かなり高音が出ます。クリスタルキングだって歌えちゃうから(笑)」
くらしごとスタッフやそばにいた藤田さんにそう言いながら、楽しそうに笑う福士さん。そんなコメントからも十分職場の楽しそうな雰囲気が伝わってきました。
福士さんが言う通り、スタッフのみなさんは取材中も冗談を言い合いながら、楽しそうにしている姿が印象的でした
30歳までは、アルバイト生活で好きなことをやる!
次に話を伺ったのは、業務課スタッフの藤田和也さん。お土産などの物販をメインで担当しながら、浴場清掃や宴会場のセッティングなどの業務を行っています。藤田さんは札幌からの移住組。3年前に移り住み、このホテルに就職しました。
現在34歳の藤田さん、「30歳まではアルバイトをしながら、やりたいことをとことんやる」と決めていたそう。「人生は1回きり。後悔はしたくないから、やりたいことをやろうと決めていました。とはいえ、ずっとアルバイト生活だと親も心配するだろうから、とにかく30歳までは好きなこと、興味のあることをとことんやってみようと思って」と話します。
こちらが札幌から移住してきた藤田和也さん
藤田さんは網走市で生まれますが、父親が転勤族だったため、その後、札幌、仙台、盛岡、新潟、群馬と何度も引っ越しを経験。群馬で高校を卒業後、両親と離れて飲食店でアルバイトをしながら一人暮らしを始めますが、東日本大震災で住んでいた家が傾き、住めなくなってしまいました。両親が札幌にいたため、ひとまず札幌へ移ることに。リサイクル系のショップでアルバイトを続ける傍ら、趣味の幅を広げていきます。
「雑学が好きで、いろいろなことを勉強もしました。体を動かすことや自然も好きで、マラソン、ソロキャンプ、スキューバダイビングなどもします。飛行機や船といった乗り物を見るのも好きです。旅行も好きで、バイト先の友達と道内もあちこち回りました」
とにかく多趣味な藤田さんが、初山別村と運命的な出合いを果たしたのはちょうど29歳の夏。友達と稚内方面を旅していたときでした。
「星も好きなので、初山別に天文台があると知って立ち寄ることに。そうしたら、昔家族とここに来たことを一気に思い出したんです。まさにフラッシュバックですね。それで、30歳になったら腰を据えて落ち着こうと思っていたのもあり、ここに運命を感じ、村に移住しようと決めました」
移住を決めたら、仕事もすぐに見つかった
札幌へ戻り、初山別村の情報収集をはじめ、役場にも電話。仕事を探しているという旨を伝えると、ちょうどそこにホテルの支配人がいて、就職もトントンと話が進みました。翌年2月には住む場所も見つかり、無事に移住。
「ホテル業界は未経験でしたが、もともと人と話したり、コミュニケーションを取ったりするのが好きなので苦はありませんでした。物販以外にもいろいろな仕事が経験できるのは面白いですし、自分の出したアイデアややりたいことをすぐに実現できる職場だなと感じています」
例えば、駄菓子販売もその一つ。近くのキャンプ場に家族連れが増え、日帰り入浴で子どもたちがホテルに寄る機会も増えそうだなと感じた藤田さんは、すぐに駄菓子の販売を提案します。駄菓子を仕入れて置いたところ、実際たくさんの子どもたちが駄菓子を購入。駄菓子があることを知った近隣住民もわざわざ買いに訪れてくれるようになったそう。
「自分のやったことが未来に繋がっているなと感じられる機会がここにはたくさんあります。人に喜んでもらえるのがとにかくうれしいし、小さなことであっても日々挑戦できる職場だと思います。事務所はアットホームな雰囲気ですし、余計なストレスがなく働けるのも魅力だと思います」
自然と向き合い、「何もない贅沢さ」を満喫する毎日
仕事にやりがいを感じながら日々を送っている藤田さん。もともとたくさんの趣味を持っていますが、休みの日やプライベートの時間はどのように過ごしているのでしょうか。
「最近は語学の勉強を楽しんでいます。中国語や韓国語など。これは仕事面でも今後生かせるかもしれないと思っています。あと、マラソンも趣味なので、時間があればこの辺りを走っています。休館前はよく天文台にも行っていました。星好きにとって、目の前に天文台があるなんて最高ですよね。好きなことがたくさんできて、毎日とても充実しています」
「ピザを頼んでもすぐに配達してもらえる場所ではないけれど」と笑い、ここでの暮らしをとても気に入っていると続けます。
「大都市は便利なことがたくさんあるけど、人が多すぎる。僕は人混みが苦手なので、特にそう感じてしまいます。初山別に来てすぐのときは想像以上に何もなくて少し驚きましたが(笑)、今は豊かな自然と向き合い、『何もない贅沢さ』を実感する日々です。いろいろな経験をしてきたからこそ、初山別の良さが分かる気がします」
豊かな自然とアットホームな人たちに囲まれながらの暮らしや仕事は、福士さんにとっても藤田さんにとっても「ちょうどいい」ようです。

- しょさんべつ温泉 ホテル岬の湯/福士直晃さん・藤田和也さん
- 住所
北海道苫前郡初山別村字豊岬153番地
- 電話
0164-67-2031
- URL