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漁業の在り方・働き方に一石を投じ、未来へと繋げる元営業マン20220922

この記事は2022年9月22日に公開した情報です。

漁業の在り方・働き方に一石を投じ、未来へと繋げる元営業マン

道内屈指の漁獲量を誇る漁師町・羅臼。サケ、ウニ、ホッケ、キンキ、ブドウエビなど、年間を通してさまざまな魚介が水揚げされています。また、濃厚な出汁が引けることから、本州の高級料亭などで用いられる羅臼昆布も特産品として知られています。

他地域に比べ、水産資源に恵まれている羅臼ですが、地元漁業者の中には漁獲量の減少や後継者不足など、全国の漁業者と同じ悩みを抱えているところも少なくはありません。そのような中、仕事の進め方や働き方を見直し、新しい形にチャレンジしているのが共同企業体の「丸共阿保髙橋」です。今回は、「丸共阿保髙橋」を立ち上げた阿保水産の芦崎拓也さんにその経緯などをインタビュー。お話をたくさん伺ううちに、芦崎さんの地元・羅臼への想いも知ることができました。

abosuisan41.JPGこちらが阿保水産4代目、芦崎拓也さん

医薬品の営業マンから定置網漁業の4代目へ

羅臼でサケの定置網漁業を営んでいる阿保水産。母方の祖父の代からはじまり、芦崎さんで4代目となります。「子どもの頃は自分が漁業をやるとは思ってもいなかったのだけどね」と話します。芦崎さんは羅臼で生まれ育ちますが、父親は漁師ではなく漁業組合の職員で、母親の弟が阿保水産を継いでいました。

「漁業権は血縁者でなければ引き継ぐことができないのですが、結局、叔父のところに後継者がいなかったので、大きくなるにつれ、いつかは自分がやるのかなと思うようになりました」

ラグビーをやっていた芦崎さんは、それを続けるため、中標津の高校、江別の大学へ進学し、羅臼を離れます。
「僕は叔父のことが本当に大好きで、大学を卒業したら叔父のところですぐに働くつもりだったんです」と芦崎さん。
しかし、叔父から「まずは外で社会経験を積み、経営や会社組織を学んでから戻ってきたほうがいい」と言われ、札幌で就職をします。大手菓子メーカーの医薬品事業部で営業マンとして活躍し、在職時には労働組合の支部長も経験しました。

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「結果としてこのころの経験が今、組織を動かすにあたってとても役立っています。時代が変わって、漁業の世界も働き方が変わり始めており、昔の常識が通用しなくなりはじめています。そういう意味でも、雇用される側の立場、労組での経験も生かせていると思います。僕は行使できる権利は行使するべきだと思うタイプなので」

現場を知ることが大切。3年間の漁師生活

敬愛していた叔父が49歳という若さで急逝。30歳で羅臼へ戻ることになります。
祖父がまだ元気だったので、現場の漁は祖父が見て、会社の経営のほうを芦崎さんに任せると言われますが、「3年間、一般の従業員として現場に出させてほしい」と祖父に頼みます。漁の経験がゼロだと、現場の改善点が見えてこない、あるいは社員の要望を聞いても理解ができないと考えたからだそう。

現場を3年経験したのち、会社の経営側に入った芦崎さん。未来の会社の在り方や社員の働き方について考えたとき、「漁業者としてこのままではいけない」と感じます。「定置網漁業は決まった場所にしか網が張れないので、魚がくるのを待っているしかない。今はまだ羅臼も魚が獲れているけれど、漁獲高が下がっているのは事実。毎日漁に出て魚が獲れるような時代ではない中で、一定レベルの収量の中から従業員に給料を支払うことや設備の費用などを考えたら、1社で続けていくのは厳しい時代に入っていくと思いました」と話します。

abosuisan30.JPG社員の最年少は、小樽の水産高校を卒業してやってきた19歳

2つの会社の良さを生かした共同企業体を設立

そこで、芦崎さんが考えついたのが「協業」。「ほかの地域では早くから取り組んでいるところもあったので、羅臼でもやってみようと思って」と芦崎さん。今からちょうど3年前、水揚げ高に伸び悩んでいた髙橋水産に声をかけ、一緒にやっていくことにします。

漁業権というのは1社に1つしかないため、会社を合併してしまうと漁業権が1つなくなってしまいます。そこで、阿保水産、髙橋水産の両方の会社を生かすため、「建設業界のJV(ジョイントベンチャー)のような共同企業体『丸共阿保髙橋』というのを立ち上げ、運営することにしました」。

従業員はそれぞれの会社に所属した状態で、阿保水産と髙橋水産の2社分の仕事をこなします。定置網漁船は2隻ありますが、船頭は1人。その船頭の指示のもと、2つの会社の従業員が仕事をこなしていきます。水揚げされた魚はすべて丸共阿保髙橋に集めて出荷。2社はそれぞれの経費を丸共阿保髙橋へ請求するという流れ。

abosuisan40.JPG祖父の代から助け合ってきた、髙橋水産の髙橋社長と
「阿保水産は地域でも一番といって言いくらい魚が獲れていましたが、その分どこかあぐらをかいているところがありました。一方の髙橋水産は地形の関係で魚が獲れず、どうやれば魚が獲れるかをいつも考え、工夫し、丁寧に仕事を行っていました。両社の良いところが組み合わさることで、将来的に相乗効果が期待できると思いました」

「最初は従業員も戸惑ったと思います。同じ定置網漁業でも、船の大きさも違えば、網のサイズも違う。網のおこし方も違って、阿保の漁場は海溝の深いところだから箱型、髙橋は逆に海底が浅いところなのでいけす型。網に魚がかかる時間帯も異なるので」と芦崎さん。
中でも特に問題は給与でした。水揚げ量に対して給与を支払っていたため、2社分の水揚げ量をならして人数で割っていくと、中には給与がこれまでより幾分か減る従業員たちも。
「不平不満はたくさん出ましたね。辞めていく人たちもいました。僕や髙橋さんの考え方を理解し、将来的なことを考えて残ってくれた人たちが今いる従業員です」と話します。
若い従業員に定着してもらうことも考え、さらなる働き方改革が必要だと、待遇面などの見直しをはじめ、番屋を改装するなどより働きやすい環境作りも行っています。

abosuisan12.JPG番屋内部。芦崎さんがどうしてもつくりたかった、メジャーリーグ仕様の個人ロッカー!
abosuisan14.JPG海の見える大きな食堂では、毎日できたてのおいしいご飯が!この日はトンカツが調理されていました
共同企業体の丸共阿保髙橋が誕生して3年経ち、現在は阿保水産、髙橋水産合わせて、下は19歳、上は70代の合計10名の従業員が在籍しています。「最初は周囲からも『無理だ』と言われ、大変そうに見られていましたが、今は従業員たちも慣れて、とても効率良く仕事をこなせるようになりました」と話し、「成長戦略的に見て、この協業の形がきちんと確立できるまで5年はかかると思って始めました。あと2年経って、こういうスタイルが羅臼でもスタンダードになっていくといいなと思っています」と続けます。

「従業員に夢を語れない経営者にはなりたくない」と芦崎さん。たとえ魚がたくさん獲れなくなっても、20年後も会社を続けるという強い意志で、協業というスタイルを取り入れ、番屋や設備もすべて新しくしたと話します。

abosuisan23.JPGまだ真新しい匂いのする番屋の前で

サラリーマンよりも実働時間が短い漁師の仕事

働き方を見直すにあたり、実働時間のデータを取りたいと考えた芦崎さんは一度タイムカードを導入。年間の実働時間を算出すると、「一般的なサラリーマンの半分くらいでした」と笑います。年収から計算すると時給も3000円以上になり、「うちの場合、5月の連休明けから11月末までの雇用で、実際に海に出るのは9、10、11月だけ、それ以外は海に出るための準備期間。日曜は基本的に休みで、さらに8月は1カ月間夏休みとなります。そうやって考えると、冬の間は好きなことをできる漁師の仕事って、悪くないですよね?」と芦崎さん。

abosuisan5.JPGこの日は、海藻や貝類が付着するのを防ぐ防汚材を塗布した網を業者から回収し、敷地内に移動させる作業中。以前はこの塗布作業を自前で行っていましたが外部に委託することにより社員の負担が大幅に軽減。
年配の漁師の中には、青森に住所を置き、漁のシーズンだけ羅臼に住んでいる人もいるそうです。芦崎さんは、「そのような季節労働の人がもっと道内のほかの地域や他府県から来てくれてもいいと思っています。冬の間は旅行に行くでもいいし、ほかの仕事に就いてもいいし。冬の期間を有効に使える人、遊べる人が来てくれたら嬉しい」と話します。

abosuisan7.JPG真剣な作業の中でも、時おり見られる皆さんの笑顔から、現在のチームワークの良さが伝わってきます
「今でこそ羅臼の定置網は地元の漁師がやっているけれど、僕の祖父ももともと青森から人を連れてきて会社をはじめた人。当時、地元の人たちは定置網漁業なんて...と冷ややかに見ていたそうで、昔は漁期にだけ青森から来る従業員が多かったみたいです。その定置網漁業が今となってはこうやって定着している。そう考えると、協業システムもゆくゆくは定着していくのではないかなと思っていますし、地元以外の季節労働の従業員が昔のように増えてもいいと考えています」

abosuisan36.JPGより海に近い、もうひとつの作業場では、網の補修作業が行われていました

冬の間に会社を立ち上げ、加工品の製造販売をスタート

サラリーマンにはならず、ユーチューバーなど自分の時間を大切にしながら仕事をしている若者たちが増えているのを見て、「うちのようなシステムの漁師の仕事もいいなって思ってもらえるんじゃないかな」と芦崎さん。
春夏は準備をし、秋は海に出てしっかり稼ぎ、冬は自由に好きなことをするというのは、縛られずに暮らしたい人にとって魅力的な話です。実は3年間漁に出ていた芦崎さんも、当時冬の間は自由の身。「暇だったもので(笑)、自分で別の会社を立ち上げました」と言います。

芦崎さんが立ち上げたのは「ケミクル」という会社。社名は、「ケミカル」と「リサイクル」を組み合わせたそう。良質な海の恵みを余すところなく活かすため、化学の力を借りて加工するという意味。当初は、サケの加工場で廃棄されていたサケの氷頭と呼ばれる部分を使った商品開発などを行っていましたが、現在は羅臼昆布のスープなどの開発と製造販売をしています。
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「海からあがったもので、ムダなものは何ひとつないと思っています。自分が現場で漁に携わるようになってから、自分たちの獲ったものが身だけ食べられてあとは残渣としてゴミ扱いされるのがとても嫌だと感じるようになり、加工することで活用できないかと思ったのが会社を作るきっかけでした。昆布も、ウニが食べて穴が空いたものや、色・形がバラバラなものは市場に卸すことができずにいます。質は悪くないのに、それはもったいないので加工品にして販売しています」

ワーキンググループ立ち上げなど地元の活性化につながる活動

話を聞けば聞くほど、芦崎さんの高い戦略性と大胆な行動力に驚かされます。さらに、その行動のベースには地元・羅臼への愛情が詰まっているのがよく分かります。他にもいろいろな肩書きを持っている芦崎さんは、8年ほど前に地元の若者たちを集めて「地域活性化ワーキンググループ」を立ち上げます。

ワーキンググループの皆で何かをやろうと話し合う中で、課題としてあがったのが夏の昆布のPR。夏の昆布漁の時期になると、町のみんなが漁の手伝いに駆り出されて町から人が少なくなりますが、その時期に観光客はたくさんやってきます。昆布のPRをしたくてもできない状況を打破するため、観光客に昆布の魅力を伝える機会を作ろうと、ワーキンググループで「知床らうす昆布フェスタ」を毎年開催。昆布干しなどの体験を中心とした内容は評判となります。この活動が認められ、ワーキンググループは町の公認団体となり、昆布フェスタも町で予算を取ってくれるようになりました。

abosuisan52.jpgコンブに関する様々な体験ができるのが大きな特徴
最初は6人から始まったワーキンググループですが、今では40人以上のメンバーがいます。地域の活性化に興味がある人、職場以外のコミュニティーに参加したい人たちがたくさん参加。また、移住してきた人たちが地元の人と交流ができるグループという位置づけにもなっています。

さらに、この昆布フェスタの体験ものは学校のカリキュラムとしても組み込まれているそう。「僕自身もそうだったのですが、漁の時期って大人はとにかく忙しくて、子どもたちは構ってもらえません。だから、何が羅臼の特産品かよく分からない子が結構います。僕も大人になって、羅臼の特産品は何?と聞かれて答えられなかったことがありましたから」と笑い、だからこそ子どもたちに地元の産業や特産品について学び、触れる機会を提供したいと言います。

漁業者として、経営者として、町のためにやれることをやりたい

実は芦崎さん、羅臼町の教育委員会の教育委員も務めています。教育委員というと、だいたいが元校長や教頭がなるものというイメージですが、「なぜか町長から任命されてね」と話します。ちなみに39歳で教育委員になった際、北海道で最年少の教育委員だったそう。「叔父が亡くなって会社を継がせてもらい、漁業はもちろんだけど、町のためにやれることっていっぱいあるなと気付きました。だからやれることはやろうと思っています。町のこと、教育のこと、子どもたちの未来のことを考えるのは楽しいですよ」と語る表情からも、羅臼町のことを大切に思っているのが伝わってきます。

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「羅臼に住んでいる人がここに暮らす理由、ここにいる理由を言えることが大事」と言う芦崎さん。「羅臼がより魅力的な町になり、羅臼で働きたいという人がたくさん増えてくれたら嬉しいですね。そして、その中から魚を獲るのが好きだ、魚を獲りたいという若者を何人育てていけるかが僕の役割かな」と最後に語ってくれました。

漁業協同企業体 丸共阿保髙橋/有限会社 阿保水産  芦崎拓也さん
漁業協同企業体 丸共阿保髙橋/有限会社 阿保水産  芦崎拓也さん
住所

北海道目梨郡羅臼町麻布町56-7

電話

0153-88-2226

URL

https://shiretoko-rausu-chemicle.com/


漁業の在り方・働き方に一石を投じ、未来へと繋げる元営業マン

この記事は2022年7月7日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。