北海道札幌市の中心部から車で30分程のところにある石山エリアに「株式会社ふるさとファーム」という農場があります。札幌市ではあれど、見渡すと山に囲まれた自然に溢れるエリアです。
取材時は残念ながらの雨模様...でしたが、私たちをパワフルな笑みで出迎えてくれたのは、ここのファームの代表である東海林 幸恵(とうかいりん さちえ)さん。現在3人のお子さんを育てる現役ママでもあります。
「どうぞ〜」と私たちを招き入れてくれた場所は、ちょうどスタッフさんたちの「休憩所」をつくろうとしている場所。絶賛工事中ではありましたが、木の香りが心地良い空間でした。思わず目に入ってくるのは、大きく太い木の柱。
こちらがその柱です。
近くの山から採れた木を使って作っているそうなのですが、「標茶時代の大工の友だちに作ってもらって...」と、なんと出身は道東の標茶町だということが取材の冒頭で判明です!
農業の道へ進んだワケ
「私のおじいちゃんは、山形県出身。戦争で中国に行って、終戦後に北海道に入植したんです。その地が標茶で、そこで酪農を始めました」と、そのルーツを教えてくださいました。
ご実家は酪農業を営まれていたのですね。その後、大学進学の時に標茶町を出て、札幌のお隣江別市にある「酪農学園大学」へと進学。それを聞くとご実家を継ぐために...?と思いきや、その想いは別にありました。
笑顔がとーっても素敵な東海林さんです!
「年の離れた兄が2人いるので、継ぐのは自分じゃないと思っていました。酪農学園大学では、『農業経済学科』というところで、農業について学んだんです」
この学科に進学した理由を「農業の教員免許の資格が欲しかったから」と話す東海林さん。酪農業も含めた「農業」という世界は、あまりにも小さい頃から近い存在すぎて「大変」というイメージを抱いていたそうですが、高校時代に商品開発の経験や、環境問題についての学びなどを通して、改めて農業の魅力を感じ始めたそう。
「あと、高校時代の先生にも恵まれていたっていうのもあります。こういう人に自分もなりたいと思って」と、教員を目指す理由について言葉を継ぎます。
しかし、教育実習に行き、実際に教える立場となった時に自分の中で何か少し違和感のようなものを覚えたそう。
「現場なら一緒にやりながらできるけれど、教科書を使って、生徒と距離のある教壇に立って教えるって、すごく大変なことなんだと教育実習の現場に行って思いました」
ふるさとファームで採れる美しいトマト(品種はアイコ)
少しギャップを感じた教育実習。それでも教員採用試験に臨みますが、農業の先生となると、当時は採用人数が数名の狭き門。なかなかうまくいきませんでした。
そこで東海林さんは、大学のゼミでやっていた直売所のお手伝いをしたり、全国から高校生が集まり農業を体験するという大きなイベントのスタッフとして働いてみたり...「農業」をベースに、さまざまな場所へ自ら赴きました。
「この時に、農業を通して人と人とが繋がるって素敵なことだな〜って思ったんです」と東海林さん。まさにこの時の想いが、今後のふるさとファームに繋がっていくので、これを読んでいる方はよ〜く覚えておいてくださいね。(笑)
そしてその後、職業訓練の事業を担うNPO法人と出会います。この法人が「自分たちで農場を持って農業をやろう!」と動き始めるところに、東海林さんもスタッフとして関わることとなりました。
それがこの、ふるさとファームの前身なのです。
「この土地は、札幌市の農政の人たちが繋げてくれたご縁で見つかった場所。もとは牧草地だったのをみんなで耕しました」
ここが農場の一部。また少し離れたところにも畑があります。
2010年から動き出し、翌年4月には法人化。
NPO法人内で農業について詳しく分かっているのは東海林さんしかおらず、農場長として指揮をとりました。
...が、大学を卒業してまだ間もない頃でもあります。プレッシャーや不安などはなかったのでしょうか?
「んー...プレッシャーや不安よりかは、勢い...大変そうだけど、絶対やってやる!っていう強い気持ちでいましたね」と当時を振り返ります。
「一番大変だなと思ったのは、続ける大変さ。最初から法人化してやっていたわけで、お金に関することは本当重かったですね...。酪農と違って野菜は1年の半分しか栽培できないし、種を蒔いてから時間もかかるし...」
そう悩みながらも今日まで頑張ってこれたのは「農業をやりたい」「農業は素敵なことだ」という強い信念があったからだと言います。その後、農場長から肩書きも「代表」に変わった東海林さんです。
こどもたちの「ふるさと」でありたい
農業は素敵なことだという、その魅力を伝えるべくふるさとファームでは食育活動にも取り組んでいます。農場が出来た次の年からは近隣のこどもたちを招待して、作物や自然に触れてもらっていたと話します。
つやつやに輝く緑が眩しいズッキーニ。
「私自身が、標茶という田舎で育って、そこは山も空も広いところでした。命とか、自然の動きを肌で学び、家にはおじいちゃんとおばあちゃんがいて、外で一緒に何かをしたり...。そういった環境が今の自分を作ってくれました。だからこそ、札幌で私がそういう場所をつくりたいと思ったんです」
畑の手前には「カレーライス畑」なるものがあります。
ここでとれた野菜を使って、みんなでカレーライスを作るのです。
こうした体験も、ただ収穫して食べるというだけでなく、種を蒔くところからスタートするのだとか。そして毎月1回はこの畑に来てもらい、作業をしてもらう。きっと、自分たちが最初から手がけた野菜ともなると、収穫した時の喜びはひとしおでしょう。
「これまでも、ドラム缶でピザを焼いてみんなで食べたり、冷凍したトマトを使ってハヤシライスを作ったりもしましたね」
新型コロナウィルスが蔓延してからは、こうしたイベントはなかなかできないものの、いつでも畑に来ていいよ!というスタイルで、動物や虫が好きな子どもたちがカエルや虫などを捕りにここを訪れるといいます。当初思い描いた、農業を通して人と人とを繋げることを、このふるさとファームを通じて続けているのですね。
子どもたちは、将来お客さんになり得る人でもある。もしかしたら、農業に関連する仕事に就くこともあるかもしれない。そんな時に、少しでも農業について肌で知り、魅力を知っている人になって欲しい...そんな将来を担う子どもたちへの想いも聞かせてくださいました。
「自分も親になってみて分かったことがあります。私の親も、私自身もそうなのですが、自分のこどもを育てるため守るために必死で働いているから、この仕事の楽しさを自分の子どもに伝えるのって結構難しいんですよね...。自分が経営者になってから父親と話していた時に、『この仕事は面白いだろう』みたいなことを言っていた時があって、お父さん、いつも忙しそうに大変にしてたけどそんなこと思ってたんだ。今の私と同じで、自分の仕事を面白いって思っていたんだな〜と思いました」
東海林さんも3児のママ。5歳、3歳、2歳と、まさに元気盛りな子どもたちの母業もしつつ、このファームを切り盛りしているのです。
3児の母の育児と仕事の両立術
畑には子どもたちが遊べるスペースも完備。
「子どもが生まれるまでは、朝5時から夜22時まで仕事をするっていう生活をしていたんです。仕事が大好きだから苦でもなかったんですよね(笑)。子どもができたって、同じくらい働ける!なんて思っていたんですが...ぜんっっっっぜん働けないもんですね(笑)こんなに働けなくなるのかとビックリしました」と笑う東海林さん。
子どもの急な体調不良など、思うように動けない日々。しかし現在は代表としてこのファームのリーダーを務めなくてはなりません。ご両親は標茶にいるし、頼れる人もなかなか周りにいない現状での育児と仕事の両立のコツは...?と聞いてみると「諦めも肝心(笑)」と東海林さんらしく、笑って一言。
「もう3回の妊娠・出産を経て、諦め方を覚えました(笑)。最初の頃はパートさんに家で子どもを見てもらっていたこともあったんですよ。スタッフが女性ばかりで、子育て経験者でもあるのでそこは安心できました。3人目が生まれた時なんて、退院した3日後には畑にベビーベッド置いて寝せてましたよ(笑)」
今は物置となってしまったベビーベッド(笑)。まわりの協力を得ながら、現在進行形で育児も仕事も奮闘中の東海林さんです!
今も、保育園がお休みの日曜日には一緒に畑に行き自由に遊ばせているのだとか。諦め方を覚え、自然に身を任せ、仲間たちの協力を得ながらの育児と仕事。大変さを自分なりに乗り越えて突き進む東海林さんの背中は、なんだかとても逞しく感じました。
これから目指していく方向は
ふるさとファームでは、秋冬には長ネギがメインとなり、ぜひとも冬の鍋の具材として楽しみ、家族団らんを味わって欲しいという想いがあるそうです。そして春はほうれん草、夏はトマトの季節によって作物の顔も変わっていきます。
ミニトマトは「札幌蕃茄(さっぽろばんか)」というブランドと化して、道産食品セレクトショップ「きたキッチン」や、東京有楽町にある北海道アンテナショップ「どさんこプラザ」などにも出荷され、多くの人のもとへと渡ります。
会社として通年で出荷できる状態をつくるべく、冬も丸太の薪ストーブを導入。灯油代もかからず、環境にも負荷がかかりにくいのだとか。
ほかにも、割れてしまったトマトなどの商品化なども検討中。まだまだ進化し続けていこうとしているふるさとファームです。
作物だけではなく、働き手のこともしっかりと考えています。特に、女性の活躍推進に向け、休憩所などの環境整備を進めたり、お子さんの急なご病気での欠勤対応なども柔軟に行っていたり。子育てと両立中のママさんが実際にファームで働かれていましたよ。
ママさんスタッフで爆笑中。お子さんがお手伝いに来てくれることもあるのだとか!ママが働く姿を見て、自然に触れて一緒に仕事を楽しむ...そんな素敵な経験ができるのも良いですね
「現実的なことを言えば、会社としてはまだまだ安定していないので、安定した売上を目指すことが今の目標です。あと大事に思っていることは、このファームを『続ける』こと。これまでたくさんの人に助けてきてもらったからこそ、その人たちに恩返しをすべく、野菜を提供し続けたいんです」と教えてくださいました。
石山エリアにやってきて、12年。
東海林さんにとっても、この地は想い入れのある場所だと話します。
「ここは札幌の都心部に近いけど、自然がたくさんあって良い意味で札幌っぽくない。ホタルも出ますし。でも最近、新しい家も建ってきて、家族層も増えてきています。町内会の平均年齢もぐんと下がってきてきています(笑)」
少しずつ若い世代との入れ替わりもあり、より活気が出てきてる石山地区。ふるさとファームの目の前にあるバス停で待つおじいちゃんを車で乗せて行ってあげたり、近所の子がカエルを取りに来たり...ふるさとファームがこの場所にあることによって生まれる新たな人との繋がりもあるそうです。
農業の中で一番神秘的だなと思うことは、こうして種を蒔いて芽が出てきた時ですと教えてくれました。
誰でも受け入れ、みんなを応援してくれる雰囲気が強く伝わってくるふるさとファーム。自分たちも新規就農でここまで来たからこそ、同じ夢を持つ人への想いもあります。「気軽に見学しに行ってみたり、まずは動いてみる。大変なことは絶対大変だけど、やってみて分かることの方が多いと思います」と、これから新規就農を目指す人への応援のメッセージもいただきました。
- 株式会社ふるさとファーム
- 住所
北海道札幌市南区石山637番6
- URL