北海道八雲町の落部漁港。ホタテ漁などが盛んに行われるこの噴火湾で、刺し網漁を行っているのが噴火湾鮮魚卸龍神丸の代表・舘岡勇樹さんです。
漁師の家に長男として生まれ、学生のころから家業を手伝ってきた勇樹さん。高校生のころ、魚の卸先である仲買から届いた仕切書を見ながら「また魚が安くなった」とつぶやくお父さんの背中をよく覚えているそうです。
「だったら卸さず、自分で魚の値段を決めて売ればいいのに」
と思った勇樹さんでしたが、自分が漁師になって初めて、それはそんなに容易なことではないと思い知らされます。それ以来、魚の売値は上がることもなく、漁師の収入は厳しいままでした。
駒ヶ岳を臨む噴火湾の美しい景色
そんなある日、東京で看護師の仕事をしていた従姉妹の志保さんに「このまま漁師を続けていけるか不安だ」と話すと「じゃあ自分で売ればいいじゃん」と、かつての勇樹さんと同じ感想が返ってきました。
勇樹さんは志保さんに「そんな簡単なものじゃないんだよ」と笑って言いましたが、このお話は、単なるお酒の席の雑談では終わらなかったのです。
「個人で魚の営業をやっている人が、まだ少ないのであれば、私が挑戦してみたい!」という興味に突き動かされ、なんと志保さんはそれまで働いていた病院を退職し、2人の息子さんを連れて東京から落部に引っ越してきてしまったのです。
そこから、志保さんに導かれるように、これまでの価値観を捨てて新しいことに取り組み始めた勇樹さんと、それを支え続ける志保さん。
お二人の、決して簡単ではなかったこれまでの挑戦について詳しくお聞きしました。
「それなら、自分で売ればいい」を実現させるために北海道へ
当時、志保さんは在宅医療や訪問看護現場で、営業活動をメインに行っていました。仕事を始めてちょうど10年経ち、このままスキルアップを目指すのか、違う道を探るのかなど、自分の将来について少し考え始めていたころだったといいます。
そんなとき、手の手術をするために勇樹さんが東京にやって来ます。
魚の売値は父親の代から依然として安く、漁獲量も減っているという話を、志保さんはそのとき初めて聞いたのでした。
「当時は有機野菜や無農薬野菜、農家さんの顔が見える野菜などが出てきていた時期だったのですが、よく考えたら、魚も獲る人がいるんですよね。産地や、養殖・天然の区別などは記載されているものの、基本的に魚って漁師さんの顔が見えない売り方をされています。そのせいか、魚へのありがたみも、自分自身あまり感じていなかったんです」
龍神丸の営業・広報だけでなく、6次産業化をサポートするナヴィルノワールの代表、さらには落部ブルーツーリズム推進協議会の代表なども務める志保さん
そこから自分なりに調べ、いまは生産者が6次産業化をする流れが出てきていることを知ります。しかし農業ではかなり進んでいるものの、漁業に関してはまだ始まったばかり。「でも国が勧めていることだから、ルール違反ではない。あとは本人のやる気次第だ」と思ったそうです。
思い立ったら、とりあえずやってみる。そんな性格が後押しして、志保さんはSNSで勇樹さんの魚の買い手がいないか探してみることにしました。
魚にこだわって取り扱っているお店をメディアで見つけては検索して、SNSでメッセージを送り、返事をもらってつながっていく。地道な活動ですが、ここで看護師時代の営業経験が生きました。
「そこから徐々に買い手が増えていったのですが、今どんな魚が獲れてる?どんな漁の仕方をしているの?などの質問が増えてきて、現場にいない私にはわからない。本人に聞こうとしてももう寝ている、あるいは漁に出ている時間...という感じでレスポンスが悪く、顧客が離れることもあったんです」
そこで志保さんは、当時住んでいた東京の家を売却。中古車も買い、勇樹さんに「北海道に行くから」とだけ告げて、津軽海峡を渡ってきたといいます。
6次産業化について、最初はそこまで高いテンションではなかった勇樹さん。まさか志保さんが北海道に来てしまうなんて!とその本気度に驚いたそうです。
これからは『推し』の漁師から魚を買う時代?
いきなりの北海道移住、不安はありませんでしたか?と聞くと、志保さんは「ダメなら東京に戻ればいいや、という気持ちだった」と笑います。最初から魚の仕事だけでは食べていけなかったため、函館で看護師の仕事をしながら、しばらく二足の草鞋を履いていたというから、本当にたくましい限りです。
やがて、ふたりは結婚。6次産業化については、小さな漁師町だからこそ「急に東京から渡ってきた女が、なにか変なことをしている」と噂されることもありましたが、志保さんはやりたいと思ったことを曲げることはありませんでした。勇樹さんが言うように、志保さんは「口に出したら絶対行動をして結果を出すタイプ」なのです。
「特に大事にしているのは、SNSなどで繋がった顧客のところに必ず会いにいくこと。もちろん、彼も一緒に連れて行きます。魚の魅力などを直接伝えやすいからという理由に加えて、舘岡勇樹という漁師のキャラクターを売りたいからです」
志保さんの発想としてユニークなのが、漁師のブランディング。「この漁師さん、面白い!」「なんか好き!」と思ってもらうことで、勇樹さんから魚を買いたいというファンを増やす狙いです。
撮影中の志保さんを見守る!? 勇樹さん
たとえば、勇樹さんがジェラートを買って食べているかわいらしいシーンを撮ってSNSにアップしたり、勇樹さんの似顔絵Tシャツを販売したり...(30枚も売れました!)。勇樹さんがエビの着ぐるみを着て、ボタンエビ漁のやり方を教えるコミカルな動画も好評だったそうです。
「エビの着ぐるみ、僕はイヤだって言ったんですよ!でも、これからの漁師はこういうこともやらなきゃダメだと言われて...」と、勇樹さんも困り顔。しかしそのおかげでエビもかなり売れたというから、志保さんの作戦は間違っていなかったのです。志保さんと勇樹さんはまるでプロデューサーとタレントのよう! これからは、推しの漁師から魚を買う...という仕組みが流行るかもしれませんね。
斬新なアイデアを用いた、今までにない加工品にも注目
龍神丸は8年前に加工場を立ち上げ、作った加工品をイベントなどで販売もしています。勇樹さんが水揚げをするのは、ボタンエビやスケソウダラ、赤ガレイや宗八ガレイなど。特に人気なのは、カレイの干物です。
名産の赤カレイに桜をかけあわせた『桜鰈』
「刺し網漁だと網で擦れたり、血が寄ったりする魚が出てきてしまいます。特に宗八ガレイは漁獲量の1割程度は痛みが出てしまうので加工品にしているのですが、かなりの人気。数が足りないので、卸す予定だった痛みのないカレイも商品化しているほどです」と勇樹さん。
勇樹さんは現在、仲買の権利も買い、漁に出ながらときに魚を仕入れて加工品に回すこともあるといいます。今日は自分が漁に出る、明日は漁に出ないで魚を仕入れに行く日、と、その日の状況によって行動の選択肢が広がりました。
魚種や目的に応じた手当てをして消費者に届けます。写真は神経抜き
そして八雲町は天気の悪い日が多く、魚を天日干しできる日が限られていることから、ちょっとした工夫が必要なのだそう。志保さんが着想を得たのは、和歌山の特産品である、火山灰を使った『灰干さんま』。
落部に火山灰はないので、特産品であるホタテの殻を焼いて粉にしたものを使って脱水処理をしながら干す『シェルパウダードライ製法』を生み出しました。カレイのなかでも匂いの強い宗八ガレイは、ホタテの殻の消臭効果で少しマイルドに。少し水分が残る程度に干しているため、焼いた後もふっくらしているのだそうです。
ホタテの殻から出来た粉末。片栗粉のようにきめ細かく、さらさら。
「去年は、タラの白子のチーズケーキも作ったんですよ。白子をケーキに?と思われるかもしれませんが、強い臭みもなく、でも食べると日本酒に合うような魚の風味もほどよく残ったものに仕上がりました。東京でお付き合いのあるビストロに相談してレシピを作ってもらい、商品はクラウドファンディングで販売したのですが、好評でしたよ」と、志保さん。
魚をケーキに!? その発想力には本当に驚きますが、業務用のオーブンも八雲のお菓子屋さんに借りるなど、周りの人たちも協力を惜しみません。そして「白子の裏ごしはめんどくさいんだよ〜」と言いながらも、嬉しそうな勇樹さん。
もともと漁業に関わりのなかった志保さんだからこそ出てくる、思いもよらないようなアイデアに、周囲もどんどん巻き込まれ始めています。
漁業の現場を見てもらうことで、喜んでもらえることがうれしい
また、龍神丸では修学旅行生や観光客の受け入れも始めています。
「ホタテの養殖施設を回ったり、新鮮な魚介で寿司をにぎる体験をしたりしてもらっています。先日は高校生に、獲れたてのまだ生きているエビを船の上で食べてもらったんです。なかなかできないことなので、みんなすごく感動してくれたんですよ」と志保さん。
本当は、エビはとってから1日寝かせた方が甘味も増しておいしいそうで、その点では、勇樹さんと少し小競り合いになったとか...。
「もちろん1日寝かせたエビもおいしいと言って食べてくれたんですが、船の上で生きたエビを食べるなんて経験、普通できないでしょう!」と志保さん。お互い意見が衝突することもありますが、それもみなさんに楽しんでいただきたいという熱い思いがあるからこそ、なのです。
そんな熱い思いが伝わってか、エビを食べた高校生から後日、お手紙が届いたのだとか。
「『龍神丸さんでの体験がとても楽しかったです!』と言ってくれて。また、別の高校生のお父さんからも連絡をいただき『息子が龍神丸さんの話ばかりしているのでお魚を買わせてください』と言われたこともあるんです。こんなうれしいことはないですよね」
修学旅行生の他、観光客の受入れも行っています。漁業だけでなく、落部地域の一次産業に触れてもらえる機会を積極的に提供。道南エリアが一体となり、地域の子どもたちが将来誇れる町にしたい
最初は収益のことを考えた6次産業化ではありましたが「どうせやるなら、少しでも面白いことを!」と思うのは、3人のお子さんのためでもあります。将来、落部から巣立ってしまうかもしれないけれど、自分の地元について「こんな種類の魚が獲れて、とてもおいしいんだよ」と周りに誇ってもらえるような町にしたい。そんな夫婦の想いも込められています。
「この食べ物は、どこで育って、どうやって自分のもとに届いて、どんな調理方法を経て目の前にあるのか。東京に住んでいたときは、子どもたちも意識することはありませんでした。でも、生産者がいるから自分たちは食べることができるんだ、ということを、息子たちに学んでもらいたかった。そして、この子たちがずっと魚を食べられる環境を、私たちがつくっていかなければと思っているんです」と、母親しても強い想いを持つ志保さん。
もちろん龍神丸だけでなく、この地域一帯の漁師との連携を強めて、みんなで一緒に道南エリアを盛り上げていきたいという思いも持っています。最初は「なんだか変なことをやっている」という目で見られれこともあったご夫妻ですが、だんだんと周囲の理解も得て、協力してくれる人も増えてきています。
「漁業関係者だけでなく、他の業種や多くの消費者と触れ合うことで、加工品の新しいアイデアも生まれると思う。今後も、漁師が水揚げしたものに付加価値をつけて、市場に広めていきたいですね」。
獲る人も、食べる人もみんな楽しく笑顔になるようないい循環が、6次産業化によって生まれ始めています。
- 噴火湾鮮魚卸龍神丸 舘岡勇樹・志保さん
- 住所
北海道二海郡八雲町落部
- 電話
0137-66-5613
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