おたる水族館。道民なら一度は訪れたことがある人も多いのではないでしょうか?
館内で飼育されている生きものの多様性はもちろんですが、断崖にあるからこその絶景や、その地形を活かした海獣施設の充実ぶりなど、ここにしかない魅力が盛りだくさんです。
実際、この日は平日だというのに、ひっきりなしにお客さんが訪れていました。
どんなことを思って、飼育員のお仕事をしているんだろう?
はやる心を抑えつつ、個人的にも大好きなおたる水族館へと車を走らせました。
釣り好き・さかな好きが高じて水産学部へ
対応してくれたのは、総務部 総務課総務係長 兼 営業課 営業係長 兼 旅行企画課旅行企画係長 の三宅教平(みやけのりひら)さんです。
え!肩書き長くないですか!?
と、のっけからの失礼な質問に対しても
「いろいろ兼務してて、どうしても長くなっちゃうんですよね~~」と笑顔で答えてくださる、とても穏やかな雰囲気の持ち主です。
さっそく、三宅さんのこれまでの経緯からお話しをうかがいました。
三宅さんは、大阪市のご出身。
小さなころ叔父さんに連れられて行ったフナ釣りをきっかけに、釣り少年へと成長。
その釣り好き・魚好きが高じて、気がつけば、じもとから遠く離れた北海道大学の水産学部へと進学します。
大学では、さぞ魚の研究に邁進したか、、、というと、決してそうではなく(笑)。
本人の言葉を借りれば
「何も考えて無くて、、部活のヨットばっかりやってました。ちなみに、ヨットハーバーは、キャンパスのある函館にはちゃんとしたのが無く、ここ小樽にあったので、毎週末通ってました。学校にはあまり行かずに(笑)」とのこと。
こちらが三宅教平(みやけのりひら)さん
そんな三宅さんも卒業が近づき、いよいよ将来のことを考えざるを得なくなります。
「魚が好きだったし、一人で研究できるような環境をもとめて、大学院進学を考えたのですが、ちょうどその大学院の面接日と、ヨットの全国大会が重なって、面接をすっぽかしたら、案の定落ちました(笑)」
なかなかの破天荒ぶりですが、しかし、三宅さんは「もって」いました。
なんと、ゼミの先生が、たまたまこのおたる水族館の欠員を知って、推薦してくれたというのです。
「ちょうど水族館側も1人探していて、大学側としては1人よけいなやつがいる、ということで、マッチングが成立しました!」
これだけ聞くと、何だかほんとうに適当な人(すいません。。)みたいに聞こえますが、決してそうではありません!
日本初の繁殖にも成功。天職だった水族館のお仕事
もともと、ひとつのことをとことんやるタイプの三宅さん。水族館に就職してからは、様々な業務の中、海の生物採取もコツコツと続けていました。
実はこれ、結構大変な作業。夜中や早朝に漁船に乗って沖に出るので、寒さや船酔いや睡魔との戦いなのだとか。
そんなある日、網の中に、ある魚を見つけます。
「見た瞬間、あれ、見たことないぞ!!と思いました。今でも論文作成中なんですが、恐らく新種になるだろうカジカを見つけたんですよね。体長10センチ程で、従来の種よりも体高が低くて背びれの骨の数が少ない。見つけたときの嬉しさはひとしおでしたね」
こちらがその新種と思われるカジカ
現在、大学時代の先輩を中心に論文をまとめているといいます。
論文を投稿し受理されれば、正式に新種として認定されるのですが、その登録名が今から楽しみです!
例えば、、、ノリヒラカジカ?? とかになったら素敵ではないですか!?
さて、三宅さんのコツコツ努力は、他にもあります。
昨年MBAを取得されたとのこと。
「小樽商科大学のビジネスコースでとれるんですが、昨年無事卒業しました。今まであまりちゃんと勉強してこなかったので、学び直そうと思って。おたる水族館では働きながら学校に通う初めてのケースで、上司に許可を頂いてチャレンジしたので、落ちなくて良かったなあって(笑)」
国定公園内にあり、起伏に富んだ敷地からは間近に海が望めます
さらに、コツコツの極めつけが、繁殖の成功です。
水族館や動物園の大事な役割の一つに、『繁殖』があるそうなのですが、なんと三宅さん、今まで3種類の魚で日本初の繁殖を成功させているそうなのです!
「ひとつがエゾトミヨという魚で絶滅危惧種です。もうひとつがフウセンウオ、そしてもう一つがホッケです。中でもホッケが圧倒的に難しかったですね」
ホッケが今まで繁殖に成功していなかったことが意外だったのですが、どんなところが難しいのか、詳しく教えて頂きます。
「ホッケは、雄がすごいイクメンのお父さんで卵を守ってくれます。だから、孵化するまでは何の問題もないんですが、問題は生まれたあと。難しい局面が、2段階あります。
雄がイクメンだということをわかりやすく教えてくれる、飼育員さん手づくりのプレート
まずは生まれてから1週間目くらい。そこまでで大量に死んでしまいます。
次は1ヶ月目、わずかに残った稚魚もそこまででほぼ全滅します。
すごく小さいので解剖してもその理由が良くわからないんです。エサを食べてないからなのか、病気なのか。。
ではどうするか。
まず、1ヶ月くらいで全滅する理由を調べました。
すると、海水魚のこどもは、成長に絶対必要なDHAなどの栄養素が不足すると死んでしまう傾向にあることがわかりました。なので、エサである動物プランクトン自体が常に栄養をとれるようにしました。
つまり、栄養価の高い動物プランクトンをホッケの赤ちゃんが常に食べれるようにしたんです。
次に、生後1週間くらいでの死滅を防ぐにはどうしたら良いのか。
よく見ると、生後1週間くらいは、口も肛門もあいていない。つまり外から栄養をとれない状態のまま死んじゃうんです。
ということは、お母さんからもらった栄養(卵黄)が足りていないのでは?という仮説をたてました。
その仮説に基づき、100円均一のお店で、DHAやEPA(サプリとして売っているもの)を買ってきて与えてみました。
それが、うまくいったんです!初めて、全滅を防ぐことができたんです」
なんだかんだ言って、努力の人、三宅さん。すごい!
ホッケの稚魚は成魚からは想像できない程綺麗な青色をしています。これは繁殖に成功して初めてわかったそう。ちなみに、このブルーに魅せられて、三宅さんはホッケが一番好きなのだとか。
こちらも初めて繁殖に成功したフウセンウオ
絶滅危惧種のエゾトミヨ
飼育する対象としてだけではない様々なアプローチを
さて、ここで改めて、三宅さんが現在担当する業務について詳しくお聞きしてみましょう。「実は、今の総務部に異動したのは昨年で、それまでの17年間は、ずっとさかなやイルカの飼育をしていました。ただ、総務部として何かイベントの企画を考えるには、さかなのことを知っていないとアイディアも浮かばないので、違う仕事に見えてもやっぱり根っこはつながっていますね」
つまり今は、さかなと向き合う仕事から、どうしたらより多くの人に楽しんでもらえるかを考える仕事、に変わったそうなのです。
さっそく、新しい企画のアイディアがあるそうで、その中身について教えてもらいます。
「未利用魚といって、獲れても捨てられたり、すり身にしかならなかったりと商品価値の少ないさかなたちがいます。
例えば、サメ・サケビクニン、ムロランギンポ、などです。それらのさかな、実は飼育員の間では、調理して食べてみたりしているんです。それを、せっかくなんで、お客さんとも共有しようというイベントです。たまに、そういう出回らないさかなはどんな味がするんですか?と聞かれたりもしますしね」
「旬のおいし槽」では、小樽近海で獲れる美味しそうな生きものも展示しています
水族館でさかなを食べる!? 斬新!!
「よく、水槽を見ているお客さんから『美味しそう!』っていう言葉を聞きます。自分がたまたまそこを通りかかったりすると、『あ、ごめんなさい!』と申し訳なさそうな顔をされるんですけど、むしろ嬉しいんです。
きっと、その『美味しそう!』は、魚が元気いっぱいイキイキと泳いでいるからこそ出た言葉だと思うんで。
ガリガリだったり、奇形だったりしたら美味しそうには見えないですもんね。だから、飼育する側からしたら、それはすごくほめ言葉なんです!」
まさに、水族館で『美味しそう!』を連発するタイプの自分は、そのお話を聞いて、それでいいんだ!そうやって楽しんでいいんだ!と嬉しくなります。
さらに、三宅さんは、その企画を思いついた理由も教えてくれました。
ホッケは、どうしても美味しそうって思っちゃいますよね!
「水族館は、命の大切さを伝えるのが役割なのですが、『見る』だけでそれを伝えられるのか?
『命を頂く=食べる』という経験があれば、それがより強固なものになるのでは?と思ったんです。さらに、食とからめたほうが、水族館好きという狭いターゲットよりもはるかに多くの人をターゲットにできると思いました」
ちなみに、生きものを見る上でも『食べる』瞬間はお薦めだと言います。
「生きものが一番輝くのは、何かを食べるとき、だと思うんです。エサをとるために進化してきた、磨いてきた、その能力を発揮する瞬間を是非見て欲しいですね」
三宅さんは、飼育員として生きものに向き合ってきたことも、ヨットやダイビングなどを通して直に海とふれあったことも、MBAで経営に関する学問を修めたことも、全ての経験がいきている、と言います。
生きものを、飼育する対象として見るだけではない、そういう幅広いアプローチが今できつつあるようです。
好きだけでは続かない、楽しむことが大事
そんな三宅さんに、逆に、このお仕事の大変なところを聞いてみると、笑顔でこう答えてくれました。「山のようにありますが、、、一番は、やはり命を預かっているということです。夜中だろうが早朝だろうが24時間、何かあればかけつける、という心構えと緊張感を持ち続けることですかね。生きものが好きなのは大前提。でもそれだけではやっていけないのも事実です」
これを知るものこれを好むものにしかず。
これを好む者はこれを楽しむ者にしかず。
何気なく三宅さんの口から出て来た、その論語の一節は、
「物事を理解し知っている者は、それを好んでいる人には及ばない。物事を好んでいる人は、それを心から楽しんでいる者には及ばない」といった意味だそう。
これは、どんな仕事にも共通することかもしれませんね。
そして、それを表すようなエピソードを教えてくれました。
指の先の、貝の中、にいるのがフウセンウオです。わかります??
「ある日の深夜、生物採取に協力頂いている漁師さんから、ジンベエザメが獲れたっ!!!て携帯に電話が来たんですよ。
最初は嘘でしょ??って思いましたよ。今までだって、海で金魚獲れたって行ってみたら、タダの小さな赤い魚だったし、マンタ出た!って行ってみたら北海道に生息する大きめのエイだったし、(笑)。
今度も、何かの間違いだろうと思って、とりあえず現場の定置網を見に行ったら、、ほんとにいたんです!!」
突然のジンベエザメの登場に驚いた皆さんでしたが、水族館の職員として「展示をできるかできないか、ではなく、やるかやらないか」の選択をせまられます。そして、水族館として即座にやるという決断をします。
「前例の無いことで、そもそもそんな大きなさかなを入れる水槽も、搬入口も、運搬する道具も、無い無いづくしです。あるのはアイディアだけです。
みんなで知恵を絞って、まず水槽はネズミイルカの水槽で代用することにしました。
ジンベエザメって水槽の直径が全長の3倍あればOKなんですけど、その水槽は12メートルあってぎりぎりOKでした!
何とかジンベエザメを水族館まで運ぶことに成功
あとは移動・搬入の問題です。
まず船2艘でジンベエザメを挟んで、港まで移動させました。
そしてたまたま、5メートルのFRPの空っぽのタンクがありましたので漁協からそれを借りて、これまたたまたまウイングトラックも1台空いててそれも借りて。
そうして、水族館まで運んできて、玄関からは、ヨットなどを移動させる架台にジンベエザメをのせて、人力で水槽のある場所まで運びましたよ」
ジンベエザメさん、まさかの正面玄関からの入場だったんですね!
「10分以上水から出ていたにもかかわらず、水に入れるとすぐに回復して、かえってアクリルの水槽の内側がジンベイの鮫肌で傷だらけになるくらいでした。野生の生き物は強いですね!」
満面の笑みで話す三宅さんからは、そのときの楽しさが伝わってきます。
もしも三宅さんが深夜のその電話をとらなかったら、そして皆さんが、無理だとあきらめていたら、おたる水族館でジンベエザメが見られる貴重な機会は消滅していたでしょう。
大変なことほど、そこにやりがいや楽しみを見いだす。難しいけど大事なことですね。
おたる水族館にしかできないことを!
さて最後に、三宅さんの思うおたる水族館の良さと、これからの野望(夢)について、話して頂きました。
「海に面した国定公園内に位置し、自然の海を仕切ったプールがあります。そこには潮の満ち引きがあって、海からさかなやナマコが入ってくるという、限りなく自然に近い環境です。そんな状態で生きものを見てもらうことができるのは、うちならではですね」
自然の一角を切り取ってつくられた、おたる水族館
しかし現在は、その強みをお客さんに100%提供できていないかも。と言います。
口コミやアンケートを見ると、海を仕切った海獣施設よりも、ダントツで多いのがイルカショーへの反響なのだそう。
「もちろん入り口としてイルカに興味をもってもらうのは大歓迎です。ただ、自分としては、アザラシやトドなど、北海道に生息している身近な生きもののことももっと感じて欲しいんです。イルカだけでなく、そっちにも興味を広げてもらえたら嬉しいですね」
そしてさらに、「おたる水族館といえば、これ!!というものをこれからつくって行きたいですね」
と力強く話してくれました。
アザラシは直立する姿も良く見られるそう
ひなたぼっこは自然のアザラシも共通
いつかそれを実現してしまうのではないかと、いちファンとしては期待してしまいます。
おたる水族館の可能性、まだまだ未知です!
三宅さんやスタッフの皆さんがつくる、これからのおたる水族館がどんな風に進化していくのか!目が離せません
- おたる水族館 三宅教平さん
- 住所
北海道小樽市祝津3丁目303番地
- 電話
0134-33-1400
- URL