「待ち合わせ場所は、常呂(ところ)町にあるカーリング場でお願いします」とのご連絡をいただき、北見市常呂町に向かいました。
今回お話をお伺いしたのは、漁師をメインに構成されたマスコスモ合同会社のメンバーお二人です。なぜ、カーリング場なのか? 実は、常呂町、日本でも知名度の高いスポーツの一つであるカーリングの聖地。
2022年2月に北京で開催された世界的な大会で、銀メダルを獲得した女子チーム「ロコ・ソラーレ」の本拠地でもあり、そのチーム名は「常呂っ子(ロコ)」に由来しているそう。
小学校の授業で必ず習うほど、町民にはとても身近なスポーツで、世界の舞台で活躍した経験のある漁師もいれば、未来の漁師の中にもたくさんの将来有望選手がいるそうです。私たちがお伺いした日も、カーリング場では子供たちが真剣に練習をしていました。
代表の柏谷晃一さん(37歳)(左)と、川口悟史(さ とし)さん(34歳)(右)。2人にとってもカーリングは身近な存在。
また常呂町は、年間約5万トンのホタテが水揚げされる「ホタテ王国」でもあります。 河川からの豊富な栄養をたたえるサロマ湖とオホーツクの外海で育つホタテは、国内でも トップクラスの漁獲量を誇り、品質は海外からも評価が高く、世界中に輸出されます。
オホーツク海では、ホタテのほかにも、サケ、マス、カキ、ニシンなど、多様な魚が水揚げされ、水産業にとっても、とても魅力的な場所です。
そんな恵まれた地ですが、近年、海洋環境の変化による水揚げの減少や、若者を中心とした魚離れ、食べられずに捨てられている魚の存在など、不安要素もあるそうです。
今はまだ 十分な収入がありますが、今後はどうなっていくかわからない、このままではいけない、 という危機感を抱いた漁師たちが、2019年7月に自ら事業を立ち上げました。
これが「マスコスモ合同会社」です。
この日もたくさんのホタテが水揚げされていました
マスコスモってどんな会社?
マスコスモ合同会社は、常呂で生まれ育った30代の漁師3人と、行政書士1人というメンバー構成。3人の漁師は漁獲対象の魚(ホタテ、タコ、ホッケ、ニシンなど)も、魚の獲り方も (底建網、刺し網、養殖など)それぞれ異なります。さらに、漁業者だけではなく、事業の手続きや地元との調整など、マネジメントもできる行政書士が一緒に活動しているからこそ、活動の幅が広がっています。
会社としては、常呂の水産物の6次産業化や食育活動が主な活動です。
ご存じの方も多いと思いますが、6次産業化とは1次産業を担う農林漁業者が、自ら2次産業である「加工」や3次産業の「販売・サービス」を手掛け、生産物の付加価値を高めて農林漁業者の所得を向上する取り組みを指します。つま り「6次産業=1次産業×2次産業×3次産業」の掛け算で6次産業です。
朝は船で漁を行い、昼は加工や出荷作業、夜は営業などの3役を分担してこなすのですから、1日働き続けで辛くはないのですか?とお聞きすると、
「楽ではないですね。でも、今は充分なホタテが水揚げされ、加工屋さんを含めて地域は潤っていますが、海も年々変わってきています。余裕のある今のうちに、未来の子どもたちのために、新たな地域産業を作っていきたいんです」
2人からはそんな答えが返ってきました。
この日もお仕事の合間に取材に対応して頂きました
マスコスモの自慢は、船の上で魚の血抜きを行う「船上活〆」です。それと、何と言っても素晴らしいのは、「アートロックフリーザー」という特殊な冷凍機で作る高品質な冷凍食材です。
食品の冷凍にとって、食品が凍り始めるマイナス1〜5°Cの温度帯を通過するスピードが最も重要と言われていますが、「アートロックフリーザー」は高速で凍るため、細胞を壊さず冷凍解凍でき、高品質なまま食することができるのです。これにより、抜群に旨味の濃いホタテやカキ、鮮度抜群のピンクサーモンやニシンのお刺身を、そのままお客様にお届けすることが可能となりました。
さらに、海鮮しゃぶしゃぶセットや海鮮アヒージョなど、地元のニンニク農家や醤油を販売する加工会社と連携し、オホーツク地域としての特徴のある商品の開発も進めています。
生の状態(右)と冷凍後(左)のカキ・ホタテ。解凍してもほとんどドリップが出ない。
個性豊か!マスコスモのメンバー
ここで改めてマスコスモのメンバーをご紹介しましょう。今回取材に応じていただいたのは、代表の柏谷晃一さん(37歳)と、川口悟史(さ とし)さん(34歳)。
柏谷晃一さんは、マスコスモの代表のほか、家業である漁師、ホタテ加工業者、飲食店経営など、複数の業種に次々に挑戦し、夢を叶えるべく、日々の仕事に奮闘されています。
中でも飲食店は、2021年コロナ禍の中で札幌に出店を決意しましたが、これはずっと課題にしていた未利用な魚に付加価値をつける、新たな挑戦の一つです。
「漁師になるつもりは全くなかったんです。昔からひどい船酔いで(笑)」
高校を卒業 して、千歳市の専門学校に進学、卒業後は新千歳空港のグランドスタッフとして勤務。その中で、現場の厳しさを知り、常呂に戻って家業である漁業を継ぐ覚悟をしました。今では、ホタテを養殖したり、カニを獲ったりしています。
「漁師はやってみると自分のペースで仕事の配分ができるし、何よりやったら終わるという充実感がある。そして、その頑張りが地域全体を潤しているという成果が目に見える。こんな職業はなかなかないのではないかと思います。あんなに辛かった船酔いも全く気にならなくなりました!」
と地域活性化の原動力となる漁業の魅力を語ってくれました。
あまり前に出るのは苦手と言いますが、その意欲はとどまるところを知りません
そして、川口悟史さんは、漁業を始めたのが30歳という異例の漁師。漁業は実家の家業でもあり、子供の頃から身近な存在でしたが、荒々しい海や人と向き合う仕事の辛さを実感していたため、それまでは北見市職員として市役所に勤務していました。しかし、2018年に退職。新たに実家の漁業の道を歩む決意をしました。
そのきっかけは、マスコスモ前代表でもあり兄の川口洋史(きよふみ)さんを襲った病気でした。
LINEで「すまん。白血病になった」と連絡が来た時、冗談だと思ったそうです。でも、その病気は洋史さんを蝕み続け、一時は復帰を果たすものの、漁師としての仕事を継続することは難しくなりました。
もう兄が戻ることはできないだろうと悟った悟史さんは、家を助けるため市役所に辞表を出し、家業を継ぐ決意をしました。
「まさか自分が漁師になるとは、思ってもみませんでしたが、今では漁師にならなければ味わえなかった生きている実感を味わっています」
全く想像していなかった漁業という世界に飛び込んだ川口さん
前代表川口洋史さんの存在とマスコスモの立ち上げ
常呂漁師 川口洋史さん、享年36歳。白血病と2年近く闘った洋史さんは多くの方に惜しまれつつ、2020年12月この世を去り ました。ただ、洋史さんが遺していった多くの人とのツナガリや想いは今でも多くの仲間の心の中に生き続けています。
マスコスモ合同会社は、まさに川口洋史さんの想いが仲間を集め、ひとつの形にとなった会社です。
12年前、洋史さんは、若者を中心とした魚離れに危機感を抱き、どうにかして魚の美味しさを知ってほしい、魚を食べてほしい、と「魚食系男子プロジェクト」を立ち上げました。
その後、音楽と魚を融合した新分野のイベントや、目の前で魚を捌いて食を楽しむ魚教室、新商品の開発など、さまざまな挑戦をしていきました。 次第に、2019年同じ想いを持った地元同志4人(現在のメンバー)が洋史さんの元に集まり、マスコスモ合同会社が立ち上がります。
マスコスモを通して、ツナガル多種多様な人たち
魚食系男子プロジェクトからはじまった想いは、会社へと発展し、業種性別を問わず多くの人々を惹きつけていきました。「前代表の川口は、札幌の水産仲卸、水産加工会社、飲食店チェーン、音楽イベントハウ ス、行政などどんどん繋がりを広げていきました。出逢った方たちと、目先のビジネスや損得ではなく、未来の魚食、未来の北海道を語り合ううちに、マスコスモの活動に共感し、一緒にやろう!という仲間が自然と増えていきました」
前代表川口洋史さん
柏谷さんは、続けます。
「初めはすべて自分たちだけでやろうとしていました。でもマスコスモの6次化とは、全てを自分たちの手でやるのではなく、できる部分とできない部分を分けることが必要だとある時気づいたんです。
できないところはその分野のプロに任せる、そうして地域全体が良くなっていくことが、マスコスモの真の目的です」
真の目的、、、言い換えるなら、子供たちのために新たな地域産業を創ること。この目的を達成するために今自分たちは何をしているのか、もっと効果的な行動はないのか、と問い続け、試行錯誤した結果、自分たちだけで完結するのではなく、志を持つ仲間たちと一緒に歩むことを決め、新たなプラットフォームを作り上げることを選択しました。
こうした真の目的の達成に向けた しなやかさも、マスコスモの魅力を物語っています。
前代表が生前に作り上げたマスコスモの理念や人とのツナガリは、現在のメンバーに受け継がれ、新たな形で発展し続けています。
「人に価値あり。ですからね」
そう柏谷さんは続けます。
マスコスモの目指す未来とメンバーの夢
「今日は来れなかったんですが、マスコスモにはあと2名のメンバーがいます。1人はタコ漁師の佐々木、もう1人は行政書士の青木です。青木はロコ・ソラーレの事務局も担当し、地域を盛り上げる活動をしていますし、佐々木はSASAlabという新たな食品加工団体を立 ち上げる準備をしています。
皆忙しいですが、プロジェクトによって役割を変えながら、 プラットフォームとしてマスコスモをますます発展させたいですね」
と柏谷さんは今後のマス コスモの未来予想図を描いています。
また、柏谷さんも川口さんも、子供たちへの魚食機会の提供や魚のフードロス削減の活動にもとても意欲的。
「今年は、東京海洋大学や北海道大学の学生が、インターンとして常呂町に滞在する予定です。まずは漁業を知ってもらう。そして、いずれは保育園や幼稚園などでの、魚教室やニシンやフグなどの未活用魚の有効活用の取り組みを共同でやっていきたいと考えています。
地元の学校での出前教室も継続していきたいですね」
と、子供たちが魚に触れる機会をいかに増やしていくか、熱意を語ってくれました。
最後にお二人に一番好きな魚と食べ方をお聞きしました。 柏谷さんはホッカイシマエビの塩茹で、川口さんは自家製コマイの開き。
さらにお二人が これはオススメ!とお話ししてくれたのは、なんと地元の寿司屋で提供されるフグの鉄板焼き!?
フグをぶつ切りにし、香味を効かせた塩ダレに漬けておいたものを鉄板の上で軽く 炙って食べるという知られざる味覚です。刺身でもいけるくらい鮮度がいいので、さっと炙る程度でOK。
「歯応えのある鶏肉のような食感ですが、脂肪が少ないので、ビールや日本酒に合わせていくらでも食べられます。最高のつまみです」
このフグ、常呂では現在漁獲量が安定せず通常の流通はしていないため、大部分が捨てら れているそう。
マスコスモでは、地元の水産加工会社とも連携し、なんとかフグを商品化できないか検討を重ねていて、すでに飲食店やホテルから引き合いもあるとのことです。
取材ではお会いできませんでしたが、メンバーの1人、タコ漁師の佐々木優介さんも加えたスリーショット
お話を聞けば聞くほど、夢と可能性しかないマスコスモの活動。これらからどんな進化を遂げていくのかとても楽しみです。
- マスコスモ合同会社
- 住所
〒093-0210 北海道北見市常呂町字常呂306番地1
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