
ここは、札幌市南区の藤野エリア。丘陵地に広がる住宅街のど真ん中で、自然栽培による農業を営んでいるのが「ファーム伊達家」です。農薬はもちろん、肥料を与えず、太陽の光や土の力を借りて、ズッキーニやトマト、ナス、大根などの持つ本来のおいしさを引き出しています。代表の伊達寛記さんは、元国家公務員という異色な経歴の持ち主。これまでのストーリーと、これから描く未来をたっぷりとお聞きしました。
「つくる」と「食べる」をダイレクトに。
伊達さんが農の世界に心惹かれたのは、国家公務員として旭川市に勤務していたころ。近隣の美瑛町や富良野市に出かけ、農村風景を目にするにつれ、農業と暮らしが密接に結びついていることをリアルに受け止めるようになりました。
「旭川市民農業大学という農業体験講座に妻と一緒に参加しました。受け入れ農家さんは消費者に直接作物を届ける農業を行っていて、『つくる』と『食べる』をダイレクトにつなげるスタイルにも魅力を感じたんです」
いつかは自分も野菜をつくり、食べる人に直接届けたい。フツフツと湧き上がる思いを胸に抱えながら、伊達さんは札幌市へと転勤。そんな折、近郊の長沼町で「CSA(Community Supported Agriculture:地域支援型農業)」というシステムを取り入れる「メノビレッジ長沼」と出会いました。
「CSAはごく簡単にいうと、同じ地域に暮らす消費者と手を取り合い、収穫物の購入を年間で保証してもらう仕組みです。僕の場合、メノビレッジ長沼のCSA会員となり、まずは『食べる側』として3年間消費者の目線からCSAを見ることにしました。その後、農家になるために国家公務員を辞め、メノビレッジ長沼で2年間の研修を受けることになります。つまり、野菜をつくり、会員に届ける側も経験したわけです。マニアックですよね(笑)」
2005年、伊達さんは現在の場所とは異なる札幌市南区の豊滝エリアで農地を借り、奥様とともに新規就農者として農家になりました。
種をつなぐことも含めて自然栽培。
伊達さんは、自然農法や無農薬野菜の応援に熱心なご両親のもとに育ちました。子どものころからこうしたおいしさに親しんできたことから、自分が農業を営むなら自然栽培と決めていたそうです。
「僕の考える自然栽培は、過去に与えられた余剰肥料を取り除きながら、新たに追加することもせず、太陽の光と水と土の力だけで作物を育てる農法。ただし、その環境で野菜をつくるには『種』も重要です」
一般に農家は種屋さんから種を購入しますが、すでに肥料を与えられて市販されるケースが大半です。一方、伊達さんは自然栽培の畑でつくった作物から種を採り、毎年「自家採種」を繰り返していくことで、野菜がその土地に「馴染んだ」力強い性質を持つようになると考えています。
「例えば、ズッキーニは育ちが良いものを見極め、出荷サイズの20cmよりも遥かに大きくなるまで畑に置いておきます。本来の収穫時期は夏ですが、自家採種用は10月末くらいかな。取り出した種は揉んだり、洗ったり、乾燥させたりして保管します。人からは『手間ひまかけているね』とよくいわれますが、自然栽培を貫くには種をつないでいくのもワンセットなんです」
左のズッキーニが来年の自家採種用。出荷する右のズッキーニと比べると段違いの大きさです。
管理や採り方により、翌年に発芽しないリスクもあるため、前年の種を取っておくのもポイント。こうした工夫や試行錯誤のおかげで、今や30品目のうち9割程度は自家採種しているというから驚きです。
「ここまで語っておきながら、このお話は食べる方にとってただのウンチク(笑)。今はおいしい野菜を、どう手に取ってもらえるかのほうが大切だと思っています」
CSAの会員が結んだ新たな農地との縁。
伊達さんは新規就農当初からCSAのシステムを採用し、地域の方々に直接野菜を配達しています。「顔が見えるお客様」からは、食べた感想がダイレクトに伝わってくるのも魅力。「会員さんはどこに住み、どんな家族で、何を求めているのか...食べてくれる人が明確なので、モチベーションにつながります」と相好を崩します。
「会員さんは、僕らの農業を応援し、僕らの野菜を愛してくれる方ばかり。年会費と『旬の野菜セット』の代金は返さない約束ですが、豊作の年も不作の年も、ウチの野菜を大切に食べてくれています」
実は、現在の農地にたどり着いたのも会員のおかげなのだそうです。伊達さんは、2017年に豊滝エリアの農地がもう借りられないという危機に直面。農家を辞めるという選択肢も頭をよぎるほど崖っぷちに追い込まれましたが、自然栽培を続けると心に決めました。けれど、札幌市の農地は高額。別のマチに移ることも検討し始めたころのことです。
「藤野エリアに住む会員の方が近所に農地を売り出したい人がいるという情報をキャッチし、持ち主と顔をつないでくれたんです。このあたりは配達で何度もクルマを走らせていたのに、農地があることにまったく気づきませんでした。妻と子どもたちと現地を見に来ると、『いい場所だね』と意見が満場一致。売ってもらうことが決まるまで1カ月もかからなかったので、スムーズに話が進んで拍子抜けしたくらい(笑)」
この藤野の農地で、伊達さんの農業人生第二幕が開くことになりました。
農の魅力を、自然栽培の素晴らしさを次代へ。
藤野に農地を移したことをきっかけに、伊達さんの心境は大きく変わりました。自然栽培の原点を見つめ直し、自身の歩みを振り返ったことで、経営の安定にも重きを置くようになってきたといいます。
「自然栽培の創始者が目指したのは、無肥料で栽培することにより、作物が健康に育ち、収穫量が増え、農家の経営を安定させることです。自分自身もかなり苦労してきたので、原点に立ち返り、『自然栽培による経営の安定』を明確に意識するようになりました」
この言葉には札幌市に新規就農したパイオニア的な農家としての責任感も込められています。仮にこのマチで自然栽培を手がけたいと考える若い人がいたとしても、「先輩」が明日の食い扶持にも困っていては不安になってしまうからです。
「最近は慣行栽培(農薬や肥料を使う従来型の栽培)でおいしいものをつくっている農家の話を聞き、学びとして積極的に取り入れるようにもなりました。また、自然栽培では雑草をそのままにしておくのが通例ですが、間引いて太陽の光を土に当てることで、作物がしっかりと根を張るようになったことも大きな発見です」
販売チャネルについてもCSA(現在は会員数44軒/南区、西区、豊平区、JR以南の中央区に配達可能。その他の地域は宅配便で対応)を土台にしながら、「会員にはなれないけれど、ファーム伊達家の野菜を食べて応援したい」というニーズに応え始めました。今はオンラインショップでズッキーニやポップコーンを購入できる他、コープさっぽろ藤野店の「ご近所やさいコーナー」で気軽に手に取れます。
「ウチでは農業体験イベントも有料で提供中です。また、農業と子どもの学びを絡めたプログラムにも取り組んでいて、畑に親しみを持ってくれる子どもたちを増やしたいと思っています。これから農家になりたい人にも、まだ農業を知らない若い世代にも、自然栽培は素晴らしく、しかも経営も安定するということを伝えられるように、自然栽培農家として成長していきたいです」
「最近は学校外で育つ子どもたちのための居場所と学びとして、食育活動にも協力しています」
- ファーム伊達家
- 住所
北海道札幌市南区藤野
- 電話
011-206-4036
- URL
オンラインショップ
https://farmdate.thebase.in/