北海道下川町。人口3,000人ほどの小さなまちですが、持続可能な地域づくりを目指し、国の「環境未来都市」や「環境モデル都市」の指定を受けながら、仕事と暮らしをリンクさせる「ワークライフリンク」の考え方を掲げています。
今回ご紹介するのは、そんな下川町でキタ・クラフト(株)という自然素材住宅の工務店を営む加藤滋さん。2001年に個人事業主として創業し、2017年に法人化。こだわりの住宅をつくり続ける加藤さんのお話をご紹介します。
キタ・クラフト(株)さんは現在、「北海道後継者人材バンク」に登録し、事業を引き継いでくれる後継者を探しています。お写真の通り若々しさとバイタリティに溢れ、まだまだ事業を続けていかれるのでは、という印象さえお受けする加藤さん。北海道後継者人材バンクにご登録をされていることは、大変意外だというのが取材に伺っての正直な思いでしたが、その実は「今すぐ引き継ぐというわけではなく、10年など長い年月をかけて次の世代に受け継いでいくため、将来を見据えている」ということなのだそうです。
加藤さんやキタ・クラフトさんのこれまでの歴史や、この事業を引き継ぐことはどのようなことなのか。そんなお話を聞いてみたいと思います。
結論からになりますが、「加藤さんの工法や、家づくりへの想い」をまるごと引き継いでみたい!チャレンジしてみたい!という方が現れたら大変嬉しいです。移住や、転職、起業を考えている方、家づくりをお仕事にしたい方には、ぜひ知っていただきたいお話がたくさんありますので、ぜひご覧ください。
東京のライダーから北海道のログビルダーへ?!
それでは、キタ・クラフトさんの事業に関するお話をうかがう前に、まず加藤さんがどのようにして建設業を生業とすることになったのか、という生い立ちからお話をうかがってみます。
東京生まれ、東京育ちの加藤さん。若い頃からバイクツーリングが好きで、友人とともに20歳の夏、北海道を訪れたことが移住のきっかけでした。ライダーにとって、北海道は憧れの場所。一度は広い大地を走ってみたい!という夢を実現し、北海道へやってきたのです。どこまでも広く、豊かな自然に魅せられ、北海道全域を旅したのだとか。
「中でもお気に入りの場所は富良野でした。1回目の北海道旅行は仲間とでしたが、2回目の北海道旅行は一人旅。フェリーで出会ったライダーが何回も北海道に来てた人ですぐに仲良くなり、2週間後に富良野の駅で待ち合わせしよう!と約束して、それぞれの旅を満喫しました。もちろん当時は携帯電話など連絡手段はなかったですね」
2週間後に再会した彼からは、驚きの一言が飛び出します。「ログハウスを建てている現場を手伝ってるんだけど、一緒に来ない?」と誘われたのです。そのような突然の出来事でしたが、加藤さんも面白そうだと快諾し、南富良野落合という地区を目指すことになりました。
「カヌーやトレッキングやアウトドアスポーツなどを主体とする『どんころ野外学校』というところで、当時はログハウス建設も行っていたんです。現場で丸太を切ったり組み合わせる作業をしながら、空き家みたいなところに寝泊まりして過ごしていました。もともとは1カ月くらい滞在するイメージで北海道に来たのに、ログハウスの現場が楽しすぎて、夏はおろか一冬越してしまいましたね(笑)」
ログビルダーからの転身
それからログハウスづくりに夢中になった加藤さんは、「期間限定ではなく、北海道に移住してしまおう」と決意をするにいたります。
「こう言うと、元々ログハウスが大好きだったように思われるかもしれませんが・・・ログハウスが好きというより『木』という素材がずっと好きだったんです。木の肌は温かいし、木目がきれい。木目がひとつひとつ違うことも面白い。また学生時代専門的に学んだ経験はなかったのですが、小さい頃から純粋にものづくりが好きだったんですよね。ものづくりをしている時間がすごく楽しかったんです」と、加藤さん。
さらにログハウスを追求するべく、加藤さんが就職したのは小樽市銭函の「トベックス」という企業でした。トベックスは、『家じゅうまるごと天然素材の木の家』をつくり続けていて、構造体はもちろんの事、床や腰壁・ドアや造作家具に至るまで、厳選した無垢の材を用いて作りあげられた本物の木の家をつくっている企業。そこで2年ほど修業をして、自然素材を活用することの魅力やノウハウを学んだのです。
ただ、ログビルダーは住宅の屋根や基礎を作ったりすることはできないもの。「丸太を削って組み立てるなどの作業が最初は楽しかったんですが、建築大工とは違っているので、『自分の家を建てたい』と思った時、ログビルダーでは家が建てられないと思ったんです」と話します。
しかし 、このログハウスづくりを通して、木材の性質を理解して加工する、自然素材を活用することのノウハウが今も活かされ、キタ・クラフトならではの特徴に繋がっていることが想像できます。
「木」こそがキタ・クラフトの象徴
住宅に関する幅広い技術を経験し身につけたいと思った加藤さんはその後、札幌に移り住み、職業訓練校の建築科で建設の基礎を学びます。卒業後は大手ハウスメーカーの下請けをしていた工務店に入社し、大工として働き始め、年間10棟以上の住宅建築を5年以上経験したのだといいます。「ここでは高断熱高気密の家づくりなど、住宅性能を高める大工工事、そして作業効率の良い手早い仕事という面でも鍛えられたと思っています。大工は5年くらい一生懸命やれば一通りのスキルも身に付き一人前扱いされるので、自信もつきましたね」
大工として一通りの経験を積めた加藤さんは、「せっかく北海道に移住したのだから、もっと自然豊かな田舎で暮らしたい」という考えがふくらみはじめます。そうして1998年に北海道下川町への移住を決意したのです。
下川町で見つけた、「自分だから造れる家」
「下川町は率直にいうと『何もないところがいい』と思いました。たくさんのものや便利さに溢れていないからこそ、魅力を感じたんです。さらに、森林活用の先進地で、町全体が森林を計画的に育て、木材を活用して地域を活性化させる先進的な取り組みをしていることもポイントでした。下川町の森林組合も小径木を木炭に加工し商品化したり、林業体験、トドマツ精油などのほか、全国の移住者を、人材不足に悩む林業従事者に育てる活動で注目されていたんです。当時森林組合で働いていた方とご縁が繋がり、その紹介で下川町内のある工務店に大工として入りました。移住が実現するには、ご縁を繋いでくれたり、相談相手になってくれる方の存在が大きいことも身をもって実感しましたね」
下川町で工務店で働き始めた加藤さん。札幌の大きな工務店では分業体制が進んでいましたが、田舎では基礎や足場の組立などの仕事も大工がやるのが当たり前。基礎工事など住宅建築に関わる多彩な仕事を経験できたのだといいます。
「大工として経験を重ねる中で、自然素材を活かした手づくりのキッチンや収納・家具、薪ストーブなど、私も大好きでお客様も喜んでいただける家の姿が見えてきました。住宅に関することなら、大抵のことは自分の腕で作り上げることができるようになり、徐々に当初は考えもしなかった『工務店創業』という考えが私の中で生まれてきました」
いいものは、自分の足で見つける。山にも川にも入る加藤さん
そうして2001年に個人事業主として下川町でキタ・クラフトを起業した加藤さん。最初は個人で大工をやっていましたが、お客さんの要望を聞き続けるうちに、「マイホームを建てたいお客さまの思いを受け止めて実現させるため、私が自らお客様の要望を丁寧にうかがい、最大限の努力ができるよう工務店を立ち上げよう」という意識に変わってきたのだといいます。
加藤さんが実現したい家づくりとは、「環境にも良い、お客さんや自分たちの希望も取り入れた、住んでいて嬉しい家」でした。
キタ・クラフトのお客さまは、地元の人のほか、北海道に移住してきた方々も多いそうです。木が好きな人、ナチュラルな家づくりにこだわりたい人、地球環境に配慮した家を建てたい人など、『こういう家を建てたい』と確固としたこだわりを持った方が多いのだとか。
たとえば、「結露や寒さに苦しまない家が欲しい」「料理や掃除がしやすい家にしたい」「ご両親と二世帯で暮らしたい」「お店を併設した自宅を建てたい」「親子のコミュニケーションを大事にしたい」「趣味や好みの家具に囲まれて過ごしたい」など、お客さまが大切にしていることは様々。ひとつひとつ丁寧に向き合い、納得できる家づくりをするのがキタ・クラフトのスタイルなのです。
お客さまと取っ手やガラスの質感など細部にまでこだわり、カゴやオーブンなどの寸法にまで対応して手づくり。
例えば、移住者として、近くのまちで農家をやっている40代の夫婦と家族の家の建設に携わった加藤さん。このご家族は離農した方のあとの住居に入りましたが、住む家は古くて寒く、長く住むことは難しい家だったため、木材を基調とした温かな家を新築されました。こんなにも住む家が違うと暮らしが変わるのかと、喜びの声をいただいたそうです。
家づくりにおいて加藤さんが大切にしていることは、「天然素材へのこだわり」も大きなポイントです。
特に、外せないのは「木材」についてのお話です。
「建材にはできるだけ地元の自然素材を多く使いたい、と思っています。なので、木材も第一には『下川町の地元の木材』を使いませんか、と提案します。コストを考えると地元の素材では全てカバーできないところもあるので、次に「国産の木材」を入れて、最後に外国産の木材で、という順番で提案しています。FSCやSGECの認証林の木材も、大切にしていますね。自然環境にやさしい木材、管理された森林で育った木材だよという証です。こういった環境に配慮した木材を使うことは、何か見た目が変わるというものではありませんが、その裏にある『ストーリー』に価値を感じ、共感していただくことに意味があります。もちろん、これらにこだわりすぎるとコストが膨大になるため、「コスト」「意識」「こだわり」のバランスをとるのが私の役目です。ですので、ここまでは壁の表面を木にしましょう、という話もします」
士別市のとあるご夫妻の家。フルオーダーの、オーク材に包まれるようなキッチン。「ありきたりな家には住みたくない」と考えたご夫妻が、士別市のオープンハウスに行って木のあたたかい雰囲気をすっかり気に入ってキタ・クラフトでの建設を決意。
また驚くべきことに、ときには社長自ら自然素材を集めるために山に入ったり、川に入ったりもするのだとか。
「士別市のパン屋さんを建てた際には、オーナーさんと一緒に薪ストーブまわりの耐熱壁に使う石(鉄平石)を下川町の山に採取しに行って採用してきました。また、実は塗り壁に使う珪藻土は、道北自然の中に遊びに行ったときに見つけたことも。もちろん、素材は探せばもっともっと色々なものがあります。世の中にはどんな材料があるのかも、日々探し模索しています」
士別市のパン屋さん。赤い板張りの壁が印象的。店内には薪ストーブ。下川産の木材や鉄平石、稚内産珪藻土など地元産の素材をふんだんに使っています。
世の中にたくさんある素材を日々模索していく。それは創業後、約20年が経っている現在も変わらないということは、頭の下がる思いです。
例えば断熱材のウールは、羊毛100%か一般的に使われるグラスウールかの違いで、1平米あたり2倍ほどコストが変わってくるそうです。断熱材は実際に家が完成してしまえば、外から見えることはありません。そう考えると、グラスウールを使うとコストを抑えられますし、見えないなら変わらない、という考え方も合理的ですが、「断熱材を生産するとき、グラスウールや発泡系の断熱材であれば石油系の資源などをつかいます。生産するだけで多くのエネルギーコストを発生するわけです。住む上でコストが安いエコな家・・・ということではなく、使う素材自体がエコであるものを選びたい方々は、羊毛の断熱材を選んだり、その比率を増やしたりするんです。自然素材にこだわった家で、自然体で暮らすことがその方々が持つ環境へ配慮する意識の表れですね」
天然のウールとグラスウールはさわり心地も全く違っていて、天然のウールはより手になじみ、じんわり温かさを感じることが印象的でした。
自分の住んでいる家が、環境に配慮したものになっていることで、間接的にエコに貢献できている。丁寧な素材と毎日ともに過ごせている。その喜びは、長く住み続けていくマイホームだからこそ、満足度が続いていくのでしょう。
「自分のこだわりを実現してもらい、自然素材を使った環境に優しい家で、住んでいて毎日幸せを感じられる」という、表面的には見えない部分にもストーリーを感じ、その価値に共感できる人にこそ、キタ・クラフトの家がしっくりとなじむのです。
「家と車は似ているようですが、車は既製品で、多少カスタムはできるとしても部品を選ぶだけに過ぎないもの。家は自分たちで作り上げるものだと思っています」と話す加藤さん。中には車と同じ感覚で見学にくる方もいらっしゃり、いくらですか?安くなりますか?とか聞かれることもあるそうですが、今までのお話からも、キタ・クラフトの真髄とは、なかなか一致しないことがわかります。
キタ・クラフトが得意としている薪ストーブ。建築する家で薪ストーブを設置するのは半数くらいだそう。現在は、周りの石の印象を柔らかくする札幌軟石の採用を検討中。札幌の石材店にお話を聞くなど、創業から20年経った今も新しい素材を模索しているのです。
キタ・クラフトの現場は丁寧で静かな空間
それではここで、現在建設中の現場に案内してくださると加藤さん。ぬくもりある事務所の中から、実際に現場へ向かってみます。丁寧な家づくりをするキタ・クラフトさんの建設現場は一体どのようなものなのかと、取材陣は、どきどきしながら向かいました。
現在建設中のお宅は名寄市。下川町から車で15分程度の場所でした。雪深い道中を走り、奥道に入ると、まだ真新しいお宅がみえてきました。お家は外観ができあがり、ほとんど完成に近づいているように思われる様相です。
外壁にも木をふんだんに!とっても素敵な外観です。
そこでは、キタ・クラフトで働く大工である間宮さんが、作業を進めていました。間宮さんは岐阜県出身。憧れていた北海道へ移住してきたのだといいます。
大工としてご活躍中の間宮さん
基本的に、加藤さんと間宮さんのお二人で大工仕事を。設備工事、塗装工事などは業者にお願いをしながら、一軒の住宅を完成させます。
「僕もキタ・クラフトもお客さんに育てられています。インターネットの時代で様々な情報収集ができるようになったことで、こんなイメージがよい、こんな素材がよい、というニーズも多様化し、こだわった家を建てたいお客さんが集まってくるようになりました。海外の家やインターネット、写真集、どこかのお店やお宅に行ったとき、カフェなど、様々なところからインスピレーションをもらい、蓄積しています。また奥さんがインテリアコーディネーターをしていた経験があるので、そこからヒントをもらったりすることもありますね」
常に新しいアイディアを取り入れ、学んでいく。ものづくりの世界では、常にアンテナを張って取り入れていくことが大切なのですね。
この家の完成で、またひとつ新たな家族の幸せが増えていく。そんなことを想像すると、家づくりとは何とやりがいのあるお仕事なのかと、憧れにも似た想いを抱いてしまいます。
キタ・クラフトの想いを次世代へ。
約20年、ぶれない信念と確かな技術力でキタ・クラフトのブランドを確固たるものに磨き上げた加藤さんですが、しだいに事業を次の世代へ引き継ぐことを考え始めていらっしゃいます。
「子どもはもう社会人として自立して自分の道を歩いているので、同じ志を持った方に事業を引き継いでいただきたいと思っています。キタ・クラフトでの家づくりの特徴がブランドとして確立しつつあり、頑張ってきたので、自分の代で終えてしまうというのももったいないと思ってしまって(笑)。新築やリフォーム、今後は既存客のメンテナンスなどもおまかせできればと思っています。世の中には工務店やハウスメーカーもたくさんありますので、ただ大工をやりたい、という人はあえてうちでなくても全然いいと思うんです。このキタ・クラフトならではのこだわりを承継したいと思ってくださる方がいらっしゃれば大変嬉しいです」
また、このようにもお話を続けます。
「お客さまは、地元に密着してご縁だけで当社を選んでいただくのではなく、『建てている家が素敵だと思ったから、この会社にお願いしたい』と全く知らない人からも思っていただけるようなところを目指しています。そのほうが、将来にも繋がっていくと思いますので。SNSやHPを活用したり、近隣エリアまで折込みチラシを配布するなど、発信力も意識しながらやってきました」
創業してからの苦労や、営業での苦労はたくさんあったことはお察しできますが、丁寧な仕事とたゆまぬ発信でお客さまにキタ・クラフトのブランドを届けてきた加藤さん。事業を続けていけば、想いに共感し喜んでくれるお客さまがもっと増えていくのでしょう。このブランドを受け継ぎ守り続けて行くことは、大変なことであることは想像に難くありません。ただ、その分、コスト重視やある程度決まった家を建てていくことだけでは決して味わうことができない、喜びややりがいが大きいものではないかと、取材を通じてしっかりと届いてきました。
また、下川町に住む魅力について、加藤さんがこのようにお話してくださいました。
「下川町は木のまちだから、自然と木が好きな人が集まってきている気がします。また、田舎は四季がハッキリしているのが魅力。冬は厳しいけど、春がくれば喜びが倍増しますね。真冬の嵐の中にあっても、暖かい家の中で過ごせるのでご安心ください(笑)都会の便利さはありませんが、『なにもない』ことが心地よい、丁寧な暮らしができる場所だと思っています。必要なものはインターネットで買える時代ですしね」
そしてこのように話を続けます。
「下川町には移住者が多いので、先輩がたくさんいて安心です。あと月1回くらい、移住者と定住者との交流の場があるので、見知らぬ地で孤独になったり、心細くならないようなコミュニティがあることも魅力です。もちろん引継ぎ後は僕も色々なことをサポートしながら、事業をお譲りしたいと思っていますので、安心いただければと思います」
自分のこだわりや住みやすさを叶えてくれる工務店として、大手メーカーではないからこそ、お客さまの細やかなニーズに対応できる。そんな貴重な工務店が地域に残り、「本当に住みたい家」を実現してくれることが、地域の人々の生活を豊かにしてくれるのだと思います。加藤さんが作り上げたこの場所が、ずっと下川町で受け継がれていきますように。
「こだわりを持って家をつくっていきたい」そんな思いをお持ちの方は、このチャンスをいかしてぜひ実現していただきたいと思います!
- キタ・クラフト株式会社
- 住所
北海道上川郡下川町幸町113
- URL
キタ・クラフト(株)さんの事業に興味がありましたら、公的機関の北海道後継者人材バンクさんがお問い合わせを賜ります。
北海道後継者人材バンク
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