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網走市

時代が変わっても、地域で必要とされる電器屋であるために。20210223

時代が変わっても、地域で必要とされる電器屋であるために。

北海道網走市は、冬に流氷が接岸したりと、大自然に恵まれたまち。自然景観の他にも、流氷・オホーツク文化などの歴史を展示した博物館、動物とのふれあいや自然体験ができる公園などが充実しています。

この街で後継者を探しているお店があると聞いて、厳しい寒さが肌を突き刺すような1月下旬の網走市へと向かいました。お店の名前は「タッチワンワタナベ」。ここ網走市の商店街の一等地に位置しており、外から見ても広い店内であることがわかる綺麗なお店構え。たくさんのメーカーの名前が書かれたディスプレイ。思わずわくわくしてしまうような空間が広がっています。

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お店横の階段から2Fの事務所にお邪魔すると、そこでは社長の渡邊俊彦さんが、忙しそうにお客さまと電話をしています。すでにとっても活気があるお店であることが伝わってきましたが、お話を伺ううちに、さらに社長のバイタリティに元気をもらい、古き良き商店街の風景と、石油ストーブのあたたかさに、少しタイムスリップをしたような気持ちになってしまったのでした。

網走で営業を続けて約50年。そのお話をぜひのぞいてみてください。

26歳の若さで経営者に

渡邊さんは、網走市の隣町の北海道小清水町出身。中学生までを小清水町で過ごし、高校進学で網走へとやってきます。渡邊さんの実家は、小清水で自営業で商いを行う「渡辺商店」でした。呉服店と文具店をあわせたようなお店だったといいます。小さな頃から、経営者である両親を見て育った渡邊さん。当時から、将来はお店を経営することを決めていたのかというと、そうではなかったのだといいます。

「当時は実家を継ぐことも考えていなかったね。こういう家に育ったけれども、商売は好きじゃなかったから(笑)。今商売をやっていることは、思いがけない偶然なんだよね。高校卒業後、初めは市場や電器メーカなどの一般企業に就職して、責任者を任されるまでになったんだけど、26歳のときにご縁があって自分でお店を開くことになったんです。我ながら、思い切った決断だし、おっかないもの知らずだよね(笑)。もうすぐ子どもが生まれるっていうときに、明日食べるお米も無い状態からのスタートだったんだから。当時はとにかくお客さんのところへ行って、家に上げてもらって、案内して・・・の繰り返しでしたね。そうやってお客さんとの関係性をつくっていったんだわ」

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お店を立ち上げてからは、とにかく自分で事業を切り開いていく毎日。社長自ら、網走の1軒1軒のお宅を回りながら、営業を続けていきました。店頭には奥様が立ち、二人三脚で営業してきた日々。当時は、カラーテレビの発売など、社長の言葉を借りると「いけいけどんどん」だった時代で、日立のポンパ列車(日立のカラーテレビを売るためのショールーム列車。JRと日立のタイアップで運行)も網走まで来ていたのだといいますので驚きます。そのように家電事業は軌道にのり、販路やお客さまを拡大していきます。

abashiri_watanabe04.JPG事務所に飾ってある、当時のポンパ列車の模型

「今は移転しているんだけど、立ち上げ当初のお店は10畳間で狭いものだったね。家賃は8万円くらい。で、机がひとつだけあって。そんなところではじめたんです。それにしても当時は家電が売れたなぁ。しかもお客さんの家に夜8時にお邪魔するなんてことも普通だった時代。今ならもう夜ご飯の時間だし、常識的に恥ずかしくて行けないけどね」と、当時を振り返る社長。その表情は、昔をちょっとなつかしむようであることが印象的です。

abashiri_watanabe23.JPG一番賑わっていた時代と比べると、今はだいぶ落ち着いているかなと奥様。ちょっと寂しいね、とこぼします

量販店とともに。模索した「まちの電器屋」のあり方

元々、網走市には30店舗弱の「まちの電器屋」があったといいますが、現在では10店舗ほどになっているとのお話が。
やはり、難しいのは時代の流れとともに変わった、「家電量販店」とのあり方でした。

「家電量販店はやっぱり便利だよね。品揃えも安さも、そちらで買う人が増えていることはわかる。うちもずっと地域に根ざして電器屋としてやってきたけど、変わらなければいけないタイミングがやってきた」

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「安さ」「品揃え」では量販店には勝てない。じゃあ、何が地域密着型の電器屋の強みなのか?を、時代の変化とともに、常に考え、初めての状況にあたりながら苦労されてきたことは容易に想像できます。

その変化を受け入れ、渡邊社長が選んだのが、約10年前のフランチャイズチェーンである「アトム電器チェーン」への加盟でした。「4〜5年は悩んだね。そりゃ、地元でずっとやってきていたわけだから、加盟することにはやっぱりすごく勇気がいったよ。でも、今は加盟してよかったと思ってる。毎月ロイヤルティを納めながら、アトム電器チェーンの恩恵を受け取ることで、うちの経営もだいぶよくなったし、アトムに入っていなかったら、正直ウチは続いていないかもしれない(笑)」

abashiri_watanabe21.JPG長い歴史をともに歩んできた奥様。

そんな風に話す渡邊社長。アトム電器チェーンに入ったことが、事業存続の決め手だったのです。そう聞くと、加盟店になることで一体何が変わったのか、大変気になった取材陣。アトム電器チェーンのことについてちょっと詳しく知るために、取材のお願いをすると、井坂会長直々にお話を教えてくださることに。ここで一度、アトム電器チェーンさんのお話について、聞いてみたいと思います。

まちの電器屋復活の仕掛け人

アトム電器チェーンを一言で表すと、「全国に1000店舗を展開する、量販店傘下でも、家電メーカー系列でもない、『町の電器屋のチェーン』」。北海道では5〜6店が加盟しているのだといいます。

IMG_0379.JPG会長の井坂さん

「渡邊さんから加盟のご相談をいただいた約10年前は、量販店がどんどん出てきたので、まちの電器屋さんが苦しくなっていた時期でした。他のまちの電器屋さんからも多数電話をもらった時期でしたね」と話します。

アトム電器チェーンはフランチャイズを展開していますが、そこには一般的なフランチャイズの仕組みとは少し違った特徴があるのだといいます。
「一般的なフランチャイズチェーンですと、4つのノウハウを展開していると思います。『仕入れノウハウ』、『販促ノウハウ』『情報ノウハウ』『経営ノウハウ』の4つです。うちは、この中の『経営ノウハウ』については、基本的に提供する仕組みをとっていません。なぜなら、すでにまちの電器屋さんは経営のプロだからです。経営に関して定期的に巡回する必要がないので、SV(スーパーバイザー)を置かないことでコストダウンでき、その分他の3つのノウハウに全力をかける。そうして加盟店さんのメリットを最大化しているんです」

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「中でも一番力を入れているのが『仕入れ』です。一般的なフランチャイズだと、基本的に返品はできません。なので売れなければ在庫を抱えることになりますし、その注文タイミングも、夏の製品をシーズン前の冬のうちに注文しておかなければならない、というケースがほとんどだと思います。うちは、注文タイミングに指定はなく、返品も自由。在庫を抱えなくて良い仕組みにしているんです」

もちろん経営ノウハウは本部として持っていて、相談があれば親身に対応しているのだといいます。

そのほか、販促や情報に関しても、まちの電器屋さんが独自で行うと、多くの時間を必要とするのだそう。加盟店はアトム電器チェーンで作成した販促物を使用できて、競合や周辺の量販店の情報についても本部が収集をおこなうため、その分の時間をかけずに、販売や修理に集中することができるというメリットがあるのです。

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また、多くの加盟店をかかえるがゆえに、聞こえてくる声もあります。

「まちの電器屋さんは、後継者不足に悩んでいるというお声をよく伺います。加盟店の半分くらいは、おそらく後継者不在という状況だと思います。私どもにとって、『後継者探しのサポート』は一番な重要な仕事かもしれない、とも思っています。私たちは、未経験の後継者に向けたサポートも研修や店舗実習という形で行っていて、全て履修してもらうと、まずはスタートできる状態になっていると思います」

abashiri_watanabe24.JPG看板にも、「アトムチェーン網走店」の文字。

また、井坂会長はこうお話を続けます。
「私たちは、『まちの電器屋さんを残さなきゃいけない』という使命でフランチャイズ事業を行っています。ですので、加盟している店舗は、若い人はすぐに量販店に行けますし、ネットでも買えると思いますが、これから高齢化社会になると『電器製品は買ったけど使い方がわからない』『故障かな?と困る人』も増えてきていますし、病気の人や足が不自由な人など、まちの電器屋だからこそできる手厚いサポートで守ってあげるべき人もいます。日本でバランスよく『インターネット』『量販店』『まちの電器屋』が全て存在しているのが大事だと思っています。そのために、私たちはさらに事業を拡大し、まちの電器屋を守るフランチャインズチェーンとしての役割を担っていきたいですね」

まちの電器屋から、まちのお助け屋へ

さて、再び網走に戻って渡邊社長。アトム電器チェーンに加盟した後の変化は、仕入れなどの内部構造的な面だけではなかったようです。

「リフォーム事業を始め、まちの方の住宅リフォームにも携わるようになったんだよね。住宅リフォーム事業は、色々と本業でやっている会社もあると思うんだけど、うちはそういうところより少し安価でやって。でも、仕上げは綺麗にこだわる。そんな風にやってるんだわ。正直、利益率は高いね。それでさらに町の人のお役に立てるんだったら何よりだと思うよ。もちろん、自分は電気工事士の資格しか持っていないから、現場に行ってもできることといえば、掃除や物をとってくるくらいなんだけどね。でも、2級建築士資格を持っている人や、経験豊富な仲間が手伝ってくれていますよ。きちんと国家資格を持っている人じゃないと、メッキがはがれたらお客さんに迷惑をかけてしまうでしょ。みんな65歳以上だけど、現役で働いてくれていますよ」

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屋根はり、塗装、遺品整理、ボイラー交換から立木切りなどの作業まで、幅広く手掛けているといいます。「お風呂の解体が一番大変かな。コンクリートの土台を2〜3日かけて解体するんです。でも、その依頼も1年に3件くらい。1年に10件もやれば、お店の形態を変えなきゃいけないくらいの労力になるからね(笑)他はそこまで大変なことはないから大丈夫さ」

abashiri_watanabe26.JPG社長自慢の高所作業車。偶然のご縁で譲っていただいたものなのだとか

リフォーム事業の浸透には、社長も大変尽力されたのだそう。今日言って明日依頼が入るというものではないため、家を訪問したり、修理に伺った際に社長が地道にご案内を続け、数年後にリフォームの依頼が来る、というケースが増えてきているのだといいます。

長らく電器屋ひとすじで事業を行ってきたのですから、リフォーム事業に乗り出すということは、簡単な決断ではなかったことでしょう。でも、地域に必要とされるために、自分達の場所を守り続けるために・・・と、柔軟に変化してきた姿勢には、心が打たれずにはいられません。

これからも、まちの電器屋として。

「まだまだ若ければこのお店を続けていきたいけどね。元気なうちに跡を継いでくれる方と早く縁があればと思うのさ。俺も2~3年手伝ってさ。だって俺がへたってから後継者やるっていったって、お客さんに迷惑がかかって申し訳ないでしょ」と話す渡邊社長。

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頼りにしてくれるお客さんや、これからも安心して家電を使い続けたいというお客さんが、この網走市にはたくさんいるのです。タッチワンワタナベを長年頼りにしてくれていたおばあちゃんが亡くなったときには、息子さんから「私は今道外にいるけど、いずれ私も網走に帰ると思う。今後とも頼むね」と言われたこともあるといいます。また、「最近だと夜に故障や修理の問い合わせが来ることも多いけど、お客さんは本当に困っているんだから、すぐに対応するってことが大切なの。そうすることで頼られるんです。行けなかったら、きちんと行けない理由を伝えて、必ずいつ行くか、ということも伝えるようにしてる」とも話します。「購入いただいたあとのフォロー」も含めて、責任をもっていたいと、社長は力強く語ります。

「事業を始めるなら電器屋でもいいか、という心構えではなかなか難しいかもしれないね。お客さんとの縁を大切にしてくれて、拡大していくかは自由だけど、ちょっと野心を持って、この場所を繋いでいってくれる人。そんな人と出会いたいなと思います。移住者でももちろん大歓迎ですよ」
また、店舗の上に不動産もあるので、部屋を貸して不動産収入を得ることも可能だといいます。

今後も、世の中ではインターネットや量販店の安さ、便利さが主流になるのだと思います。それでも、まちの電器屋さんを必要としている人がたくさんいることが、お話を通じてずっしりと実感したことでもあります。人と人との繋がり、信頼、何かあれば助けてもらえるという安心感・・・挙げるとキリがありませんが、そういった現物以外のものを必要としている人にとってなくてはならない存在が、「まちの電器屋さん」なのだと改めて実感します。

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どうか、このお店が網走で続いていきますように。この想いを受け継いでくれる後継者と出会えますように。そう願わずにはいられない取材でした。

有限会社タッチワンワタナベ
有限会社タッチワンワタナベ
住所

北海道網走市南4条西3丁目

タッチワンワタナベさんの事業に興味がありましたら、公的機関の北海道後継者人材バンクさんがお問い合わせを賜ります。


北海道後継者人材バンク

(北海道札幌市中央区北1条西2丁目 北海道経済センター5F)

https://www.sapporo-cci.or.jp/hikitsugi/kjb/


時代が変わっても、地域で必要とされる電器屋であるために。

この記事は2021年1月26日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。