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はじまりは、福祉への想いから。親子2代続くこだわりのベーカリー20201015

はじまりは、福祉への想いから。親子2代続くこだわりのベーカリー

北海道七飯町。道南にあり、函館市の北西に位置する、人口約28,000人のまちです。ここに、親子2代で営む2軒のベーカリーがあります。
「こなひき小屋」「ヒュッテ」。いずれも七飯町で大人気のベーカリーです。

この2軒のお店には、人生が進むにつれて変わっていく「生き方」や「暮らし方」がそのまま表れています。七飯町の「こなひき小屋」「ヒュッテ」、函館市の「Pain屋」を創業した木村幹雄さんが、「こなひき小屋」を息子の雄介さんにお店をゆずりうけ、その後新たにつくったお店が「ヒュッテ」という構図なのです。ご自身でベーカリーを開業しようと思ったいきさつは?お店を開業して、どのような想いで経営してきたのでしょうか?そんなお話をうかがってきました。

最初のお仕事は福祉のお仕事!

「こなひき小屋」というちょっと変わったお名前のベーカリー。いったいどのように誕生したのでしょうか?こなひき小屋の創業者である木村幹雄さんの奥様である木村由紀枝さんにお話を伺いました。

konahiki08.JPG優しい笑顔で迎えてくださった奥様の由紀枝さん

幹雄さんと由紀枝さんはおふたりとも北海道出身で、幹雄さんは北海道大野町(現:北斗市。上磯町、大野町が合併)、由紀枝さんは北海道夕張市出身・伊達市で育ちました。
ともに福祉の仕事を志し、宮城県仙台市の東北福祉大学へ進みます。同じ北海道出身のおふたりが、偶然本州の大学で運命の出会いを果たしました。また、おふたりには「山」という共通の趣味があり、大学1年生のときワンダーフォーゲル部で出会ったのだとか。それからお付き合いが始まり、なんと大学在学中のうちにすでに結婚することを決意していたのだそう。結婚に向けて卒業後は同じ職場で就職を、と考えたお二人は、そろって働ける福祉の職場を探すことにしました。

「正直、場所よりも『どういうことをするか?』を重視していて、良い施設があれば日本中どこでも行けると考えていました。就職先を探すうちに、地元である北海道の北斗市に本部のある『社会福祉法人侑愛会』を見つけたんです。当時から障がい者施設の先駆け的な存在でした。一般的にはまちから離れたところに施設をつくるケースも多々あるのですが、侑愛会では『町に障がい者が出てこれるような施設作り』をしていたことに魅力を感じました」

そのようにして、道南に戻ってくることになったご夫妻。侑愛会で福祉のお仕事を続けるうち、幹雄さんは施設長も任されるほどになりますが、徐々にこれからの人生のあり方について考えるようになったといいます。これからどう生きていくか?を考えたときに、「自分で事業を起こす」という可能性を考えた木村さん夫妻は、次の道へ進むための退職を決意するに至ります。

「これからどうやって生きていこうか?と考えた時に、『手に職をつけて事業をしたい』、『障がい者が働ける場所をつくりたい』と思ったんです。これが達成できるのであれば、どんな仕事でも挑戦しようと思っていました。例えば、トラックドライバーだったり、豆腐屋だったり・・・色々な可能性を考えていましたね」

ベーカリーとはまったく違う、ドライバーまで考えていたとは驚きです!そんな様々な可能性を考えていた中で、一体どうして「ベーカリー」に行き着いたのでしょうか。
「あるとき親戚が札幌の『ブルクベーカリー』さんと縁があり、紹介していただいたのですが、それがきっかけで主人が『ベーカリーを開いてみよう!』と。これで生きていこうと決意した瞬間でした。もちろんそのベーカリーは、障がい者が働ける場にしようと考えました」

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福祉のお仕事をしていたお二人といえど、どうしてここまで強い意志を持って障がい者の働ける場所を「自分たちで作ろう」と考えていたのか、気になります。その理由は、当時の時代背景にあったようです。
「当時は、障がいを持っていても施設に入らず家で家族と暮らしている人も多かったですし、障がい者が働ける場が今ほど多くなかったんです。中には、働かずに家にいるだけ、という方も結構いらっしゃったように思います」

障がいを持っている方にも社会参画してほしい。社会のために働くことの楽しさを知ってほしい。そんな木村さんのあたたかい想いが、このような場づくりに繋がったのです。

寝る間を惜しんで修行の日々

ベーカリーを開業すると決めてからは、札幌のブルクベーカリーで修行に明け暮れた幹雄さん。普通は3〜5年くらい修行してから自分のお店を持つのが一般的だったそうですが、会社を退職後という状況の中、生活費の関係で約1年という早さでお店を開くことにしたというので驚きです。

「主人は1年間、寝る時間も惜しんで修行に励んでいましたね。そして1年間の修行のあと、七飯町に『こなひき小屋』を開業しました。開業後も、3年間は本当に必死で職人としてのスキルアップと店舗運営に走り回る日々でした。札幌のブルクベーカリーで修行した後、そのまま寝ずにこなひき小屋の仕事をする、なんてこともありましたね。とにかく開業から数年は、目標である『障がいのある方の雇用』ができる余裕はとてもなく・・・お店づくりにひたすら専念していました」

開業にあたり大変なことはそれだけではなく、資金の調達にも苦労されたのだそう。オーブン、ミキサー、パイシーター、発酵器、店舗建設費用、冷蔵庫など一式揃えて数千万円はかかり、銀行からお金を借りるためにも、事業計画をしっかり立てる必要があったのだといいます。

konahiki23.JPG開業には色々な設備が必要でした

「まわりの方に『七飯町にお店を開こうと思う』と言うと、『七飯町での開業では生活していけるだけの収入を得ることは難しいんじゃない?』と心配してくれる人もいました。でも私たちはなんとか大丈夫じゃないかと思って、ここ七飯町でお店を開いてみたのですが、修行1年で開店したお店にも関わらず、1日200〜300人が訪れてくださいました。当時は個人店のベーカリーがほとんどなくて、チェーン店がほとんど。コンビニエンスストアも全くない時代でしたし、函館新道がまだ開通していなかったので、このあたりを通るダンプ、バスも立ち寄ってくれました。そういった状況もあって、多くの方に立ち寄っていただけたのではないかと思います」

真剣な修行の1年間が実を結びました。お店が軌道にのったあとは、念願の「障がい者が働ける場としてのベーカリー」を目指し、動きはじめることになります。

障がいがある方が社会に参画できる場所

その後、ご夫妻は障がいを持った方にベーカリーで社会経験をしてもらうために、ここで働くことができると周知することを始めました。

「障がいを持った方のご家庭に私たち自らお邪魔して、『うちで働いてみませんか?』とご案内しました。最初は1時間働いてもらって、慣れてきたら2・3時間にのばすなど、無理のない範囲での勤務です。もちろん他のスタッフさんと同じ時給です。例えば洗い物や、朝の掃除をしてもらったり、(配達もしていたので)パンをビニール袋につめてもらうなどの業務を主にお願いしていました」
なかなか1人で完璧にできるものではないので、必ず誰かがひとり側について業務を見守っていたそうです。業務をしてもらうことが目的ではなく、社会の一員として仕事に関わってみてほしい、というご夫妻の思いが伝わってきます。

現在は、障がい者のパン作り事業は一般的に「就労継続支援A型(雇用契約を結び、従業員となり給与を得る)」と「就労継続支援B型(雇用契約を結ばず、短時間のアルバイト・パートのようなイメージで無理なく働く)」の2つに分かれています。ご夫妻のお店では、現在の「就労継続支援B型」の形で働いてもらっていました。

konahiki06.JPGこれらのパンを詰めたりなどのお仕事も

そのほか、養護学校の実習場所として受け入れもしていたのだとか。現在は広いお店に建て直していますが、当時は小さなお店だったそうで、先生と生徒が入ってくるとお店はぎゅうぎゅうだったのだそう。「それも、若かったこともあり気になりませんでしたね」と由紀枝さんは笑います。

また、由紀枝さんはこんな思いも語ります。「まちに1件ベーカリーがあるって豊かなことだと思うんです。ベーカリーだけじゃなく、豆腐屋、肉屋、魚屋、花屋みたいな専門店があるって、すごくいいことだと思っています」

時代の流れとともに、終止符を打つ店舗もある地域の専門店。歴史があったり、深いこだわりを感じられる専門店の存在は、地域に住まう人の暮らしを豊かにしてくれるものであることは間違いないですね。

ヒュッテ(山小屋)で、「暮らし」をより大切にする生活へ

長年、七飯町でパンを届け続けてきたご夫妻。今まで「仕事」一筋だった生活から、これからは「暮らし」「仕事」を両立していこう、と思うに至るタイミングが訪れました。息子の雄介さんにお店を譲るのですが、先にご夫妻が新たに作ったお店についてお話をきいてみます。

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木々などの自然がとても豊かな七飯町仁山にあるベーカリー「ヒュッテ (Hütte)」。ヒュッテとはドイツ語で「山小屋」を意味し、その名の通りまさに山小屋!という出で立ちの素敵なお店です。

konahiki02.JPG中のカフェスペースでは、「ぱんとすーぷのせっと」など軽食も提供中

木こりがひょっこり現れるのではないかと思えるほど、雰囲気があります。

「できるだけお金をかけないように」と思い作られたこのお店の設計も幹雄さんご自身によるもの。実際の建設は大工さんに入ってもらったそうですが、幹雄さんご自身も壁の塗装などの作業に関わりながら完成させたのだといいます。

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「元々は私達がしたいことは『福祉』の比重も大きかったんですが、徐々にその役割を終えるときがきたかな?と思うようになってきたんです。世の中に障がい者が活躍できる場所が増えてきたということもありますし、私たちも職人としてパン自体のことをさらに追求していきたいという気持ちもあり、今はペースを落としながらここでお店を開くこと。道産小麦のパンやドイツパンをメインに、カフェスペースも作り、ゆったりした時間を過ごしてもらえるようなお店です。常連さんをはじめ、旅行者の方にも訪れていただいています」

現在のお二人のペースでゆっくりとした時が流れる「ヒュッテ」。これからも七飯町に住まう人や訪れる人をパンで豊かにしてくれることでしょう。

konahiki05.JPGおふたりで、暮らしも仕事も大切に

受け継がれた「こなひき小屋」

さて、ここからは先代の幹雄さんがつくりあげ、息子の雄介さんが受け継いだ「こなひき小屋」の現在のお話です。

konahiki21.JPG可愛らしい外観の「こなひき小屋」

「こなひき小屋」は、七飯町で大賑わいのベーカリー。平日にも関わらずお客さんが次々と来店し、なかなか途切れることがありません。
取材当日、雄介さんはお一人でパンを焼いており、午前中だったこともあり大忙し。奥さまの木村希(のぞみ)さんが接客のさなか、お話をしてくださいました。

konahiki04.JPG奥さまの希さん。明るい接客に店内が活気づきます

雄介さんと希さんの出会いのきっかけは、希さんの学生時代にさかのぼります。希さんは学生時代から「パン屋になりたい」という夢を持ち、札幌で製パンが学べる北海道製菓専門学校に進学しました。幹雄さんが講師としてこの学校に来ており、授業を受けたことをきっかけに、「地元が七飯町なら、卒業後こっちに来てみない?」と声をかけてもらい、こなひき小屋に就職することになったのだそう。そこで雄介さんと出会い、指導受けたり、一緒に励まし合いながら働く中、お互いにパートナーとして生きていくことを決めたのです。

今年でお店を受け継いで5年目という木村雄介さん・希さんご夫妻。先代から受け継いだものも残しつつ、自分たちらしさを追求している最中の時期だといいます。元々は、幹雄さんと雄介さんともう一人のお弟子さんの3人でパンを焼いていましたが、5年前からはもう一人のお弟子さんが函館の「Pain屋」というもう1店舗のお店をまかさせれる形となり、こなひき小屋のパン製造は雄介さんが一人で受け持っていくことになったのです。

konahiki24.JPGおひとりでこなひき小屋のパンを焼き上げる木村雄介さん

「5年前にお店を受け継いだときは、3人で焼いていたパンを1人で焼くことになったので、主人も私もとにかく必死でしたね。あとはスタッフさんの管理や、お客さまとの信頼関係をつくることも、責任感を持ちながらやっていました。私もずっとこのお店にいましたが、やはり改めて代替わりした自分達の店を認められるかどうか...と緊張していました」と話します。

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今では雄介さんのオリジナルレシピのパンも焼き上げるなど、ご夫妻ならではの個性があらわれたお店となり、しっかりとお店を受け継いでいらっしゃいます。七飯町の特産物であるりんごを使ったパンなど、季節ごとにお客さんに楽しんでもらえるレシピ考案もされています(余談ですが、七飯町は日本で最初に西洋りんごが栽培された町なのだそう)。

konahiki16.JPG本当にお客さんがひっきりなしに訪れます

また、もう一つ大変だったことが、お仕事と子育ての両立だったといいます。現在9歳、13歳、15歳の3人のお子さんがいらっしゃるご夫妻。3人のお子さんを育てながらお店も作り上げていくということは相当な大変さだったことが想像できます。

「このお店はスタッフの皆さんもお子さんを育てている主婦(夫)の方なので、一緒の学校や保育園に通っているんです。子どもが熱を出したり、学校行事があるという時には、お休みも必要になるので、みんなで協力しあいながら乗り切ってきました」

スタッフさんみんなで力をあわせながら、こなひき小屋は毎日焼きたてのパンを届けているのです。

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七飯町への思い

こなひき小屋が七飯町のみなさんに愛され続けているように、こなひき小屋も七飯町に貢献することに対して、並々ならぬ思いをもっています。

「七飯町が大好きなので、地域密着型のベーカリーを目指しています。地域の行事や子どもたちの行事にも色々と参加しています。イベントのときは出店をしたり、七夕には子どもたちにパンを配ったりして、喜んでもらえる顔を見るのが嬉しいです。道の駅にも週1回おろしていたりしているので、今後もまちといっしょに色々やっていけたら嬉しいですね」と、希さんはいきいきと話してくださいました。



また、七飯町の魅力については、「函館から近くて便利だけど自然が多いし、子どもたちがとても育てやすい・育てるのにすごく良い環境です!子どもの医療費は18歳になる年度末まで町が全額助成してくれますし、支援センターや保育園も充実していて、まちに色々助けられてきたと感じています。近所づきあいも活発で、近所の方が子どもと一緒に遊んでくれたりと、あったかいまちですよ!」と話してくださいました。

「障がい者が働ける場をつくりたい」という思いでベーカリーを開いた幹雄さんの思いは、息子の雄介さんに受け継がれ、これからも七飯町で愛され続けていくことに違いありません。

こなひき小屋・ヒュッテ
住所

◇こなひき小屋/北海道亀田郡七飯町本町4丁目1-55、◇ヒュッテ/北海道亀田郡七飯町字仁山461ー6

電話

◇こなひき小屋/0138-65-8513、◇ヒュッテ/090-8909-0711


はじまりは、福祉への想いから。親子2代続くこだわりのベーカリー

この記事は2020年7月10日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。