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【 北海道へ移住 生活費のお話し 】 Vol.02 乙部町(おとべちょう)20190429

この記事は2019年4月29日に公開した情報です。

【 北海道へ移住 生活費のお話し 】 Vol.02 乙部町(おとべちょう)

その昔、乙部に逃れていた義経を追って来た静御前が、ついに義経に会えず川に身を投げた、という悲しい伝説の残る北海道乙部町(おとべちょう)。でも現代にはそんな悲しいお話とはもちろん無縁の、とうとうたどり着いた理想の土地で毎日を豊かに暮らすご夫婦がいました。
粕谷(かすや)さんご夫婦が乙部町に移住するまでの経緯と、気になる移住後の生活費のお話をうかがってみました。

粕谷さんご夫婦 基本データ

<ご家族構成>
旦那様 粕谷翔馬さん 大阪出身
奥様  粕谷春菜さん 帯広出身

<移住時の年齢>
翔馬さん24歳、春菜さん31歳の時、2017年に札幌からご夫婦で移住

<移住時の不安要素>
移住前から、役場の方に仕事(地域おこし協力隊)のことを相談していたのと、道内のスキーリゾートで働いた経験などから、仕事や収入、寒さや住環境についての不安は特になかった。
唯一あったのが、地元の人となじめるかという人間関係の不安。

<現在のお仕事>
粕屋翔馬さん/地域おこし協力隊として、観光協会に所属。
観光振興やイベント、PR業務を担当
粕谷春菜さん/地域おこし協力隊として「おとべ創生(株)」に所属。地域資源を活かした商品開発を担当

移住してみての感想

・とにかく海が綺麗

・移住前と移住後のお給料は2人合わせて若干下がったが、ほぼ変わらず。

・2LDKの広い家に住める、しかも通勤ラッシュはなく車で5分の通勤時間に

・休日は海で遊ぶことが多くなり、趣味が増えた

・札幌にいるときより貯蓄できる金額が増えた

・今後もやりたいことがいっぱい、新たな夢ができた

・海の物、山の物がたくさん身近にあるので、食生活はかなり豊に

移住前と移住後の実際の生活費

20190417_data.png
※左は総務省家計調査より/札幌の2人以上世帯の平均値
※その他支出(嗜好品・たばこ・車検・小遣い・積み立て、などは含まれていません)

注目すべきはやはり家賃です。乙部町では地域おこし協力隊は住居手当が支給され実質無料とのこと。
次には食料です。やはり札幌に居たときと比べて外食費が減っているというのが大きいようです。
そして交通通信費。実際の粕谷さんご夫婦の交通通信費はこの札幌の平均よりも低かったそうですが、それでもほとんど交通費がかからなくなったということで、かなりのダウンとなっています。
その他も、医療保険を除いて各項目軒並み支出は減少しています。

ご夫婦のこれまで


otobetyou1.JPG粕谷翔馬さん、春菜さんご夫婦。春菜さんの勤務先であるおとべ創生(株)の入る建物でお話をうかがいました

出会いは北海道余市郡のキロロスキー場でのアルバイトだったという、まるでドラマのようなお二人。その時、翔馬さん20歳、春菜さん27歳でした。
翔馬さんは、大阪吹田市のご出身で、当時、関東の大学に在籍していましたが、学生生活を続けるかどうかで悩んでいたと言います。
「金銭的な事情で、これ以上借金してまで学校に通うべきか非常に悩みましたが、やはり学校をやめて働くことに決めました」
と、今は笑顔で話してくれる翔馬さんですが、就活の話がまわりから聞こえてくるタイミングで学校をやめるのはかなり勇気のいることだったはず。
翔馬さんいわく「人生迷走してました(笑)」
でもたまたま働きに来たキロロリゾートで春菜さんと出会い、北海道で暮らす、という選択肢が生まれます。リゾートバイトが終わったあとも北海道で仕事を探したという翔馬さん。
「キロロで縁あって知り合った方に紹介された次の働き先は、富良野の大きなラベンダー農園でした」
と、まさに「ザ・北海道」的なスポットでの生活を連続して経験することになります。一方でそのころ奥様の春菜さんはというと・・・、帯広の実家にいったん戻って働くことになり、北海道内とはいっても、離れ離れの遠距離恋愛を続けることになります。

otobetyou3.JPG2人が良く来るという栄浜地区の海岸
富良野のラベンダー園で働く翔馬さんと、帯広で働く春菜さん。距離にして約120㎞、2時間の道のりを通う翔馬さんでしたが、やはり、離れて暮らすより一緒に住みたいと思う気持ちが強くなります。
2人とも仕事をしながら一緒に住める場所、尚且ついざと言うときに大阪に行きやすく帯広にも帰りやすい場所、として検討した結果いったん札幌に引っ越すことにします。
札幌では翔馬さんは電気工事の会社に就職し、春菜さんは不動産会社で契約社員として事務のお仕事をしていたそう。

「2人で働きながら一緒に住めるところとして札幌に住んでみましたが、自分には都会は合わない、とはっきりわかりました」

「通勤ラッシュが何しろ苦手で、もう朝から疲れてしまってました(笑)。当時中心部から離れたところに住んでいたので、ススキノにお酒を飲みに行ったらバスの乗り継ぎとか大変だし、タクシーに乗ったら高いし、帰るのも疲れるし、とにかく街に出かけるのが苦手でした」と春菜さん。

「休みの日は、海が見たくてよく小樽に行ってましたね」と翔馬さんも振り返ります。

otobetyou12.JPG海を見るのが好きだったという春菜さん

やっぱり海の近くで暮らしたい

小樽を始め、天気の良い休日にはたいてい海岸沿いをドライブしていたという2人。2日以上の休みができると決まって遠出し、わずかの間に北海道の海岸線をほとんど1周してしまったそう。
そんな中で、海が見たい、という恐らく多くの人が多かれ少なかれ持っているであろう自然な欲求は、やがて海の近くで暮らしたい、というものに変化して行きます。

なかでも乙部町や江差町のある道南の海沿いは特にお気に入りで、繰り返し何回も訪れていたとのこと。
正直、札幌からはかなり距離があり、行きづらい場所ではあると思うのですが、最初のきっかけは何だったのでしょう?

「たまたま松前町に行った際、この日本海側までは滅多に来ることが無いし、せっかくだから行ったことがないところにも行ってみようと、乙部まで足を伸ばしてみたんです」

otobetyou22.JPG青い海と白い奇岩の連なる独特の景観。くぐり岩

つまり、本当にたまたま立ち寄ったというわけですが、2人は口をそろえて

「海の景観に圧倒されましたね!もう衝撃でした」

と言います。
ちなみに、くらしごとチーム、お二人の他にも他の協力隊の方や役場の方など出会った方たちに乙部町の好きなところを聞いてまわったのですが、その全員が「海の景色と優しい人達」と答えました。

2人が圧倒された景観との出会いから、「いつか海の近くで暮らしたい」は「乙部町に住む!」というより具体的な移住計画へと変わって行きます。
そこでネックになるのが、仕事でした。札幌や帯広のように求人誌や求人サイトにいくらでも募集広告が載っているわけではありません。必死に調べた結果、2人は地域おこし協力隊という募集制度があることを知ります。しかも乙部町の募集人数は二人!!
それが夫婦でも良いのか? 必要な資格はあるのか? 不安はいくつかありましたが、まずは応募しなくては始まらない、ということで課題の作文や履歴書を一生懸命書いて役場に送ってみたそうです。そうしたところ、移住担当の方が気にかけてくれて、何と出張の際に札幌で面接してくれることに。

otobetyou11.JPG大阪、神奈川、キロロ、富良野、札幌を経て乙部にたどり着いた翔馬さん

結果、無事採用になり、一番の心配事であった仕事と収入という問題が解決します。
そうは言っても、家族やまわりの人の反応はどうだったのか、買い物や、住居の心配はなかったのか、と質問攻めにする取材陣に春菜さんは

「採用になったということは縁があったということ。行けば何とかなると思いました」とにっこり。

良くも悪くもまずは行動してから考える!という2人は、生活の小さな心配事よりも、これから毎日見られる景色や新しい出会いにワクワク感でいっぱいだったようです。

ちなみにそれぞれの家族の反応について聞いてみると、
春菜さんは「乙部! 知ってるよ! いいところだよね! と拍子抜けするぐらいあっさりと賛成してくれました(笑)」
翔馬さんは「今度はいつ大阪に帰ってくるのか、と電話の度に聞かれますが、いつも応援してくれます」とのこと。

移住をかなえた今

家族の賛成や応援も得て、晴れて乙部町での暮らしをスタートさせた2人ですが、休日はどんな過ごし方をしているのかも聞いてみました。
「ここに来るまでは特にこれといった趣味をもっているわけではなかったのですが、移住するにあたって『うみまち』らしい暮らしをイメージしてみたんですよね」と翔馬さんがにやり。
「ワクワクしすぎたのか、いろいろと買い込んだんですよ」と春菜さん、ちょっぴりあきれ顔。

「うみまち」らしい暮らしと聞いて、キャンプや釣りを思い浮かべる取材陣でしたが、

「まずはシーカヤックですね、あとは当然海でキャンプするためのキャンプ用品、そしてカメラ、ついでにドローン、ですね」

との何ともうらやましい品揃え(笑)

もちろん、これは道具があるからでは無く、乙部の自然があるからできる楽しみ方です。
ちなみに2人が一番好きだと言う海岸では、キャンプの際の星空が最高なんだとか。


otobetyou21.JPG翔馬さん撮影。カヤックする2人をドローンで自撮りした写真
otobetyou20.JPG同じく翔馬さん撮影。夕日に輝くシラフラ(滝瀬海岸)

最初は、人間関係で不安な部分があったそうですが、職場やお店の方など住民の方は皆さんあったかくて、来て早々に不安は無くなったと話すお二人。
実はこれからもずっとこの場所に住み続けるため、協力隊の任期終了後の計画も着々と進行中なのです。
3年の任期が終わったあとに翔馬さんが予定しているというお仕事は....何とお米をつくる農家さん!!

地元のイベントなどを通して知り合ったお米農家の方に、事業を拡大したいので一緒にやってもらえないかと声をかけられたのがきっかけだそう。しかも農業とは言っても、作物の被害を防ぐために鹿などの野生動物を駆除するという仕事もあり、それにそなえて狩猟免許も準備中とのこと。

「いろいろ話すウチにやってみたいことが一緒だと意気投合し、是非チャレンジしてみることにしました」

と目を輝かせる翔馬さん。数年後には乙部町に若き米農家が誕生することになりそうです。ちなみに春菜さんいわく

「デスクワークしてる彼より、外で身体を動かして働いている彼の方がイメージしやすいんですよね。好きな仕事をこれからも応援したいですね」

移住してから「未知の世界が広がり続けてる」と言う翔馬さんと春菜さん。
お仕事でも趣味でも、新しい体験を「縁があったから」と素直に受け止め、自然体で楽しんでいるのが伝わって来ます。
移住をかなえた今、今度はこの場所での縁から見つけた次の目標に向かって進みはじめました。

otobetyou19.JPG勤務先の乙部町観光協会にて

ここがポイント、移住して良かったこと!

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otobetyou17.JPGおとべ創生の社長と社員のみなさん


【 北海道へ移住 生活費のお話し 】 Vol.02 乙部町(おとべちょう)

この記事は2019年4月11日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。