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足寄町

理想のチーズを追い求め、足寄にたどり着いた青年。20181210

理想のチーズを追い求め、足寄にたどり着いた青年。

十勝の東北部に位置する北海道足寄町。肥沃な大地や豊かな自然資源を生かした農林業が基幹産業で、町としての面積は日本一を誇ります。全国的にも有名な「らわんブキ」や歌手の松山千春さんの故郷としてご存知の方も多いのではないでしょうか。このまちに2013年にやって来たのが「しあわせチーズ工房」のチーズ職人、本間幸雄さん。高校生のころからチーズづくりの夢に一直線。理想の味を求めて各地を渡り歩き、ようやく足寄町で自身が納得するおいしさを見出しました。その情熱の足跡をたどります。

ドキュメンタリー番組が「チーズ人生」の始まり!

本間さんは長野県のご出身。小さなころからものづくりが好きで、食べることにも目がなかった少年時代を過ごしました。「母は趣味でヒンメリ(藁と糸を使ったフィンランドの伝統装飾)をつくるなど、手を動かすのが好きなタイプ。そのDNAを受け継いだのかも」と自身のルーツに思いを巡らせます。

高校2年生の夏休み、本間さんがチーズ人生にモーレツに突き進むきっかけが訪れます。それは、とあるドキュメンタリー番組。岡山県で牛を飼いながらチーズをつくる職人の特集でした。

「単にチーズをつくるだけでなく、酪農の現場からこだわりを持って生乳を絞る姿を鮮烈に覚えています。この人は何てスゴイんだ...感極まって、チーズ職人の方に手紙を書いちゃったんです(笑)。高校を卒業したら働いてみたいって」

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本間さんの手紙に返信はあったものの、「小さな家族経営なので人を雇う余裕がない」ということが丁寧に綴られていました。そして、お詫びとばかりにチーズと自著の書籍が同封されていたのです。

「さっそく本を読んだところ、牛飼いとチーズづくりはセットで学んだほうが良いと書かれていました。ホウホウ、なるほど...と思い、まずは酪農を学ぶために地元の農業大学校に進んだんです」

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研修先の「共働学舎新得農場」で、先輩の言葉に共感!

農業大学校の授業では、研修として本州の酪農家のもとで働くこともありました。あこがれの仕事にさぞ胸を弾ませたかと思いきや、本間さんはモヤモヤ感を拭えなかったと苦笑します。一体どうして?

「牛たちが暗く狭い牛舎につながれ、不自由な暮らしを強いられているように映ったんです。もっと広々とした場所で牛を飼えないものだろうか...そんな思いから、生乳とチーズの関係を大切にする北海道の有名な農場兼チーズ工房『共働学舎新得農場』に研修の場を移しました」

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同農場では牛がのんびりと暮らし、その健やかな環境から絞った生乳を新鮮なうちにチーズに加工していました。本間さんは牛飼いの仕事だけでなく、チーズづくりにも携わり、たちまちにして魅力に取りつかれたのです。

「そこで働く先輩の一人が、チーズづくりの前段階、つまり牛の飼い方や乳酸菌の管理方法、さらに輸入穀物ではなく地の草を食べさせて土地のおいしさを追求したいと熱心に語ってくれました。自分も大きく影響を受け、そんなチーズをつくってみたいと激しく思ったんです。単純でしょうか(笑)」

本間さんは3カ月の研修を終え、いずれまた「共働学舎新得農場」でチーズづくりを学ぶことを決心。卒業後は山梨県のチーズ工房で働くことにしました。

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ヨーロッパの味が出せないのはミルクの違い。

本間さんは山梨県のチーズ工房で基礎技術を積み上げながら理想の味を追求。イメージはフランスやスイスの山岳地帯のチーズ工房で手がけられる深みとコクのあるおいしさでしたが...。

「もう、まったくお手上げ状態。何度試してもヨーロッパの味には程遠く...(笑)。山梨のチーズ工房で4年くらい働いた後に、もう一度しっかりとチーズづくりを勉強しようと『共働学舎新得農場』に舞い戻りました」

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ラクレットやハードタイプ、ウォッシュタイプのチーズなど、さまざまな種類を「とにかく製造しまくった」と笑う本間さん。休日には自分の求めるチーズを研究していましたが、今まで同様ヨーロッパの味には達せないというカベにぶつかります。

「もがきまくっていたある日、『共働学舎新得農場』でフランスのチーズ職人と話す機会があり、求める味が出せないと相談したんです。すると、『そりゃそうだ。向こうは山岳に牛を放牧し、花や野草を食べている。ミルクの風味がそもそも違うんだよ』と。もう、これはフランスやスイスに行かないと理想のチーズはつくれないのかと絶望しました」

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諦めかけたその時、日本の放牧酪農について聞き書きした書籍を読み、一つの可能性を見出します。業界全体のわずか1割にも満たないながら、北海道にも山岳地帯で放牧酪農を手がけている農場があることを知ったのです。

「それからは休みのたびに放牧酪農家のもとを訪ね歩きました。チーズをつくらせてほしいとお願いして回りながら。例えば、旭川方面のある山岳では牛がフキや笹を食べて生きていました。その生乳で熟成チーズをつくったところ、野趣がビリビリと伝わってくる個性が生み出せたんです。コレだ!土地の味を表現するには放牧酪農しかない!そう確信した瞬間です」

asr_shiawase-cheese_8.jpg取材中もひっきりなしに注文や仕入れの電話が鳴っていました。

そんな理想のチーズを求める旅を続けて約2年。本間さんは足寄町の「ありがとう牧場」と出会いました。

循環型の放牧酪農から生まれる生乳に惚れ込んで。

「ありがとう牧場」は、代表の吉川さんが本場のニュージーランドで学んだ放牧酪農を足寄町の山岳地で実践しているファーム。牛がヤブに自生する野草や花を食み、その糞尿が土を豊かにするという循環を徹底しています。しかも、搾乳は3月から12月までという自然の摂理を大切にした「季節繁殖」です。

「吉川さんの考え方やスタンス、何よりミルクに惚れ込みました。まずは農場で牛飼いとしての経験を2年積み、その後は足寄のこの土地の特徴をいかにチーズで表現するか試行錯誤を繰り返したんです」

asr_shiawase-cheese_9.jpg「ありがとう牧場」でのんびりと過ごす牛たち。

2013年から「ありがとう牧場」内でチーズづくりを始め、吉川さんの「持ちつ持たれつやっていこう」の言葉から3年後に独立。「しあわせチーズ工房」を立ち上げました。

「僕のチーズづくりは銅釜と直火によるヨーロッパの伝統製法。いくら吉川さんのミルクが優れていても、味に自信があると伝えても、品質を担保する裏付けがなければ売れませんからね。世界のスタンダードともいえる製造方法を採っている上で、いかに足寄の味を突き詰めるかが勝負です」

asr_shiawase-cheese_10.jpg「今は素晴らしいミルクを絞ってくれる吉川さんがそばにいるので、チーズづくりに専念できます。だからこそ、チーズを通して生産者の思いを伝えるのが使命!」

本間さんのチーズづくりは、決して特異なことをしているわけではありません。生乳を受け入れて殺菌し、乳酸菌やレンネット(酵素)を添加。カットや撹拌の後に型づめし、塩漬けするという一般的な手法です。

「え?ミルク以外で出せる味の違い?う~ん...コレばっかりは勘としか答えようがないんですが、強いて挙げれば観察力。発酵初期のわずかな変化を見逃さずに、その時々の最適な管理をすることで味わいが大きく変わります」

asr_shiawase-cheese_11.jpg熟成に目を光らせる本間さん。工房の熟成庫は半地下になっていて、断熱や発酵に向いているとか。

夏には野草の香りがあふれるハードタイプチーズ、冬には乳脂肪分の高いやわらかな生地のウォッシュタイプなど、本間さんが手がけるのは足寄の季節まで味わえる商品。そのおいしさはまたたく間に広がり、「Japan Cheese Award 2016」では加熱圧搾・熟成6カ月未満部門最優秀部門賞を受賞しました。

asr_shiawase-cheese_12.jpg「しあわせチーズ工房」の商品。ハードタイプの「幸」、セミハードタイプの「しあわせラクレット」、さらに足寄町内のめん羊牧場「石田めん羊牧場」とコラボした羊乳100%の「羊のハード」も人気です。

足寄の子どもの仕事観を広げ、このまちをチーズ産地へ!

本間さんは、いうならば移住が目的ではなく、理想の「仕事」を突き詰めた結果、足寄町に暮らすことになったはず。商売をする上での「新参者」として苦労はなかったのでしょうか?

「ここ足寄の茂喜登牛地区は2世代前、3世代前の方々が苦労して開拓した土地だと聞いています。だからといって閉鎖的かというとまったくそうではなく、むしろすんなり溶け込みやすい雰囲気。チーズ工房を立ち上げた当初、近所の農家の方は『チーズつくるんだって?売れなかったら持ってコイよ』なんて気にかけてくれました」

asr_shiawase-cheese_13.jpg「しあわせチーズ工房」で働くパートさん。チーズの型枠から顔を覗かせるお茶目なポーズで撮影に応じてくれました。

住居については、「ありがとう牧場」の吉川さんが昔住んでいた家を譲ってくれたとか。けれど、町のホームページには賃貸情報も掲載されている上、何より人と人とのつながりから不動産情報を得られるケースも多いようです。

「例えば、地域おこし協力隊の若い人が足寄にゲストハウスをつくろうとした時、地元の方が立派な空き家があると教えてくれたそうです。月並みですが、いいまちにはいい人がいるということをシミジミと感じますね」

一方、足寄町には、羊肉の生産から飲食までを一手に担う「石田めん羊牧場」や珍しい短角牛を育てる「北十勝ファーム」など、多彩な食のつくり手がいるにも関わらず、地元の人にはあまり知られていないといいます。

「自分たちの商売が成り立っているから地元は関係ない...ではなく、自分たちのことを地元に知ってもらい、商品を食べてもらえるイベントや取り組みにもみんなで協力して力を入れています。子どもたちにチーズや肉をつくる仕事が足寄にあることを伝え、職業の選択肢を少しでも広げてもらえればと思って。そして、まちに留まってくれる若い人が少しでも増えるとうれしいですね」

asr_shiawase-cheese_14.jpgチーズをひっくり返して水分を抜いているところ。午前中は生乳の火入れや型づめ、熟成管理といった作業。午後からはチーズカットや発送、事務作業をするのが大まかな流れ。

チーズ職人にあこがれを持つ若者は、いつでもウエルカムだと本間さんは笑います。自身のもとで勉強した人が、極端にいえば隣に工房を構えてもOKだとも。だけど、それではライバル関係になってしまうような...。

「足寄は放牧酪農が盛んですから、チーズ産地として一緒にまちを盛り上げることも不可能ではないはず。というよりも、将来的にはそのビジョンを実現させたい。だけど...」

だけど?続く言葉を待っていると、「そのためには、まずウチが人を呼び込めるくらいの環境にならなきゃ。だって、見ての通りお店が狭いですからね(笑)」といって軒先を指さした本間さん。そこは店舗スペースの拡大に向けた基礎工事現場。今はまだ小さなスペースの広がりですが、「足寄をチーズ産地に」の思いがココから実る...そんな予感を抱かせてくれました。

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しあわせチーズ工房
住所

北海道足寄郡足寄町茂喜登牛141-4

電話

0156-26-2585

URL

https://www.shiawasecheese.com/


理想のチーズを追い求め、足寄にたどり着いた青年。

この記事は2018年9月27日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。