
ここ最近、小さなワイナリーやヴィンヤード(ワイン用のぶどう畑)が次々と誕生している空知エリア。いずれも土地の特徴や風土を味わいに表現しようと、つくり手が工夫を凝らしながらワイン醸造やぶどう栽培に向き合っています。岩見沢市宝水エリアにワイナリーとぶどう畑を構える「宝水ワイナリー」もその一つ。ワインメーカー(醸造家)は久保寺祐己さん、28歳。若きつくり手が、おいしさを醸すために情熱を傾けています。
原料がお酒に加工される瞬間がたまらなく魅力的!?
「ようこそ! 道に迷いませんでしたか?」
宝水ワイナリーの扉を開くと、飛び切りさわやかな笑顔の久保寺さんが迎えてくれました。さっそくお話をうかがったところ、ご出身は山梨県なのだとか。日本でも有数のぶどう産地にしてワイン王国でもありますね。
「だけど、地元に暮らしていたころはそもそも未成年でしたし、ワインにふれる機会は小学校の工場見学くらい。昔はまったく興味がなかったんです(笑)」
何とも意外な言葉が飛び出しました。久保寺さんは数学や物理、化学が大好きで一度は大学の理系学部に進学。ところが、学びの中で生物分野と出会い、とりわけ微生物による発酵過程の不思議さに取りつかれたというのです。
「散々悩んだんですが、大学を中退して醸造免許を持つ東京の専門学校に通い直すことにしました。ぶどうや米といった原料が、酵母や酵素など微生物の力でお酒に加工される瞬間がたまらなく魅力的で...マニアックですよね(笑)」
専門学校ではビールや日本酒の醸造も学びましたが、久保寺さんが最も興味を抱いたのがワインの世界。酒米や麦芽などの原料は自ら手掛けられることは少ない一方、ワインはぶどう栽培にも携われる可能性が高いところに心をひかれたといいます。
「就職先は地元の山梨という選択肢もありましたが、北海道のワインはまだまだ成長過程。だからこそ、いろんなチャレンジにトライできる伸びしろを感じたんです」
宝水ワイナリーは自社のぶどう畑を持ち、その原料からもワインを仕込んでいます。久保寺さんが理想とするワインづくりを実現するにはまさに打ってつけの環境。迷うことなく就職と移住を決めました。
ワインの発酵中は状況が刻一刻と変化!
久保寺さんが宝水ワイナリーに就職したのは2014年。それまで北海道には旅行でも訪れたことがなく、岩見沢と聞いてもどこにあるのか分からなかったと笑います。
「豪雪地帯ということで最初は不安でした。山梨は年に2〜3回雪が降る程度ですし、根雪になることはありません。雪道の運転はおっかなびっくりでしたが、さすがに今はもう慣れましたね」
新人時代は前任のワインメーカーから仕事をミッチリ叩き込まれたという久保寺さん。まずは土を掘り起こす農機やぶどうの実をつぶすプレス機、貯蔵タンクの冷却装置といった機械類の扱い方を学びました。
「雪解けごろから9月まではぶどう栽培の仕事がメイン。剪定(果樹の枝の一部を切り揃えること)や仕立て(ツルや葉を棚などに這わせること)などの作業で育成の微調整をかけながら、この日までにこの作業をするというようにスケジュールを決めて動いています。例えば雨が続いて湿気が多そうなら薬を使うなど、先手先手を打ってぶどうを育てるイメージです」
9月の中旬から11月の初旬にぶどうを収穫すると、いよいよワインの仕込み。ぶどう果汁の発酵中は絶え間なく状況が変化し、その都度対処が必要なのだそうです。
「朝は良い香りを放っていたのに、1時間後には匂いが変わるなんてこともザラ。微生物は目に見えないですから、味覚と嗅覚、聴覚を頼りに、温度や混ぜ方を調整したり、空気にふれさせたり、常に試行錯誤しています。一人立ちした4年目から、ようやく感覚がつかめてきました」
ワインづくりは、いろんな人の思いや希望を背負うもの。
ワインを仕込む1〜2カ月間は、久保寺さんにとって真剣勝負。この時期ばかりはほとんど休みを取ることはなく、細かな反応の変化も見逃すまいと神経を研ぎすませながら醸造と向き合っています。
「当然ながらワインを仕込むのは年に一回。前年の課題をクリアして挽回するチャンスは一度きりですし、一生を通してみても40〜50回しかぶどうを絞れません。そう考えると気合いが入ります。ただし、体調管理のためにも作業スケジュールを調整することが大切。自分を休ませるのも仕事のうちですからね」
怒濤の仕込みが終わり、ぶどう栽培が始まるまでの1〜3月はようやく心を休められるとか。久保寺さんは岩見沢のマチナカに住んでいて、少しクルマを走らせれば生活必需品も洋服も何でもそろう環境です。外に出かけることも多くなるのでしょうか。
「それが仕込みに気合いを入れすぎて家で過ごしがちかも(笑)。でも、思い立ったらスノーボードに行ったり、ワイン技術者の交流会に参加したり、楽しみながら過ごしています。両親や友人を富良野や札幌に案内することもありますしね」
久保寺さんが岩見沢に移住し、ワインメーカーとして働き始めてから5年目。最後に今後の目標を尋ねると、表情をキリリと引き締めてこう語りました。
「ウチは小さなワイナリーですが、それでもぶどう栽培を手伝ってくれるパートさんがいて、経理や事務作業にあたる職員がいて、ワインを売ってくれる営業がいて、そして会社の行方を左右する醸造を僕に任せてくれる社長がいます。いろんな人の思いや希望を一心に背負ってワインづくりと向き合っているからには、岩見沢の人に誇りを持ってもらえる一杯を仕込み続けるのが使命なんです」
宝水エリアはかつて海の底だったとか。ぶどうの樹齢が増し、根が土の深くへと張っていくほどに塩分やミネラルをふんだんに蓄えた濃厚な実をつけるようになるそうです。久保寺さんも、ぶどうも、いわばまだまだ成長過程。来年、再来年、その先のおいしさの進化に期待が高まります!