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北海道で暮らす人・暮らし方
伊達市

ありのままの真実を伝えるレンジャー20170511

この記事は2017年5月11日に公開した情報です。

ありのままの真実を伝えるレンジャー

最近自然と触れあったのはいつですか?

アスファルトで舗装された道路。高いビルに囲まれ、車と人がたくさん行き交う都会の喧噪。都会の生活に慣れてしまうと、自然との触れ合いがどうしても遠のいてしまう。そんな場所にお住まいのみなさまに、ぜひ知っていただきたい団体があります。


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今回のくらしごとの舞台は、北海道伊達市。ここに「いきものいんく」という素敵な看板を掲げたNPO法人があります。いきものいんくは、子どもから大人までを対象とした環境教育をメイン事業としている団体です。代表は加藤康大さん。柔らかい話し口調でお話を聞かせてくださいました。

ikimonoinc3.JPG代表の加藤康大さん。敷地内にあるツリーハウスの上にて。

ikimonoinc7.JPG入り口の前に掲げられた看板

いきものいんくは、2012年8月にNPO法人として設立。現在は、豊浦町、室蘭市、伊達市、壮瞥町、洞爺湖町といった西胆振地方を中心に、学校授業やいきものいんく主催のキャンプなどを通して環境教育を行っています。

「森を歩いて、川にもぐって、湖を泳いで、赴くままに自然と好きなだけ触れあってもらうんです。子ども向けのキャンプでは、自分で考え、自分で判断し、自分で行動し、自分で責任をとる、というスタイル。『木に登ってもいい?』『これ使ってもいい?』そんなこと、大人に聞かなくていいんだよ、自分でやりたいように考えて行動していいんだよ、ということを伝えています。子どもたちも最初はそんな僕たちに戸惑うものの、だんだん自信を持って行動するようになる姿を見て嬉しく思いますよ」。

そう話す優しい瞳の奥からは、熱い情熱が伝わってきます。そんな加藤さんがいきものいんくを立ち上げるまでについて、詳しく聞いてみました。

就活はしない。ノープランで筋トレばかりしていた学生時代。

加藤さんは札幌の大学に在籍している頃から就職活動はしないと決心し、筋トレに夢中な学生生活を送っていたそうです。そして卒業後、なんとそのまますぐにニュージーランドへ渡ります。


なぜ、ニュージーランドだったのでしょうか?

「大学2年生の時、モーグルの世界チャンピオンがニュージーランドの山を滑っている映像を見たんです。そのかっこよさに心打たれ、単純に『僕もここを滑りたい!』という夢を抱いて、ニュージーランドへ行くことにしたんです」。

英語には自信があったからこそ、すぐに飛んでいけたんですね?と問うと、「いえ、まったく(笑)」と加藤さんは苦笑い。

「何もかもノープランだったからこそ、もちろん英語も全く話せない。とりあえず、着いて最初の2〜3週間はバックパッカーの集まる場所に身を置いて、その後自分で家を探して・・・って、この行動も言葉の壁で一苦労。念願の雪山でも、リフト券を買うことさえ大変でした」。

ikimonoinc14.JPGニュージーランドでの日々を思い返しながお話してくださいました。

そんな加藤さんでしたが、ニュージーランドで1年間過ごし、帰る頃には日常英会話には困らない程度までに。そしてその後、一度日本へ戻ります。

「ニュージーランドにいる時に、将来的に山岳ガイドの資格を取りたいと考え始めました。調べると、カナダでその資格が取得できるスクールを発見。カナダに行くための資金を日本で貯めることにし、北海道に戻ってスポーツジムのトレーナーの仕事をやっていました」。

カナダの山で過ごし、最終的に出てきた「北海道の山に行きたい。」という想い

そして無事にカナダの山岳ガイド養成コースへ入り、資格を取得。その後の自分の将来を考えた時、「北海道の山に行きたい。」という想いが加藤さんの中に生まれます。同期たちがカナダの山に残る中、加藤さんは故郷北海道へ帰国。


日本の山岳ガイドとはどんなものなのかと色々なツアーに同行し学びながら自分の将来を模索していた頃、たまたま「大雪山のパトロール隊をやってみないか?」という声がかかりました。

その仕事の中身としては、登山者が迷わないようにマーキングをしたり、ここの水は飲んでも大丈夫かどうか水場をチェックしたり、多くの人が安全に登山できるようにと、それに伴った環境保全活動がメインです。カナダでは、ただ山に登るということだけではなく、野生動物との付き合い方なども教わってきたからこそ、加藤さんは「挑戦してみたい」と動き出しました。

始まりはザリガニの駆除

大雪山でのパトロールの仕事を始め、環境保全の重要性を痛感した加藤さんは、環境省の自然保護官補佐(アクティブレンジャーと呼ばれています)を目指すことを決意。

そのために、一般教養の筆記試験、論文、面接などの試験がありましたが、見事クリア。加藤さんは晴れて環境省の非常勤職員、アクティブレンジャーとして働き始めることになりました。

そして、勤務場所として言い渡された場所は「洞爺湖」。また、それだけではなく「このエリアに生息するザリガニをなんとかしてほしい」という指令付き。最初から加藤さんにはザリガニ駆除というミッションが与えられていたのです。

この洞爺湖で見つかったザリガニというのは、外来生物のウチダザリガニ。水草を食べるため、魚が水草に卵をつけられなくなり、稚魚の隠れ家がなくなり、稚魚を餌にしている魚がいなくなる。そして魚を食べていた水鳥がいなくなる・・・という負の連鎖を食い止めるための駆除活動でした。

加藤さんは、「地域が駆除を続けられる仕組みをつくろう」と動きます。この地域には、ウチダザリガニという生物が生息していることさえ知らない人が多い。だからこそ、まずは存在を知ってもらい、ウチダザリガニが及ぼす影響を伝えようと考えたのです。

知らせる方法の1つとして、加藤さんはウチダザリガニ駆除体験のイベントを実施することに。体験前にしっかりと「外来生物ってなに?」という座学も行い、同時に理解も深めてもらいました。

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加藤さんにとって、これが初めて「人に伝える」という経験だったと言います。そして、このイベントを知った洞爺湖温泉小学校の当時の先生から「うちの学校の授業の中でもやって欲しい」と、声がかかりました。1日だけの体験授業ではなく、1年を通しての授業計画を立てることに。ついに、学校教育に足を踏み入れることとなったのです。

学校教育のメリットは、全員参加!

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イベントは「参加してみたい!」と思う子どもたちの参加がほとんどに対し、授業の中で環境教育をするとなると自然や動物に興味がない子どもたちも参加しなくてはいけない。そこが肝なんだとか。

「興味のなかった子たちが、興味を持つかもしれないきっかけになっているからです。最初は嫌そうな顔をしていた子どもたちも、少しずつ表情が変わり楽しそうに自然と遊ぶ姿を見て、子どもたちの成長を感じることが出来るのが楽しいし、嬉しいです」と加藤さんは語ります。

さらに嬉しいことに、先生方からも「自分も生徒と一緒に授業を受けている一員でした。知らないことが多すぎて恥ずかしかったです」なんて言葉をもらうことも多々あり、子どもだけではなく大人の心にも響いていたようです。

そしてその後、先生方の輪によって他の近隣の小学校からも「うちにも来て授業をして欲しい」という声がかかるようになっていきました。
そんな経験から、いつしか「自分が進むべきはこの道しかない」と、環境教育を広めていこうと決心したと言います。

いきものいんく、ついに誕生

アクティブレンジャーとして環境教育を進めている日々の中で、加藤さんはどこか違和感を抱いていました。ウチダザリガニの駆除に関しても、他の希少種は保護する現実。駆除しましょう、守りましょうという法律も、所詮人間が決めたこと。このことに強い違和感を覚え、人間がいかに身勝手な生物なのかということを多くの人に伝えるために動き出した加藤さん。ついに、いきものいんくの誕生です。


「この団体を立ち上げる上で、大きく分けて2つの柱をつくりました。1つは環境教育の中で、ありのままの真実を伝えていくこと。人間がどれだけ自然に迷惑をかけているかということや、自然の連鎖がどういう仕組みになっているかということを。そしてもう一つは、子どもたちの自立を促したいという想いです」。

そういった想いで立ち上がったいきものいんく。北海道でやる意義について聞いてみました。

「北海道に住んでいる人って、この土地の良さに気づいていない人が多いんですよね。ここは、環境教育の教材が本当に豊富なんですよ!日本は早い段階で島国として確立し、独自の進化を遂げてきました。特に北海道はすごい。エゾシカだって、エゾリスだって、『エゾ』って言葉がついているんですよ。地球上どこを探しても、北海道にしかいないんです。これって凄くないですか?」と、目を輝かせる加藤さんの話は止まりません。

「ここにいる生き物たちがどれだけ貴重かということを、改めてみんなに気づいて欲しいんです」。

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「また、環境教育をやっているからと言って、環境保全が進むわけではないということも分かっています。ただただ、ありのままの現実を知って欲しい、そんな想いです」。

そして、子どもたちにここでしか経験できないことにどんどんチャレンジして欲しいと言います。

「いきものいんくとしても、挑戦していきたいことはたくさん。実は、冬に雪山キャンプをやってみたいとずっと思っていたんですが、冬用のキャンプ道具の費用が高くなかなか実行できずにいたんです。しかし、昨年末ようやく実現することが出来ました!」と喜びの表情を浮かべる加藤さん。

ikimonoinc16.JPG目標が叶った冬キャンプでの一枚

「加藤さん、夢叶ってるじゃないですか」と横で取材を見守るスタッフの阿部さんと松沢さんが微笑みます。そんな現在加藤さんと共に働くスタッフの方々にもここでの働き方について聞いてみました。

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伊達で生まれ育った阿部祥人さん。子どもが大好きで、子どもと関わることが多いこの仕事が楽しいんだとか。
阿部さんから見る加藤さんは・・・「視野がとても広い人。子どもウケもいいですし(笑)。だからこそ、ここではみんなの人気者です」。

今後の阿部さんの目標としては、「伊達にいる子ども全員がキャンプに参加してほしい!そして、いい意味でやんちゃな子どもが増えて欲しいなと思います」と力強く話してくださいました。

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松沢智子さんは、新潟県出身。高校卒業後、東京の短大に進学し、就職も東京。旅行中たまたま環境省の人と出会い、環境を守るレンジャーという仕事があることを知って、単純に面白そうと感じたと言います。旅行から帰り、そのアクティブレンジャーについて調べてみると北海道で募集をしている情報を発見。松沢さんは一大決心をして仕事を辞めて北海道へ行くことに。

「完全にワーホリに行く気分でここ、伊達に来ました(笑)。来てみたらいいところ。ずっと東京という都会に住んでいましたが、伊達に住んでいて不便に感じたことはあまりありません。今ではネットでなんでも買えちゃいますし。雪に関しても、もともと新潟で育ったので不安はなかったです!」と強い意志の松沢さん。

オブラートになんて包まずに、ありのままを伝えていきたい

「例えば、ニュースでどこかの国に爆撃があったという映像が流れます。それに対し、アナウンサーは建物が崩壊したということや、死傷者の数を伝えるばかり。その爆撃で、植物が一気に無くなって、動物の住処も一気に奪われたということにまでは触れません。もっと身近で例えるなら、車を運転している時に動物とぶつかってしまったり、風車に鳥がぶつかってしまったり、人間の活動が引き起こしている問題はこの世にたくさんあります。それを改めて、感じてほしい。ありのままでいいんです。ありのままを伝えることが僕の使命であり、そうでないとやる意味がないと思っています」。


都会に住んでいると、なかなか忘れてしまう自然との付き合い方。他の生き物との付き合い方。取材陣も改めて考えてみる機会となりました。

ikimonoinc15.JPGキャンプや授業に参加した子どもたちが書いた作品

「今は西胆振地域の子どもたちを中心にイベントをやっていますが、それ以外の地域の子どもたちの参加ももちろん大歓迎です。これからは札幌はもちろん、東京や道外の都会っ子たちもどんどん呼び込んでいきたいと考えています」。

これからについて熱く語る加藤さん。きっと加藤さんが思い描く夢は、これからも少しずつ叶っていくことでしょう。現在、セブンイレブンさんや花王さんより支援活動の助成を受けながら活動しているとのことです。これからもこういった色々なところからの支援により、いきものいんくの素敵な活動が続いていくと良いなぁと取材陣も、これから先の活動を楽しみにしています。

ikimonoinc6.JPG子どもたちが書いた作品を見て、思わず笑みがこぼれます。

NPO法人いきものいんく
NPO法人いきものいんく
住所

北海道伊達市清住町47-1

電話

0142-82-7757

URL

http://ikimonoinc.jp

NPO法人いきものいんくFacebookページ


ありのままの真実を伝えるレンジャー

この記事は2017年4月11日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。