HOME>北海道で暮らす人・暮らし方>小さなミニトマトに思いを託す若者。

北海道で暮らす人・暮らし方
新ひだか町

小さなミニトマトに思いを託す若者。20161024

この記事は2016年10月24日に公開した情報です。

小さなミニトマトに思いを託す若者。

ミニトマト農家として新規就農した、山崎琢磨さん。

新ひだか町春立の海沿いから、日高山脈方面に折れたところに広がる東別地区。ミニトマトのハウスがズラリと並び、一大産地の様相を呈しています。山崎琢磨さんは、この地でミニトマト農家として新規就農したばかりの28歳。これまでの道のりやまちの暮らしをお聞きしました。

農家との商談が、農の道に進むきっかけに。

山崎さんは札幌のご出身。大学卒業後は証券会社に入社し、赴任先の横須賀で営業に走り回る日々を過ごしていました。まさにまったく「畑違い」の仕事に就いていたにも関わらず、農業の道を志したのはどうして?
「証券会社の営業職時代、農家のお客さんと商談することも多くて。アレコレ雑談を交わすうちに、多くの人が口にするものを作るという尊い仕事に憧れを抱き始めたんです。自分が休みの日にはお客さんの畑を手伝わせてもらっていました」

shinhidaka_minitomato_02.jpg

実際に体験してみた農業は想像以上にハードな仕事。けれど、山崎さんにとって作業の疲れはむしろ清々しく、いつしか胸中では就農してみたいという思いがふくらんでいきました。証券会社の入社から約1年半、山崎さんは決心を固めます。

まちとして応援してくれる心強さを感じて。

北海道に戻り、むかわ町の農業生産法人に就職した山崎さん。レタスやトマト作りを学びながら、いつか独立就農を果たしたいと思い描くようになりました。ところが「いつか」は思いのほか早くやってきます。1年半後、インターネットで見つけた新ひだか町の就農説明会に足を運んでみたことが、夢の実現につながったのです。
「説明会で月々の研修費や家賃補助、引っ越し費用まで出していただけることを聞いて背中を押されました。何より、まちとして新規就農者に全力のエールを送ってくれる姿勢が感じられ、心が奮い立ったんですよね」
とはいえ、独立就農はいわば自営業。両親はどう思っていたのでしょうか?
「自分が証券会社という比較的安定したレールを外れてまで北海道に帰ってきたのは自分の手で農業をやりたかったから。両親には心配されましたが、熱意を伝えたり、助成のことを説明したりするとようやく納得してくれました...渋々ですが(笑)」

shinhidaka_minitomato_03.jpg

住まいは農協がすぐに手配してくれ、研修受け入れ農家も実にやさしくミニトマトの栽培を手ほどきしてくれたとか。研修先の親方は今でも防除や苗づくりのタイミングの相談にのってくれると笑顔を見せます。
「実は新ひだか町のことを全然知らなくて、不自由なく暮らせるくらいお店はそろっているし、大きな病院もあるし、住んでから初めて意外と都会なんだって気づきました(笑)。だからといって人の距離感があるわけではなく、まるで自分の地元かと錯覚するくらい、皆さんはあたたかく迎え入れてくれたんですよね」

shinhidaka_minitomato_04.jpg

夜中のハウスで、先輩農家がかけてくれた言葉。

受け入れ農家で1年、ハウス団地でもう1年研修を受けた山崎さん。新ひだか町や農協のサポートを受けながら営農計画を立て、平成28年4月にいよいよ自分の農地でミニトマト作りをスタートさせました。

shinhidaka_minitomato_05.jpg

「先輩農家が中古のハウスを譲ってくださったり、トラクターで土を起こしてくれたり。就農にあたっての準備段階でも、人のあたたかさに助けられました」
とはいえ、すべてが順風満帆に進むわけではありません。ここ最近はハウスの温度・湿度管理の甘さや台風の影響でミニトマトに病気が発生。その処置や防除、さらに収穫と休む間もなく働く日々が続いています。

shinhidaka_minitomato_06.jpg

「こんなことでこの先やっていけるのかな...と不安も湧き上がりました。けれど、深夜にハウスの風通しを調整しながら、病原菌が入ったミニトマトを処置していたところ、先輩農家が様子を見に来てくれてこう言葉をかけてくれたんです。『こんな夜中まで一生懸命やってるヤツはいないから、必ず上手くいく』って。本当に勇気づけられましたね」

shinhidaka_minitomato_07.jpg

ハウスの棟数を増やし、暮らしに余裕を。

山崎さんのインタビュー中、ミニトマトのケースを抱えた若い女性が目の前を通り過ぎました。この方は奥様の聡美さん。リスクも少なくない新規就農に反対はされなかったの?

shinhidaka_minitomato_08.jpg

「う〜ん...賛成とも反対とも判断がつかないような感じでした(笑)。ただ、僕らには2歳の子どもがいるんですが、この近くにはちょっと車を走らせると保育園もありますし、自然豊かな環境で子育てできるところに満足しているみたいです」
今、山崎さんは経営の安定化に向けてがむしゃらに働かなければいけない時期。ここを乗り越えれば、周りのベテラン農家のように人を雇って休みをとる余裕も生み出せるのだそうです。

shinhidaka_minitomato_09.jpg

「目指すは早めにハウスの棟数を増やし、それを管理する技術を身につけること。営農計画に添った無理のないプランは立てていますが、収穫時期にパートさんを確保したり、ハウス内で暖房を炊いて寒い時期にも収量を増やしたり...余裕を生み出すにはやるべきことがまだまだあります。この先も人手や設備投資、さまざまな苦労は絶えないだろうけれど、家に帰って子どもの顔を見るたびに頑張ろうって思えるんです」
農業人として、父として、山崎さんがミニトマトに託した思いは、まだまだ実り始めたばかりです。

shinhidaka_minitomato_10.jpg

山崎農園
住所

北海道日高郡新ひだか町静内東別480-2


小さなミニトマトに思いを託す若者。

この記事は2016年9月23日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。