高校が町おこしの柱。人口800人を切った村の挑戦と、若手クリエイター。
札幌から車で北に向かって走ることおよそ4時間弱。そこに北海道で一番人口の少ない村があります。音威子府(おといねっぷ)村。小さな村ですが、全国的に見ても本当に珍しい特徴のある村でした。約780人の村民のうち、約120人が高校生なんです。
村の活性化の一翼を担うのが、町立で運営している「おといねっぷ美術工芸高等学校」。そもそもの学校の始まりは、北海道が運営する定時制の高校でしたが、廃校になる話が出た際、今いる子どもたちを守り、さらには村としての特色を出してはどうかと村で考え、「工芸品の製作を学べること」に特化したのが始まり。それまでは生徒募集に苦戦していた高校も、今は入学の倍率も高く、定員を割るようなこともほとんどない高校として生まれ変わりました。
もともと人口の少ない村ですので、中学校を卒業する子どもたちも年々減少。おのずと村外から学生を受け入れることになり、その結果、村民として高校生が多く村に移住してくれるようになりました。今では卒業生も多分野で活躍し、村に戻ってきてくれる人も増えているとか。そのひとりであり、地域おこし協力隊の制度を活用して村に戻ってきたのが、写真の川﨑 映さんです。
便利な都会の生活を捨てて得たもの
川﨑さんが主に活動する場所は、彫刻家 砂澤ビッキ氏がアトリエとして利用した廃小学校跡に設置された「エコミュージアムおさしまセンター BIKKY アトリエ3モア」。ここの施設管理や、砂澤ビッキ氏の作品を紹介しながら館内を案内する役割を勤めながら、時には山林のガイド担当としても活躍されています。
また、このアトリエのすぐそばにある、元教員用住宅を借りて住込みながら(築年数不明。もちろん木造。冬は家の中でもマイナス8度まで下がるそうです)、仕事の合間にご自身のクリエイターとしての創作活動もされています。砂澤ビッキ氏の多くの作品に囲まれながら、目の前に広がるカボチャ畑(冬は白銀の雪世界)を感じながら、表現したい動植物や昆虫といった「自然」の絵を描いています。
「地域おこし協力隊として、この村に戻れた上に、大自然に囲まれながら自分の創作活動も続けられる。そんな幸せな環境はないですね」と、笑顔を見せてくれた川﨑さん。「自然の素晴らしさ、生物の生き様など、自分が感動したことを人に伝えるにはどうしたらよいのかと考えていたら、絵として残し、伝えていくという手法に辿り着いたんです」と、クリエイターになったいきさつも語ってくれました。
本当に自然が大好きで、「生活に不便はありませんか?」と尋ねても、「札幌に住んでいたこともありますから、都会の便利さはわかります。音威子府村のなかでもココは中心部から離れてますから、気軽にコンビニにって感じでもありません。でも、ここにしかない良さが確実にあるんです。静かな環境が創作意欲にプラスに働くとかもありますが、僕は昆虫が特に好きなんです。夜の街灯に集まってくる虫を眺めるのが好きで、なかなか出会えない種やここにしか生息しない昆虫を見つけたときは本当に嬉しい!不便とかよりもその不便な環境のなかだからこそ得られることの方が多いんですよ。熊に出会うことだけは怖いですけどね笑」と、本当に幸せそうです。
まだ20代前半の若さでありながら、高校で学んだことや、この環境で培ったことを活かして、着実にクリエイターとしての能力を高めているのことが、繊細で緻密な絵を見せてもらえるとわかりました。川﨑さんがメインに使用している画材は「色鉛筆」。極限まで細く削った芯先で、幾層にも重ねて作品を制作しています。「まだまだ作品といえるものが少ないですが、いつかは自分の個展や展示会を開きたいですね」と夢を語って下さいました。
村の雰囲気、人の雰囲気と共に感じて欲しいアトリエ
アトリエ3モアの館内には、200点あまりの作品が展示されています。作品に感動するのはもちろんのことですが、飾られている環境も考え抜かれていて、幻想的な展示には何かが舞い降りてきそうな雰囲気。パワースポット的な空間でもありました。
「館内の作品は全て写真撮影OKですよ」と川﨑さん。美術館等では撮影禁止が多い中、そういったスタンスも行ってみたくなる動機のひとつになるのではないでしょうか。特にデザインを学ばれている方や、クリエイターとしての仕事をされている方は、ぜひ生でこの雰囲気を感じてもらいたい施設です。
砂澤ビッキ氏の作品は、町おこしの象徴としても至る所に飾られており、それらを巡ることで、より深く音威子府という村を詳しく知ることができます。巨匠が活動した村であり、さらに新鋭のクリエイターや、人としての感性や個性を子どもたちに教えてもらえる村。音威子府村の取り組みの成果のひとつが、川﨑さんの生き様につながったのかもしれません。「僕は人と話したり、説明したりするのが苦手だから...」と最初語っていた川﨑さんでしたが、館内の作品の紹介はとってもわかりやすくて温かい口調。780分の1である川﨑さんから聞けるお話や雰囲気をぜひ多くの方に感じてもらいたいですね。
アトリエの中は、光と影の演出も作品を紹介する上で大切な要素となっています。
- エコミュージアムおさしまセンター BIKKY アトリエ3モア
- 住所
北海道中川郡音威子府村字物満内55番地
- 電話
01656-5-3980
- URL
開館時間・9:30~16:30
開館機関・4月26日~10月31日(冬期間閉鎖)
休館日・毎週月曜日(祝日時は翌日)