
北海道の東部、広大な大地と豊かな海に囲まれた別海(べつかい)町。その地域経済を支えているのが「別海町商工会」です。小売業・製造業・土木・建築・飲食・サービス業など各部会があり、参加事業者の事業発展や地域振興の場として活用されているそう。
今回は別海町商工会の会長、篠田巌(いわお)さんと事務局長の石川量平さんにお話を伺います。ふるさと納税や著名人の輩出など何かと話題が多い別海町を支える、商工会の今とこれからをお届けします。
町のためにもう一度。異業種から地域に尽くす仕事に
別海町商工会で事務局長を務めている石川さんは、別海町の中西別(なかにしべつ)出身。穏やかでやさしそうな笑顔が印象的です。
「商工会に入ったのは2023年なので、実はまだ2年しか経っていないんですよ」
こう話す石川さんですが、すでに地域の顔として多くの人に頼りにされています。商工会の事務局長と聞くと、長年勤めて昇進したキャリアの持ち主という印象を受けますが、実際は異業種からの就任も多いのだとか。
穏やかな笑顔が印象的な石川量平事務局長。漁協の役員から転身し、現在は地域への恩返しを胸に、商工会の「何でも屋」として事業者の困りごとや地域のイベントをサポートしています。
「道内の他の商工会を見ても、役場や農協、漁協を60歳で定年となったOBの方が多いですね。同じ管内にも4つの商工会がありますが、外部の組織から来られて、事務局長になる方がほとんどです」
石川さんも、異業種から商工会に加わった一人。以前は漁協の役員を務めていました。
「ちょうど役員の任期が終わったところで、次は何をしようかと考えていたんです。そんなとき、とある方から『町の商工会のために働いてみないか』と声をかけてもらいました。前職は一次産業で地域の方々にお世話になっていましたから、町のために何か恩返しができたらと思い、引き受けさせていただくことに決めました」
現在は、商工会の事務局長として職員をまとめながら、地域のさまざまな活動をサポートしています。
飲食店を訪れ、店主と話す石川さん。各部会が自発的に企画を立ち上げる、風通しの良い組織づくりを進めています。
「肩書としては職員を管理する立場ですが、実際には国や地方公共団体などの行政組織の外部である外郭(がいかく)団体の事務局と連携して各部会の会合に出席したり、総代会の企画・運営をしたりと、現場に近い仕事が多いですね」
別海町商工会で働く職員の仕事は多岐にわたり、基本となるのは会員向けの窓口業務。地域で使える商品券の販売や換金・税務申告の相談・経理処理・労働保険の事務など、地域の事業者の困りごとに日々対応しています。
「起業を考えている方や、新しく設備投資をしたい事業主さんに、補助金の活用をアドバイスすることもあります。つい最近も、ドッグランを起業したいという方が相談に来ていました」
新しい商品を開発した業者の販路開拓のために、経営指導員が全国の商談会に同行することもあるといいます。商工会が地域で果たす役割は、単なる事務的な支援にとどまりません。「会員が持ち込んだ企画を、ビジネスの形に落とし込むのも大切な仕事のひとつ」だと石川さんは真剣な眼差しで話してくれました。
地域の経済活性化策の一つである「別海町商工会商品券」。かつては一部の組合店舗のみで利用可能でしたが、現在はより多くの場所で使えるようになりました。
別海町の経済を支える縁の下の力持ち
そんな石川さんにとって、特に思い入れのある活動が、地域への恩返しとして毎年主催しているビールパーティーです。参加者は年々増えており、600〜700人もの人が集まるそう。ものまね芸人を招いたり、地元のお店で使える商品券が当たる抽選会を開催したりと、参加者に楽しんでもらうためにさまざまな趣向をこらしています。
「商工会発行のチケットを買っていただくと、ビールが飲み放題になるんです。漁協の青年部がホタテの鉄板焼き屋を出店してくれたこともありましたね。こうしたイベントのときには会員の皆さんが積極的に協力してくれるので、本当にありがたいです」
パークゴルフ大会の開催や、町が主催する産業祭の手伝いなど、別海町ならではのイベントや行事にも積極的に参画しています。千人規模のランナーが集まる別海パイロットマラソンでは、ゴール後にスポーツドリンク・牛乳・秋味鍋・豚汁等の無料提供があります。
「商工会に入るまで、これほど地域と密接に関わっているとは正直知りませんでした。まさに、縁の下の力持ちのような存在だなと感じています」
現在、商工会は5人の正規職員と2人の嘱託職員の7人体制で運営されています。年齢は20代の若手から40代半ばまで幅広く、比較的若い世代が多い職場です。正規職員の仕事の大半は、会員先に直接出向く巡回業務。地域ごとに担当を決めて定期的に訪問し、さまざまな相談に応じています。
「なるべく会員さん全体にサービスできるように巡回していますが、地域が分散しているため、どうしても追いつかないこともあります。正規職員の人数も不足しているので、今募集をかけているところです」
別海町商工会の正規職員への応募条件は、基本的には普通運転免許のみです。税務関連の業務もあるため簿記3級の資格が必要ですが、入職後に取得すれば問題ないそう。給与は毎年昇給があり、安定して働ける職場です。土日勤務はありますが、代休や振休をしっかり取れる体制が整っています。
「地域と深く関わる仕事なので忙しさはありますが、その分、やりがいは大きいと思います」
注目度上昇の町で、人と関わり成長できる仕事
いま、別海町は全国的にも注目を集めている地域です。その背景には、ふるさと納税による知名度の高まりがあります。
「ここ最近、別海町の返礼品は、全国ランキングで常に上位に入っているんですよ。そういう意味でも知名度がどんどん上がってきていると感じますね。ふるさと納税の収益を活用して、教育の無償化や小児医療の無償化などにも取り組んでいますし、子育て世代にとっても魅力のある町だと思います」と石川さん。
ふるさと納税の人気を支えているのは、乳製品や魚介類といった、別海町ならではの食材たち。なかでも、ホタテの貝柱は、返礼品のランキングで全国総合1位を獲得したこともあるほどの人気商品。水揚げは年間100億円規模にのぼり、別海を代表する水産物です。
「ホッキ貝の水揚げでも苫小牧に次いで道内2位ぐらいじゃないでしょうか。別海は、一次産業の生産力が高い町なんです」
しかし別海町が注目を集めているのは、食の豊かさだけではありません。昨年の選抜高校野球大会で北海道代表として甲子園に出場した別海高校や、直木賞を受賞した別海出身の作家・河﨑秋子さんの活躍をきっかけに、町の名前はさらに広く知られるようになりました。そんな勢いのある別海町で働く商工会の仕事には、地域の人々や事業者との密なコミュニケーションが欠かせません。
「特にうちの女性部は管内でも規模が大きく、100人以上の会員さんが所属しています。そのメンバーをとりまとめる事務局を担当するとなると、やはりコミュニケーション力は必要ですね。青年部の事務局などは、若い人にぴったりだと思います。人と話すのが好きで、イベントや催事が好きな人なら楽しいと思いますよ」
商工会の活動は幅広く、覚えることも多い仕事ですが、だからこそ、スキルアップできるのが魅力。経験を重ねることで、着実に成長を実感できる仕事だと石川さんは語ります。
「地元の経済を大きくするために何ができるかを考えながら動けるので、そこにやりがいを感じる人には本当に向いている仕事だと思います」
別海町商工会青年部のメンバー。パークゴルフ大会や、町が主催する産業祭への参加など、様々なイベントで活躍しています。
地域を動かす新しい挑戦が次々実現
別海町商工会の活動を支えるもう一人のキーパーソンが、会長の篠田さんです。篠田さんも別海町の出身で、石川さんと同じく、異業種から商工会に入ったひとり。現在は建設会社を経営しながら会長職を務めています。商工会に関わるようになったのは、会長を務めていた父の引退をきっかけに、副会長を任されたことが始まりでした。
商工会に入ったばかりの頃は、「正直何をしたらいいか分からなかった」と笑う篠田さん。それでも、商工会が抱える多くの団体の事務局との交渉や、調整業務に奔走してきました。3年前に会長になってからは、より幅広い業務に目を配るようになり、職員の業務改善や会員へのサービス向上、さらには町民へのPR活動にも力を入れるようになったといいます。
「私の役割は、各部会がどんな活動をしたいのかを聞いて、それを実現できるように応援することです。だけど、私の知らないうちにイベントや行事が立ち上がっていることも(笑)。それだけ、信頼できる商工会の副会長さんや各部会の部長さんがいるということですよね。そこが、別海町商工会の自慢です」
建設会社を経営しながら会長を務める篠田巌会長。各部会の活動を応援し、会員の事業発展と地域活性化を支えています。
篠田さんが会長になってから、商工会ではさまざまな成果を積み重ねてきました。そのひとつが、商工会商品券の発行です。以前は一部の組合に加入している店舗でしか利用できなかった商品券を、より多くの人が便利に使えるようにと、商工会が引き継いで発行するようになったそう。さらに最近では、飲食店を食べ歩くスタンプラリーや、独立リーグの野球チーム「別界パイロットスピリッツ」の応援など、各部会による企画が次々と実現しています。
「別海パイロットスピリッツは、今度道央の美唄(びばい)市まで遠征して現地のチームと試合をするんです。それに合わせて、商業部会と飲食サービス部会が現地を訪問し、球団関係者との意見交換を兼ねた研修を予定しています」
各部会には部費があるため、自分たちの判断で動けるのも特徴です。その自由さが良い方向に働き、部会ごとに独自性のある取り組みが進められています。
「会員さんたちと一緒に地域を盛り上げていくのが、この仕事の魅力です。人と関わることや、お祭りごとが好きな人なら本当に楽しいと思います。お店が元気になれば、地域全体も活気づきますからね。お店が成長するために商工会がどうサポートできるかを考えて行動できる職員が増えれば、別海町はもっと発展していくはずです」
チームワークで盛り上げる別海町の未来
最後に、これからについておふたりに伺いました。
「今後も地域の経済力をより高めていくために、地域で消費してくれる仕組みづくりをどうすればよいかを、考えていかなければならないと思っています」と、石川さん。
ただ、そこには地域ならではの難しさもあると語ります。別海町には、スーパーがあり、日用品の購入に困ることはありません。しかし、例えば洋服のように地元では手に入らないブランドの商品を求めて、他の地域に出て行ってしまう人も多いそうです。
「地元のものをインターネットで販売する業者さんもいますが、なかなか定着させるのは難しい。行政の力も借りながら、地元で消費されるお金をどう増やすかを考える必要があります」
さらに、一次産業が盛んな一方で、その多くが町外に流れてしまう現状についても触れます。
「ここでしか味わえないもの、ここでしか買えないものがあれば、外から来てくれる人も増えてくるはずです。そのためには、地産地消の仕組みづくりが大事。町では、道の駅や物産館の構想も進んでいるので、今後に期待しています」
篠田さんも、地域の事業者を支えることの重要性を語ります。
「別海には昔ながらの小さな店舗がたくさん残っています。そうしたお店が今の時代に合った形で経営を続けていけるよう、商工会としてしっかりサポートしていきたいですね」
地域を支える仕事に取り組む二人に、別海での暮らしについても聞いてみました。
「何でも屋」だと語る別海町商工会。イベントや事業者の支援を通して、地域全体の経済を動かす「縁の下の力持ち」です。
「別海町には町営の温泉もあるんです。私がよく行くのは、別海町ふるさと交流館。モール温泉で、サウナも併設されています。夏は近くのキャンプ場も賑わっていますよ。釣り好きの人は、風蓮(ふうれん)湖でのチカ釣りや、標津(しべつ)町まで足を伸ばせばイワシ釣りも楽しめます」と石川さん。
篠田さんは、豊かな自然や人のあたたかさを別海の魅力として挙げます。
「牧草地に牛がいる風景は何度見てもいいものですし、食べ物もおいしい。別海の人は本当にフレンドリーなので、ファミリーで移住してきても安心して子育てできると思います。公園も自然豊かで、子どもたちがのびのび遊べる環境が整っていますから。車で1時間ほど走るとゴルフ場もありますよ」
牛がのびのびと過ごす広大な牧草地。別海町は、豊かな自然と温かい人々が暮らす、子育てにも適したまちです。
最後に、石川さんはこんな思いを語ってくれました。
「商工会って何をやっているのか分かりづらいかもしれませんが、要するに『何でも屋』みたいな仕事です(笑)。イベントの手伝いなども多く、みんなで活動する楽しさは何にも変えることができません。私も、元気で明るい人と一緒にこれからもがんばっていきたいですね」
篠田さんも同じ思いを抱いています。
「学歴や経歴よりも、人との関わり方が大事だと思います。人はコミュニケーションを通じて成長していくものですから。もちろん、スキルが高いに越したことはありませんが、それ以上にチームワークを大事にしてくれる人と一緒に働きたいですね。お互いにフォローし合いながら、やりたいことをやれるのが一番です」
石川さんと篠田さん、二人の言葉には共通して「人とのつながりを大切にしながら地域を盛り上げたい」という思いが込められていました。小さな積み重ねが、やがて町全体を動かしていく。別海町商工会の活動には、そんな未来を信じて働く人々の思いが息づいています。
関連動画

- 別海町商工会
- 住所
北海道野付郡別海町別海旭町67番地の1 別海町交流館「ぷらと」内
- 電話
0153-75-2844
- URL