
大雪山のふもとにある北海道上川郡東川町。豊かな自然に恵まれたこの町で、ブロッコリーや大根など14品目もの農産物を生産、販売しているのが株式会社丸巳です。
耕作面積は合計で約360ヘクタール。オリジナルの堆肥、地形の標高差を生かした栽培方法など、試行錯誤しながらこだわりの野菜作りのスタイルを構築してきました。
今回は、同社の代表・矢澤教祐さんに会社の話を伺うほか、研修がきっかけで農業に興味を持ち、同社へ入社した新卒2年目の市原杏香さんにも話を伺いました。
東川町で就農し、昭和56年に法人化。冬の雇用問題をシイタケ栽培でクリア
株式会社丸巳が誕生したのは1981(昭和56)年。もともとは、現在地から離れたところで祖父が始めた農業が母体です。現社長の矢澤教祐さんは、農家の4代目となります。道立の農業大学校を出たあと、十勝の農業試験場で研修を受けたのち、東川町に戻り、丸巳に就職。そして、2019(令和元)年に社長に就任しました。
「矢澤農園は祖父が就農したのが始まりで、水稲や畑作、養豚など幅広く行っていました。法人化は父の代になってからで、当時は自ら市場に野菜を持ち込むことからスタートしました」
矢澤社長は「一緒に働く仲間が何より大切」と語り、従業員を大切にする姿勢がうかがえます。
法人化した当初は大根がメインでしたが、連作障害を避けるために輪作をはじめ、カボチャやニンジンなども作り始めます。少しずつ耕地面積も増えていき、それとともに人を雇用しなければならなくなります。
「人手が必要で、人を雇用するのはいいけれど、じゃあ、冬場はどうするかという問題が浮上します。当時の北海道の農家は、冬になると本州へ出稼ぎに行くか、地元に残って林業などに就くかでしたが、会社として人を雇う以上、冬も安定的に生産できるものはないかと、三つ葉やウドの栽培を行うなど手探りを続けていました」
1989(平成元)年に、現在の場所に本社所在地を移転。それから少しして、シイタケ栽培に着手します。
「取引先のスーパーの方からの提案ではじめたのですが、これがきっかけで1年通して野菜を作ることができるようになりました。シイタケは冬場に鍋で使われることが多いため、需要もあり、それによって課題だった冬の雇用問題もクリアになったので、通年での雇用形態が可能になりました。最近はシイタケ栽培をする農家も増えていますが、当時道内で大きくシイタケ栽培をしていたのは珍しかったかもしれません」
試行錯誤しながらも、課題に向き合い、それを解決するために工夫。そして、果敢にチャレンジを続けている丸巳は、まさに直販のパイオニア的存在です。常に一歩先をいき、道を切り拓いてきました。また、農福連携という言葉がない時代から、福祉施設との協働体制も取ってきました。
高原農法、ミネラル栽培、雪氷エネルギーの活用など、あらゆることに挑戦
現在、大根、ブロッコリー、キャベツ、ニンジン、白菜、アスパラなど14品目の野菜を栽培している丸巳。実際にいくつかの畑を見せてもらうと、その規模の大きさに驚きます。
「苗作りからはじまり、植付、管理、生育、収穫、選別、販売まで、入り口から出口まですべて自分たちで行っています。最初からというわけではありませんが、徐々に全部自分たちで責任を持ってやろうと、今のようなスタイルになっていきました」
こうなるまではさまざまな挑戦や創意工夫がありました。例えば、高原農法も同社の特徴です。
「規模拡大で耕地が広がっていった結果、自然とこうなったとも言えるのですが、今いるここは標高が270メートル。うちの畑の中で一番高いところが500メートル。この地形の標高差を生かした野菜作りを行っています。春先は標高が低めのところから栽培をはじめ、夏の暑いときは涼しくて風通しの良い高いところへ。そうすることで、旬の野菜をできるだけ長い期間提供できるようになりました」
この高原農法により、7月上旬から雪が降るまで収穫は続くそうです。
畑でキャベツの状態を確認する矢澤社長。土壌に不足しがちなミネラルを補うミネラル栽培を本格化し、栄養価の高い野菜を栽培しています。
また、2000年からミネラル栽培を本格化。土壌に不足しがちなミネラルを肥料で補うことで土壌を活性化させ、そこで栄養価の高い野菜を栽培します。栄養価が高い野菜はおいしさも違うと評判です。
「オリジナルの堆肥も作っています。用いているのは、自社で栽培したお米のもみ殻や稲わら、シイタケの廃培地など。これらを発酵させて有機の堆肥として畑に還元しています。数年かけて研究を重ね、やっとできたものです」
生産活動で出た副産物を2次利用する、まさに循環型農業です。毎年4000トンの堆肥が必要ということで、その数字からもいかに丸巳がたくさんの野菜を栽培しているかが分かります。
全14品目の中で一番栽培面積が多いのが水稲で、約80haの広大な水田が広がります。
さらに、雪が多い東川町ならではのアイデアとして、雪氷エネルギーを利用した雪氷冷房冷蔵の倉庫もあります。これは2011年から採用されました。4000トン近い雪を1度入れると、秋くらいまで雪は持つそう。
「通常の冷蔵庫だと野菜の水分が抜けてしまいがちですが、雪の水分があるため、野菜の鮮度が維持できます。この雪氷倉庫の利用は、お客さまにより良いものを安定的に届けたいという考えから生まれたものです」
ほかにも2018年にはASIA GAPの認証を取得。これは、食の安全や環境保全に取り組む農場に与えられる認証制度で、栽培した作物の安全や環境保全などのほか、そこで働く人の人権福祉、労働安全など、トータルで見た持続可能な農場経営ができているかをチェックするもの。認証農場であることは、取引先や消費者の人たちにとって安心材料のひとつとなります。
働く仲間である従業員には、農業の面白さを一緒に楽しんでほしい
働く人の話が出ましたが、通年雇用の従業員は常時80名おり、季節雇用を含めると100名以上が業務に従事しています。
「土地・人・お客さまの3つのバランスを大切にやってきました。土地は、野菜を作るフィールド、人は一緒に働く仲間たち、お客さまは販売させていただく場所ですね。この3つがどこかにだけ偏ってしまっては農業ビジネスとして成り立ちません。とはいえ、究極で言ってしまえば、人、一緒に働く仲間が何より大切だと考えています」
日本人の従業員の中には地元の人もいれば、道外出身者もいます。旅の途中にバイトで入ってそのまま社員になった人もいれば、北海道で農業に携わりたいとやってきた人もいるそうです。
従業員とともにシイタケの生育状況を確認する矢澤社長。通年雇用80名・季節雇用を含めると100名以上が働く丸巳では、働く仲間を大切にしています。
「年々耕作面積が増えている状況で、自分たちは地域の農業やこの環境を守っていく必要もあると考えています。中には、地域の地主さんから預かった大事な農地もたくさんあります。よく従業員に話すのは、農地は農家にとっての原資であり、誰かが作物を作り続けてこそ意味があるということ。そして、地域の人たちとの関わりがあるからこそ、自分たちは仕事ができているということ。だから、そのことを忘れず、地主さんたちから信頼していただけるような仕事をしようと話しています」
農業という仕事について、「正解のないところが面白い」と矢澤社長。ちょっとした環境の違いで生育状況が異なってくるなど、「失敗したこともたくさんありますよ。でも、常に試行錯誤しているのが面白い」と話します。従業員の人たちにもその面白さを感じてもらえたらと続けます。
入社2年目、作物の成長のように自分自身の成長も感じられる充実した日々
さて、次に入社2年目の市原杏香さんに、なぜ丸巳に就職したのか、また仕事の面白さやこれからのことなどを伺いましょう。
市原さんは神奈川県出身。もともと青年海外協力隊に興味があり、拓殖大学の国際学部で学んでいました。北海道とは縁もゆかりもなかったそうですが、拓殖大の国際学部で農業コースを選択すると、1年間、深川市にある拓殖大学短期大学に留学するプログラムがあり、それがきっかけで北海道へ。
「青年海外協力隊で海外に行くなら、農業を学んだほうがいいかなと思い、そのコースを選択しました。農業の知識は皆無でしたが、3年生のときに深川に1年間いて、基礎的なことを学びました」
入社2年目の市原杏香さん。農業の知識は皆無だったものの、研修をきっかけに農業に魅せられ、北海道での就職を決意しました。
研修を受けているうちに、すっかり農業に魅せられた市原さん。また、異国のようにも思える北海道の雄大な景色にも魅了されます。北海道で暮らし、働いてみたいと考えるようになっているところ、担当の先生と矢澤社長が農業大学校繋がりで旧知の仲だったこともあり、丸巳を紹介されます。
「それまで小規模の個人経営の農家しか見たことがなかったので、農業で法人があると知って驚きました。こういう会社なら就職したいなと思いました。また、矢澤社長に初めて会ったとき、社長というのはもっと怖い人かと思っていましたが、矢澤社長は親しみやすく、自ら農場を案内し、とても分かりやすく説明してくれました。農業への熱意も伝わってきて、社長についていきたいとそのとき思いました」
その後、数か月に1度は丸巳を訪れ、4年生のときには1週間のインターンシップも経験。簡単な作業を行っただけでしたが、「ここに就職したい」と心は決まっていたと振り返ります。
丸巳で初めての新卒社員として入社した市原さんは、会社のことを知りたいと創業者でもある先代に直接会社の歴史を聞きに行ったり、出勤時間前に畑を見に行って朝礼でみんなに畑の様子を発表したり、とにかく熱心。
ブロッコリーの定点観測を行い、気温や天気のデータを収集するなど、新しい視点で積極的に意見を出してくれるところも含め、「社内にいい風を入れてくれている」と矢澤社長も高く評価しています。
「まだ2年目ですが、農業の面白さを毎日のように実感しています。播種から選別まで関わるので、結果が見えるのが面白いと思います。実は最初、選別作業はあまり興味がなかったのですが、カボチャの選別作業についたときに重量感のある物に価値があるなど、選び方を周りの人たちに教えてもらい、育てた作物の結果をきちんと見ることも大事なのだと学びました」
事務所で笑顔で話す市原さん。播種から選別まで全ての工程に関わることで、作物の成長とともに自身の成長も実感できる充実した日々を送っています。
作物の成長のように、自分の成長も感じられると話す市原さん。データをまとめるなどの事務的な仕事ももっと効率よくできるようになりたいと、休みの日にはExcelなどの勉強もしているそう。また、ほかの地域でどのような作物を作っているのかを見学に行くこともあると話します。
最後にこれからやってみたいことなどを尋ねると、「この会社のことをもっとたくさんの人たちに知ってもらいたいと思っています。若い人たちにPRしていきたいですね。農業の現場のことを知れば、興味を持ってくれる人は多い気がします。だから、一番は農業の体験する機会を設けることかなと考えています」と語ってくれました。
とにかくその規模の大きさに驚くとともに、安全でおいしい野菜作りへのこだわりもたくさん感じられた丸巳。次世代を担う市原さんのような若手が、矢澤社長と共に次々と新たな挑戦をしていくのでしょう。これからの発展がまた楽しみな会社です。
広大な畑を背景に立つ矢澤社長と市原さん。丸巳は、地域農業と自然環境を守りながら、次世代を担う若手と共に新たな挑戦を続けています。
- 株式会社丸巳
- 住所
北海道上川郡東川町東6号南4番地
- 電話
0166-82-4355
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