北海道のほぼ中心に峰を連ね、「北海道の屋根」と称されることもある大雪山。雄大な自然に対する親しみと畏敬の念を込め、アイヌの人々は「カムイミンタラ(神々の遊ぶ庭)」と呼んできました。大雪山連峰の北に位置する黒岳は、標高1984mの秀峰。その黒岳の7合目まで行くことが可能なロープウェイとリフトを層雲峡温泉から運行しているのが、今回取材させていただく「株式会社りんゆう観光」です。代表取締役社長の植田拓史さんに、会社のことや仕事の話をはじめ、上川町や層雲峡エリアの観光と環境の話、課題点などを伺いました。
ロープウェイとリフトが運んできたもの
りんゆう観光は、1959年に設立。もともと製材業を営んでいたことがきっかけで、札幌にある藻岩山スキー場のリフト事業を任されたのがスタートだったそう。今回お話を伺った黒岳ロープウェイは1967年、リフトは1970年に営業を開始しました。そもそも国立公園内にロープウェイを造ることができたのはなぜだったのでしょうか。
「1954年に北海道を直撃した大型の洞爺丸台風によって黒岳の木々が半分以上倒木し、それを放っておくと木が山から滑り落ちて危険だったため、木を運び出す小さなロープウェイを造ったそうです。その役目を終えたあと、観光利用に活用しようとなり、弊社のほうに声がかかって運営することになったと聞いています」
株式会社りんゆう観光代表取締役社長の植田拓史さん
当初は黒岳ロープウェイではなく、すでに温泉地として全国的に知られていた層雲峡の名前を冠した「層雲峡ロープウェイ」という名称だったそう。また、偶然ですが、お話を伺った6月29日はロープウェイの営業開始日。山開きの日と同じということもあり、多くの方が朝からロープウェイを利用していました。展望台からの雄大な眺望を楽しみに訪れる観光客はもちろんのこと、これからのシーズン、天気のよい週末にはたくさんの登山客が訪れるのだそうです。
長い反抗期と中国での生活を経て社長へ
さて、黒岳ロープウェイの営業が始まって57年、りんゆう観光自体は創立65年ということですが、現在4代目社長である植田さんは創業者一族の出身。幼少期からりんゆう観光の跡を継ぐという意識はあったのでしょうか。
「先代である父は特に跡を継ぎなさいとは言わなかったのですが、祖母や親族からは、お前が後を継ぐのだと刷り込まれてきたように思います。でも、中学生くらいから反抗期が始まって、家業を継ぐことに激しい抵抗感があり、その思いがずっと胸の中にあって、親元を離れようと神奈川の大学へ進学しました」
神奈川大学の外国語学部で中国語を専攻。中国語を学ぼうと思ったのは、「手に職をつけ、誰も知らないところで、自分の力で稼いでいくため」だったそう。言語というツールを習得することでスキルとして活用できると考えたからと話します。大学卒業後、生まれ育った札幌には戻らず中国の大連へ。1年ほど留学生として暮らし、そのあとは日本企業と取引を行っている中国の会社で約4年働きます。
「大連は日本企業も多く、外からの人を受け入れる風土があって住みやすかったですよ」と植田さん
このまま中国に残って骨を埋めても...と考えたときもありましたが、ちょっとしたきっかけがあり、2006年、27歳のときに日本へ帰国。北海道に戻るならば、家業であるりんゆう観光に入社するしかないと腹を決め、札幌へ帰ってきます。当時を振り返り、植田さんは「長い反抗期がやっとここで終わりました」と笑います。とはいえ、外の世界を見てきた経験は大きかったようです。
当時のりんゆう観光は、札幌本社に入社しても、まずは主力事業である黒岳のロープウェイの現場経験をしなければならないという決まりがあり、植田さんも半年間ロープウェイの現場をひと通り経験します。その後、営業マンとしてツアーに関する仕事を中心に携わり、「索道協会や観光協会など、関連する団体の集まりに顔を出すなど、対外的な仕事がどんどん増えていきました」と話します。ちなみに索道とは、ロープウェイやリフトなどの総称です。
自然にロー・インパクト、心にハイ・インパクト
りんゆう観光には、先代が掲げた「よろこび ひろげる」というスローガンがもともとありました。植田さんが社長に就任した2016年前後、そのスローガンをベースに、経営の判断基準となる想いや指針を言語化した企業理念を打ち立てました。それが次の文言です。
わたしたちは北海道に根ざし、自然・人・文化がふれあう「自然にロー・インパクト、心にハイ・インパクト」な企業活動を通じて、世界中の人々の、人生のよろこびをひろげます。
環境省主導で、国立公園の保護と利用の好循環で自然を守り地域活性化を図ろうという「国立公園満喫プロジェクト」が行われるなど、自然の保全と活用のバランスが重要であると考えられる時代に入っている中、「自然にロー・インパクト、心にハイ・インパクト」というフレーズは誰にでも分かりやすく、時代の流れに合った指針です。
消費するリゾートではなく還元するリゾートへ
「消費するというイメージが強かったリゾートや観光地運営の在り方を変えていくフェーズに入っています。世の中的にもサステナブルが当たり前になってきています。私たちは、大雪山、黒岳という素晴らしい自然の恩恵を受けてビジネスを行っているわけで、これからは環境保全を意識した還元するリゾート運営をしていかなければならないと考えています」
黒岳ロープウェイは大雪山国立公園内にあるため、何か行うにしても申請や許可がいろいろ必要となりますが、それでも「自然にロー・インパクト、心にハイ・インパクト」という指針に沿って自分たちのできることを行っていこうと、現場スタッフからの声を吸い上げながらそれを形にしています。
社長が来ても緊張する様子はなく、みなさん楽しそうです
たとえば、携帯トイレ。山頂近くにある黒岳石室のバイオトイレの利用者が増え続け、オーバーユースしている現状を鑑み、ロープウェイの売店で積極的に携帯トイレ利用の啓蒙と販売を行っています。しかもさまざまなメーカーのものを取り扱っているというのもポイント。また、ペットボトルのゴミを減らすため、同じく売店ではマイボトル持参で無料給水も行っています。
現場スタッフの個性が発揮できるように
現場からアイデアを出してもらい、それらを積極的に拾うようにしているという植田さん。トップダウンで物事を進めたり、企業理念を毎朝唱和したりするようなことは一切せず、「同じ方向を向いていればいいと思っています。実際、今現場で頑張ってくれている20代、30代の社員たちは、入社してきたときから既に意識が違うんですよね。こちらがわざわざ言わなくても、環境やサステナブルが当たり前の世代なのです」と話します。
「むしろ、現場のスタッフは私が思いつかないようなアイデアを出してくれることが多いんです。それぞれが個性を発揮しながら、やりたいことをやれるような職場環境を整えていくことが経営者としての役目だと思っています。一番大変なのは、私と現場の間にいる事業所長で...(苦笑)、所長には感謝しています」
取材中、丁寧にスタンプの中のモチーフを説明してくれたスタッフの王さん
今年も早速、現場スタッフからの発案を形にしたものがあります。全道各地でヒグマ出没が相次いでいることを受け、リフトのところに「ヒグマメーター」なる看板を設置。リフトに乗りながら、実物大のヒグマの絵が描かれた看板までの100m、50m、10mという距離感を体感できます。山に入る際にヒグマがいることを忘れず、いざというときに適切な行動が取れるようにと注意喚起を促していますが、ただ「熊注意」と書いたものを貼り出すのではないあたりがステキなアイデアです。
売店の売り場も女性スタッフの目線で雰囲気を変え、商品ラインナップもスタッフの意見を取り入れているそう。撮影中、植田さんと現場スタッフの方たちのやり取りを見ていても、スタッフの皆さんが、真剣かつ軽やかに楽しく仕事に取り組んでいる様子が分かります。そして、「自分は一番『もの知らず』な状態でいたい」(つまり余計な口出しはしない、トップダウンはしない)と話す植田さんが、スタッフの皆さんを信頼しているのもよく伝わってきます。
秘湯の宿「愛山渓温泉」の魅力の掘り直し
「実は、ロープウェイとは別に、こうした新しいアイデアを必要としている場所があるんです」と植田さん。その場所は、りんゆう観光が2017年から受託運営している「大雪山愛山渓温泉 スパ&エコロッジ愛山渓倶楽部」。大雪山国立公園内、標高1000mほどのところにある秘湯の宿で、層雲峡温泉からは車で50分ほどのところにあります。山奥で電波が届かないため、携帯電話やインターネットは使えず、電力は水力発電でまかなわれているという場所です。
知っている町民も少ないという「愛山渓温泉」は登山口の拠点としても、とても大切な存在なのです
「100%源泉かけ流しの温泉が自慢で、ここの利用者は登山客や秘湯好きな人が大半です。私たちはこの場所が上川町にとって価値のある場所であると考えていますが、経営的には正直赤字の状態が続いています。現在、町から委託を受けて運営管理を行っていますが、建物の老朽化が進むなど、このままではいけないと感じています」
これから先、どのようにここを継続させていくか、町にとってかけがえのない資産であることやその魅力を町の人たちに知ってもらうにはどうすればいいかを一緒に考えてくれる人を探しているそう。
「弊社の人員体制に余力がないという実情もありますが、地域にも会社にもしがらみのない学生の方に新しい視点で関わってもらえたらと思っています。サステナブルな環境教育の場にという意見も出ているので、それらも含め、ポテンシャルの高いこの場所の魅力の掘り直しを行い、10年ビジョンを立て、最後は町長にプレゼンするぐらいのものを一緒に考えてくれる方がいたらぜひインターンで来ていただきたいです」
「変化や新しいことも受け入れられるように、こだわりはもたないようにしています」と植田さん
環境や観光に関心があり、我こそはという方は問い合わせを。豊かな自然の中、都市部では決してできないようなことができる可能性はおおいにあります。
自然を語れる会社でありたい
最後に会社としてこれからどう在りたいかについて伺うと、「上川町の観光業の一翼を担っている数ある会社の中で、一番自然のそばにいるのが私たちです。だからこそ、自然を語れる会社で在りたいと考えています。そして、訪れてくださったお客さまたちが楽しみながら環境保全に関心を持ってくれるそんなきっかけを与えられる場所で在りたいです」と植田さん。
植田さんは、8年ほど前、社員に取ったアンケートの中で忘れられない結果があったと言います。スキー場のアルバイト社員の方からのもので、「自分たちの仕事は当たり前のように自然を壊している。そんな自分たちが自然を語るなんて偽善だ」という意味合いの意見が綴られていたそう。
「それを読んで、同じ仕事をしていてもこんなに見え方が違うのか、とショックでした。かつてのリゾート運営は、自然を消費する面が強かったと思います。でも、先ほども少し触れましたが、観光と環境をうまく繋ぎ、還元できるリゾート運営ができると今は信じていますし、そうならなければならないと思います。ペットボトルが完全リサイクルでき、不要になった洋服で燃料を作り、飛行機を飛ばせるようになった時代です。山を歩けば歩くほど環境にプラスになるような何かが生まれる可能性もゼロではないはず。アイデアと行動力次第で夢物語も夢ではなくなると思います」
また、一社だけで取り組みむのではなく、地域全体でサステナブルな観光地を作っていかなければならないと考えています。そのためには、一緒にやっていける仲間や若手の存在も重要。少しずつそんな仲間も町内に増えているそうで、「次の世代にもきちんとバトンを渡していけるようにと考えています」と最後に語ってくれました。
- 株式会社りんゆう観光
- 住所
◎層雲峡事業所/北海道上川郡上川町層雲峡(大雪山層雲峡 黒岳ロープウェイ&リフト)
◎本社/北海道札幌市東区北9条東2丁目1番8号
◎藻岩山事業所/北海道札幌市南区藻岩下1991 - 電話
01658-5-3031(層雲峡事業所)
011-711-7106(本社代表) - URL