北海道のほぼ中央にある南富良野町で、畑違いの業界からIターンの転身を遂げた経営者がいます。祖父が立ち上げた株式会社吉岡建設に27歳で入社、20年あまりを経た現在は3代目の社長として、林業や土木業を営んでいる鷹嘴(たかのはし)良介さん。
積極的にICTの林業機械を使用することで生産性や労働環境の改善を図り、資格取得など社員のキャリアアップを支援し、林業系のコンクールでも表彰されるなどその実績を評価されている吉岡建設。お話を聞いていると、鷹嘴社長の目は経営や社員のみならず、森林の未来にも注がれていました。
「面接時は、良いことも悪いことも『ありのまま』を伝える」という社長の会社に転職して2年目、「念願のチェーンソーマンになれました!」と爽やかに笑う若手社員の茶木康博さん、そして、事務職として会社をバックアップする光畑志保さんにも会社や仕事についてのお話を伺ってみました。
北海道の国有林、公有林を守る林業・森林土木業の会社
今回の取材地は富良野エリアの南部、四方を山々に囲まれ、森林面積が9割を占める南富良野町です。人口は2300人ほどですが、自然を生かした登山やキャンプ、カヌーなどのアウトドアが盛んで、道の駅にはモンベルストアもあります。
南富良野町の中心部近くに本社を構えるのが、1976年に創業した株式会社吉岡建設。主に国有林など公有林での原木伐採や、木材運搬や森林整備のために使う作業道の敷設や整備を行っています。
代表取締役の鷹觜良介さん
「私が来た20年前は林業8割、土木2割という感じでしたが、『森林土木』に力を入れてからは、割合が半々ぐらいになりましたね」と3代目の鷹嘴社長は話します。
この2つの仕事について、説明しましょう。
林業とは、木を伐採し、製材会社に売る仕事です。もちろん、作業はそれだけではありません。木を切ったら、その土地を整えたうえで新しい苗木を植える。木の生育に邪魔となる雑草を刈り取り、必要な木が育つように不要な木を切り、さらに成長した木が密集してくれば間伐を行います。この間伐材も有効に利用されています。成長した木を伐採して、用途に応じた長さに切断。その丸太を、土場(どば)と呼ばれる集積場まで運んで積んでおきます。
森林土木は、いわば林業を支える仕事。林業のための作業道をつくったり、林道沿いの川が増水して道を壊さないように護岸工事も行います。つまり、林業のためのインフラ整備や保持を行うのが森林土木なのです。
吉岡建設は上川南部地域で美瑛から南側の国有林管理を任されていますが、「道内の国有林にある林道は、総延長でいえば何百キロ、何千キロとあるんですよ。とてもすべてには手が回らない状態です。このところの異常気象による大雨で、林道が陥没したり橋が壊れたりすることが多くなっています」と、鷹嘴社長は語ります。
林道が整備されなければ、間伐などの林業の作業に入ることができず、人の手が入らない林は徐々に荒れていきます。災害による復旧作業も近年は増えているため、ますます働き手が必要とされる仕事なのです。
このところ鷹嘴社長は、環境を守る仕事としての林業の地位が、少しずつ上がってきたと感じているそうです。
「自分が入った頃は、必要な木を育てるための間引き、間伐をしているだけで『環境破壊だ!』と言われた時代でした。それが、ようやく自然環境を守り保持していく仕事と認識してもらえるようになりましたね」
求人面接では、まずは林業のありのままを知ってもらう
鷹嘴社長が抱えているいちばんの悩みは、仕事はあるのに人材不足だということ。コロナ禍もひと段落して、ますます人材確保が難しくなってきた現在。求人に当たって、吉岡建設さんがいちばんアピールしていることは何ですか?そう尋ねてみたところ、意外な答えが返ってきました。
「質問の答えにはなっていないと思いますが...、採用面接では、あまり都合の良いことは言わないようにしています」
それだと不利になるのでは...?と思いましたが、続く社長の言葉に納得しました。
「林業の地位がやっと上がってきたことで、『自分も環境保全に貢献したい』など、SDGsを意識して応募する人もいます。でも、正直なところ現実はそんなに甘くはないんですよ。環境に貢献しているのは事実だけれども、夏は虫が多いし、クマも出てくるし、冬は凍える寒さのなかで仕事をする。仕事自体も危険で、一歩間違えれば死亡事故につながりかねない。『こんなはずじゃなかった』とお互いにとってのミスマッチにならないように、ありのままのことを伝えています」
まずは、業務内容や給与待遇といった話の前に、『林業とは何か』を知ってもらうことが必要なのだと鷹嘴社長は話します。昔は森林破壊と言われ、いまは自然環境を守る仕事と言われながら、林業や森林土木では実際にどんなことが行われているのか、一般的にはまだまだ知られていません。その大変さも含めて面白さややりがいを持てる人に来てほしい、鷹嘴社長はそう願っています。
「資格取得などのバックアップも行っているので、未経験の人にも来てほしいですね。自分も未経験者として入社したので、その気持ちもよく分かりますし」
入社後に何か問題が起きても、当人の話に耳を傾けることを大切にしているそうです「その内容が正しくても、間違っていたとしても、まずは話をよく聞くようにしています」と、社員の気持ちをすくい上げることも欠かしません。
27歳で思わぬ転身、韓国の企業勤務から後継者として北海道へ
林業や建設にまったく触れることなく、27歳で請われて吉岡建設の後継者として入社した鷹嘴社長。どのようないきさつで、後を継ぐことになったのでしょうか。鷹嘴社長のプロフィールをお聞きしてみましょう。ここでは、下のお名前の良介さんと呼ばせていただきます。
鷹嘴良介さんは千葉県の生まれ育ちで、韓国の大学に入り社会学部を専攻しました。さらに語学を1年間勉強し、アメリカのシアトルにも語学留学をした後、韓国でベンチャー系の会社に勤めます。
「林業、建設に関する勉強や経験はまったくなかったですね。そもそも、後を継ぐことなんて考えていませんでしたから」と良介さんは振り返ります。
吉岡建設との接点となる1つ目は、大学時代に祖父が亡くなり、良介さんの母親が2代目社長になったことでした。
「そもそも母は5人きょうだいの末っ子で、千葉にいる父親のもとに嫁いだんですよね。私が高校時代の時に、父親が病気で亡くなりまして、それからは母と2人で千葉にずっと暮らしていました」
社長に請われたのは、まさに寝耳に水の出来事でしたが、母親のきょうだいにもそれぞれの事情があり、「それなら私が頑張ってやる」と決意を固めたそうです。大変な苦労が想像できながらも引き受けた社長職。
「うちの母親に『やってもいいか』と言われて『いいよ』と答えました。『その代わり、まさか次は俺が継ぐってことはないよね』と釘を刺しましたけどね」と良介さんは苦笑します。
その「まさか」が、やってきたのは、良介さんが27歳のときでした。母親である2代目社長はいろいろな人に支えられながら社長業を頑張っていましたが、その人たちから呼び出されて、3代目にと要請されたのです。良介さんは韓国での仕事が軌道にのりはじめたころで、現地での暮らしも8年ほどになっていました。
「私はひとり息子なので、確かに継ぐとすれば自分になります。反面、林業や建設に関してはまったくの素人なので、大丈夫かなという思いがありました。でも、うちの母親も社長業をだいぶ苦労してやっていたのは知っていたので、これも運命かなと思って吉岡建設に入社しました」と良介さんは語ります。
未経験からのスタート。周囲に助けられて祖父の会社を守る
良介さんにとって、吉岡建設のある北海道といえば、子どものころお盆に里帰りで遊びに行った程度の記憶しかありません。
「当時の北海道は飛行機代が高くて、フェリーにしても一泊はかかるし、首都圏から気軽に行けるような土地ではなく外国に行くようなイメージでしたね。友だちからはうらやましがられましたけど(笑)。帰省時に祖父の働いている姿もなんとなくは見ていたんですけど、いま自分が北海道に住んでいるということに、不思議な縁を感じます」
創業者である祖父は、もともと中富良野町の警察官だったそう。やがて国有林で林業の仕事を手掛けるようになり、1976年に南富良野町で㈱吉岡建設を創業しました。 「当時は幹が太くて、ものすごく良い材木が取れたそうですよ」と良介さん。そこから、林業と関連する土木工事や運輸業、砂利・砕石の生産販売と業務を広げていきました。
その会社をお母さんが引き継ぎ、やがて良介さんへとバトンが渡されていきます。20年前に社員として入り、10年ほど後に専務取締役として社長の右腕となり、この2023年に代表取締役社長に就任しました。
「林業や土木業って、当時は保守的な業界だったんですよね。そこに、飛び込んでいった自分は、かなり異質な目で見られていたと思います」と良介さん。
韓国やアメリカに留学して、国際的な仕事で実績を積んできた若者が、この北海道の現場で土木や林業に従事している。
「キャリアを自慢していたわけではなく、ただ聞かれれば答えていたんですが、周囲と溝が深まっていくのを感じて、話すのを控えるようになりました。もしかしたら、これまでの実績に対する自信や若さが、自分の態度に表れていたのかもしれませんね」と良介さんは話します。
「あれから、仕事でも、管理職という立場としても、たくさんの失敗をしてきました。大きな失敗を重ねては、いろんな方に助けていただいて...、やっと分かるようになったのは、本当にここ最近じゃないかな」と深い実感を込めて話す、3代目社長の良介さん。
新しい世界で、また経営する立場として学び続ける姿勢のみならず、自分を客観的に見られるという、これまでの経歴で得てきたことが、若手の育成に役に立っているようです。
2年目の若手社員が推す林業という仕事
吉岡建設には5名の若手社員が所属しています。いちばんの新人という茶木康博さん(27歳)に、プロフィールと現在の仕事についてお話を聞きました。茶木さんも、かなりユニークな経歴の持ち主です!
「前職は農業関係の営業マンでした。営業マンからチェーンソーマンにジョブチェンジですね!」と明るく話す茶木さん。入社2年目だそうですが、作業服が似合う姿と芯のある声からは、早くもプロ意識が感じられます。
入社2年目の茶木康博さん
それもそのはず、茶木さんは、札幌の大学時代から林業を志望していたのでした。きっかけは、「林業をやりたい」と言い続けていた友人がいたことから。それほど魅力のある林業とはどんな業界かと、気になって調べてみたという茶木さんは、やがて自身が林業のとりこになります。しかし、せっかく大学に入ったのだからと、両親の猛反対に遭いました。「サラリーマンとして会社に3年勤めたら林業をやってもいい」という約束をもらい、茶木さんは異業種の会社に就職して3年間勤め上げた後、北海道森林整備担い手センターの研修を経て、2022年4月に吉岡建設に入社しました。
念願かなって入った林業の会社、2年目ともなれば良いことも悪いことも、それなりに見えてくるはず。そこで、「仕事は面白いですか?」と、あえてストレートに聞いてみました。すると、「いや面白いですよ!やっぱり、自分の天職だなと思っています」と、満面の笑顔を見せてくれました。
林業の魅力について、茶木さんはこう語ります。
「前の営業職では、1年に1回は数字として、ペーパーとしての結果は出るわけですけど、こっちでは木を切ったら地拵え(じごしらえ)といって、またその土地をきれいにして、また必ず苗木を植えていくんです。それも50年、60年とかけて育っていって、そうしたらまた誰かが木を切って苗木を植えていく。その長いサイクルが、自分にとっては魅力ですね」
ゆっくりと育っていく木を相手にしながら、半世紀後のチェーンソーマンにバトンを渡す。自分が切った木も、そうやって育ってきたものだと、50年、100年単位の仕事に思いをはせる茶木さん。夏の暑さや冬の凍れ(しばれ)はやはり厳しいけれど、それ以上のやりがいがあると話します。木の切り方についても、まるで目に見えるように身振り手振りで話してくれました。
「チェーンソー1本で、倒す方向をチェックしながら少しずつ切っていくんです。思った方向と違う方へ倒れたりすれば事故につながりますから、それはもうシビアに見定めながら切るんですね。そこで狙った方にきちんと倒れた瞬間、それがむっちゃ気持ちいいんです。太ければ太いほど、倒れたときは地震かと思うぐらいに地面がドーンと揺れるんですよ。去年にでっかいセンの木を切ったときには、一生モノの感激でした!」
...って、まだ入社2年目ですよね? 「はい、いちばん若い、ペーペーの新人です」と、はにかむように答える茶木さん。
現場での僕らの仕事を見てほしい
あえてこんな質問もしてみました。
林業のような職人の世界って、「見て覚えろ」的なところがあると思っている人も多いようですが、実際に先輩たちはどうですか?
「自分も、入るときはそう思って覚悟していたんですけど、実際はめちゃくちゃ優しいですね!それこそ、50代、60代といった大先輩の方たちが、これでもかっていうぐらい細かく教えてくれるんで本当にありがたいですよ」
社長が茶木さんを「とにかく一生懸命で成長が著しい」と評する通り、きっとその一途さに、周りの先輩もこたえてくれているに違いありません。
「同じチェーンソーを使っていても、うまい人は切る人の姿勢がいいとか、切った後の根っこの形とかを見て『あの人はうまいな』とか分かるんです。自分はまだまだですね。何本かのうち1本は『きれいに行ったな』というのはありますけど、全然まだまだです」
とにかく毎日の繰り返しで少しずつ技術を上げていく、ほかのスキルも習得していくことで自分を向上させていくことを、茶木さんは仕事の喜びとしています。
「林業って、汚いとか汗臭いとかマイナスイメージがあるかもしれないけれど、もし興味を持ったら一度現場を見てほしいですね。丸太や木々のにおいや、実際に切っているところや先輩が重機に乗っている姿とかを見たら、印象がだいぶ変わると思います」
そう言って、茶木さんは作業に戻っていきました。仕事ぶりを見ていても、林業の「カッコいい」が、ビンビン伝わってきます!
事務の目線から見たこの会社の姿
事務職として会社を支える光畑志保さんにもお話を聞いてみました。光畑さんは中富良野町出身で、2021年3月に吉岡建設に入社しました。前職は化粧品関係の会社で事務職を中心とした仕事に従事していましたが、コロナ影響で以前の会社が倒産。その後偶然、吉岡建設とつながり、とんとん拍子で入社。しかし、建設や林業に関しての知識は全く無かったそうです。
「入社する前は何となく、ちょっと昔ながらの雰囲気というか、入り込みにくいようなイメージはありました。でも入ってみたら全然違いましたね。メンバー同士よく話すし、本当にいろいろ教えてくれます」
総務部として会社を支える光畑志保さん
最近では会社の広報的な仕事や採用の仕事にも関わる光畑さん。光畑さんが入社するまではHPも無かったとのことですが、それではダメだと新たにHPを開設。今年からはInstagramでの情報発信も行っています。
「お仕事の情報だけじゃなく、富良野近郊の美味しいお店とかの町情報も載せてるんです。ここで働いてここで暮らすことに興味を持っていただけるように」
自分の意見や考えも柔軟に取り入れてもらって、自由にやらせてもらっていると語る光畑さん。実際に林業の作業現場に見学に行かせてもらって、撮影することもあるそうです。
「会社や林業のことをもっと皆さんに知ってもらいたいですね。もっともっと情報発信していきたいです。とはいえ、ちょっと力を入れ過ぎてしまうところがあって、ほかの仕事もありますし、自分の時間も大事ですから、バランスを取りながら進めていきたいですね笑」
山や森を守る林業という仕事
「くらしごと」は、これまでも林業についての取材を積極的に行ってきました。以前と比べれば、林業についての興味や理解はだいぶ深まっていると感じますが、働き先としての林業という仕事に対しては、まだハードルが高いと感じている人が多いのも実情です。
しかし、今回の取材でも、鷹嘴社長のICTを取り入れた労働環境の改善や社員の声に耳を傾ける姿勢、林業の内容と富良野エリアでの暮らしを知ってもらおうと積極的に情報発信をする光畑さん、そして何よりも、先輩たちに丁寧に教えてもらいながら、山を守るという仕事のやりがいと喜びが全身から溢れている茶木さんを見て、現場に一度訪れてみれば、そのイメージは変わってくるのではと思いました。
吉岡建設では、現場見学やインターンシップも歓迎しているそうです。光畑さんがつくっている会社の公式サイトでは、林業や森林土木業のことが分かりやすく説明されているので、「林業ってなんだろう?」と思う人もぜひ読んでみてくださいね。私たちも、吉岡建設のみなさんから「やりがい」というパワーをもらったような、充実した取材でした。
- 株式会社吉岡建設
- 住所
北海道空知郡南富良野町字幾寅市街地
- 電話
0167-39-7788
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