「クラウン」を売るディーラーで採用を担当
車に詳しくなくても、トヨタ自動車の「クラウン」なら知っている、という人は多いのではないでしょうか。「いつかはクラウン」とうたわれ、憧れの対象であり、ステータスの象徴として君臨していました。1955年に登場し、現在発売されているのは16代目。伝統的な乗用車のボディタイプ・セダンの人気が薄れる中、豊田章男社長(当時)は「明治維新」を起こす気概で披露。あまりの変貌ぶりと進化で、大きな話題を呼びました。
のっけから、まるで自動車雑誌のように熱く語ってしまいました。「『くらしごと』なのに、なんで『クラウン推し』なの?」と戸惑った方、すみません。これには深いワケがありますので、しばしお付き合いください。
全国同様、旭川エリアにもトヨタ系ディーラーには複数の販売会社がありますが、その中でも「クラウン」やSUVの「ランドクルーザー」、ミニバンの「アルファード」など、高価格帯の車を扱っているイメージが強いのが「旭川トヨタ自動車株式会社」です。道北や道東に20拠点あり、この地域で唯一、高級車ブランド「レクサス」を販売しています。
旭川トヨタの人事・総務グループで働く伊藤怜央(れお)さんは幼いころからの車好き。新卒で入社して3年目ですが、採用を一手に引き受けています。就職活動では当初、別の業界を検討していましたが、実家の家族を思い、旭川へUターン。入社したことで本人も周りも驚くようなご縁がつながりました。
「こんな仕事なかなかないですよ!」と誇らしそうに笑う伊藤さん。なぜそう胸を張れるのか、今回の記事でひも解いていきます。車に詳しくなくても、車やディーラーを好きになれるかもしれませんよ。
都会に憧れて上京、旭川にUターンするまで
伊藤さんは旭川市内の高校を卒業後、東京都内の大学に進みました。周囲は地元に残ったり、札幌で進学や就職をしたりでしたが、上京した理由は至ってシンプル。「都会への憧れ」でした。池袋駅の近くに住み、家賃はワンルームで7万2,000円。車社会の旭川では考えられないほど、いつも人であふれた電車に乗って移動していました。
志望する会社は、東京のIT系やベンチャーに絞っていました。この理由も分かりやすくて明確でした。「単純に、かっこいいなと思ったんです」と笑う伊藤さん。キラキラした街に憧れ、今を時めく業界に食指が動くというのは、多くの若い人が共感するところでしょう。全国的なネームバリューのある会社に入るべく動き回りましたが、やがて、ある違和感が芽生えます。
こちらが伊藤怜央さんです
就活が進むにつれて、社会人になった時のリアルな暮らしが、より鮮明にイメージできるようになりました。そして「家族に何かあったら、すぐ旭川に戻れないんじゃないか」という不安がムクムクと。実は学生時代にお父さまを亡くしていました。伊藤さんは長男ということもあり、「このまま東京で働くべきなのか」「やっぱり旭川に戻った方がいいんじゃないか」という問いが浮かんできましたが、見ないふりをしていた状態だったのです。
旭川にはお母さまと、まだ成人していない3人のきょうだいがいました。いくら交通の便が良くなったとはいえ、飛行機に乗るしかないという距離感が気になりました。同時に東京での生活を長く続けたくはない、という思いも強くなっていきました。
悩んだ挙句、伊藤さんは旭川に戻ることにしました。もともと幼い頃から、車に乗っていて、対向車の車名をバンバン言い当てるような子どもでした。スポーツカーに憧れ、いろいろな記事や資料を読んだり調べたりしたことも。そしてネームバリュー、つまり信頼と伝統のある、旭川トヨタの1社に絞って就職活動をすることになりました。
新卒1年目で人事。自分らしい武器で楽しむ
晴れて内定が出ました。そのタイミングでは「営業職だから」と言われ、伊藤さんもすっかりその気でいましたが、蓋を開けてみると配属先は人事課(当時)とのこと。「人事は、ある程度経験を積んでからやるものだと思っていたので、もうびっくりでした」と振り返ります。
1年目は前任者の仕事を見て覚えるのに必死だったといいます。3年目の今も「若手」のままですが、本格的に一人で動くようになりました。中途を含めて採用をトータルで任されているということですから、会社の将来を左右する重要なポジションです。
そこで新たなチャレンジとして、職種をまたいだ「採用グループ」を立ち上げました。営業職や本社の事務職の人たちなど幅広い社員に協力を呼びかけ、合同説明会にグループとして出向くなどしています。伊藤さんはまだ経験が少ない上に、自動車ユーザーに日々接しているわけではなく、技術職のように専門の知識や技術があるわけでもありません。それならばと、「現場のよりリアルな声を学生に伝えよう」と、従来なかった仕組みをつくったというわけです。その甲斐あってか、接点を持てた人数は去年より増えたそうです。
お客様と直接関わる社員の声も学生に届けています
大学3年生の夏前ごろからインターンなどを通して学生と接点を持ち、懇親会などを企画してコミュニケーションを重ねていきます。あっという間に年を越して3月。採用活動が解禁され、本番モードに突入。1年のサイクルは早く、濃厚です。
会社からは「学生さんと年齢が近いことを武器にしてほしい」という期待をかけられています。若手だからできること、伝えられることは何か? 伊藤さんは考え続け、自分ならではのスタイルで接することにしました。心掛けているのは「あえての友達感覚」です。「社会人なのにおかしい、と言う人もいるかもしれません。それでも相手が緊張しないように、なるべく敬語は使わないようにしています」とのこと。いきなり仕事内容の話を向けるようなことはせず、部活や普段の生活、好きなアニメを聞くなどしてアイスブレイクしています。
コロナ禍で採用のオンライン化は一般的になりましたが、伊藤さんは必要最低限にとどめています。「あくまで、対面で会って話すのが一番。どんな方なのか、性格まで分かるのは対面ならではです」と言います。
「学生さんと触れ合う時間が楽しく、仕事のやりがいを感じています」とすがすがしく語る伊藤さん。もともと話好きだそうですが、柔和な笑顔や飾らない雰囲気から、心からの「楽しい!」がこちらにも伝わってきました。
車を売るというより、自分を売るという仕事
伊藤さんにはまだ営業の経験がありませんが、車を販売するディーラーですから、学生さんに伝えるべきポイントとして、車を売るという仕事の醍醐味は外せません。車の知識がほとんどなく入社し、活躍する人もいます。だからこそ、車をお客様に届けるとはどういうことなのか、掘り下げて考えをまとめています。
車という商品ならではの特性を踏まえて、伊藤さんはこう言います。
「車は、人生でそう何度も買うものではありませんが、一度きりという人は少ないはずです。シャツなら何度も買いますが、多くは買って終わりでしょう。家だと買うのは1回で、購入後も営業担当と付き合うことは多くないと思います」
つまり車とは、人生の中でも大きな買い物でありながら、そのチャンスが複数あるというものです。だからこそ「お客様からしっかり信頼されて初めて、自分から買っていただけます。車を売るというよりは、自分を売るのが大事」と伝えています。
旭川トヨタ本社ビルの1Fにある広々としたショールーム
まさに、この信頼が生命線です。レクサスも含めて高級車に強い旭川トヨタ。会社としてはもちろん、社員一人ひとりの仕事ぶりが信頼されているからこそ、メーカーやブランドの看板を背負わせてもらえる、とも言えます。
トヨタ系ディーラーには、「トヨタ」「ネッツ」「トヨペット」「カローラ」の4系列があり、かつては販売車種に差をつけていましたが、メーカーのトヨタ自動車としては、全店で全車種を併売する体制にシフトしました。同じトヨタ系でも、生き残りをかけて切磋琢磨しているのです。伊藤さんも「どの店舗に行っても同じ車が買える。その意味で、買うときに選ぶのは営業職という『人』になると思います」と語ります。
そのため、お客様との付き合いも長くなり、うまくいけばどんどん輪が広がっていきます。
「心に残る買い物ができれば、乗り換えの時にもつながります。『車を買うならこの人からがいいよ!』と、周りにも紹介すると思うんです」
ここにやりがいや喜びを感じられれば、自然と仕事の原動力になっていく。伊藤さんはそう確信しています。
トヨタ系ディーラーでトップ級の休日の多さ
旭川トヨタ全体で約360人いる正社員・契約社員のうち、営業職は3分の1にあたる100人ほど。その営業職に2016年、初めて女性社員が就きました。全社的に表彰されるなど目覚ましい活躍ぶりで先陣を切り、今では営業職の女性もだんだんと増えています。
当たり前ではありますが、1人1台が定着している車社会の北海道では、多くの女性が車を所有し、ハンドルを握っています。その女性たちに提案するのに、まだまだ男性の営業職が圧倒的に多いのが現状です。伊藤さんは「女性のお客様との商談をうまく進めていく上で、女性目線の話ができるというのはとても大きいと思います」と言います。ここ数年は毎年女性の採用がかなっていて、今後も増やしていく方針です。
会社としては、福利厚生の手厚さも自慢です。年間の休日は112日あり、トヨタ系ディーラーでは日本トップクラスの多さだそうです。住宅関係では4~5万円を上限に、家賃の8割を会社が補助。営業職が普段の仕事で使う自家用車には「借上車手当」がつきます。
壁や柱がなく、フロア全体が見渡せる風通しの良い事務所
また営業職には転勤がつきものですが、伊藤さんは「赴任先それぞれの地域の良さを知ってほしい」と考えています。
例えば旭川なら、都市機能と自然が調和していて、東京はもちろん札幌に比べてもゆとりがあります。伊藤さんの場合、移動する時にも混雑に見舞われるのがストレスでした。
「そのまま東京で就職していたら、満員電車のせいで会社を辞めたくなるのでは、と思ったほどです」
現在、旭川では一人暮らしをしていますが、家賃は1LDKで5万3,000円。都内とは比べものにならないほど負担が小さいです。
旭川も含めてですが、特に旭川から離れた地方部では、車がないと生活できない場所も多くあります。車の販売のみならず、いざという時のサポートなど、ディーラーが必要とされる度合いは自ずと違ってきます。お客様や地域とのつながりも、より濃くなっていくでしょう。
憧れだった東京生活を経験して旭川に戻った伊藤さん。
「東京は人も魅力的な場所も多いですが、多すぎて暮らすにはかえって不便に感じました。旭川は都会過ぎず田舎すぎず。東京より、ずっと暮らしは充実しています」
やはり旭川が好きだという気持ちは確かなものだと分かりました。休日には友人に会うためなど、月に4~5回は愛車の「カローラツーリング」で北海道中をドライブしています。
地域のカーライフを支える目標は変わらない
トヨタ自動車といえばハイブリッド車で環境対応を進めてきたイメージがありますが、今や世界的に電動化の波が押し寄せています。またインターネットを介して情報をやり取りするIoT化や自動運転、シェアリングも進んでいます。
そして、トヨタ自動車の基幹車種である「クラウン」が、江戸幕府の将軍と同じ15代をもって大変革を遂げたように、ユーザーのニーズが様変わりしています。かつてのセダンが主役の座を奪われ、乗り降りしやすく積載量が大きいミニバンが市民権を得ました。維持や取り回しが容易な小型車や、アウトドアにもってこいのSUVも人気に。ハイブリッド車に限らず、電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車が街を走る光景は、もう珍しくありません。世の中が求める車の「正解」は、1つではありません。
そんな時代に入社した伊藤さんは「最新の技術や知識を身につけ、仕事に落とし込んでいかないといけません。車はどんどん進化していくので、面白い業界です」と言います。
そして、くらしごと取材班は、ディーラーの役割や業界は今後どうなっていくのかを質問してみました。伊藤さんは「今とやることは変わらないんじゃないかな、と思っています。地域のカーライフを支えることが今後も一番の目標です。お客様の生活に密接に、長く関わっていく楽しさは変わりません」と教えてくれました。
伊藤さんは旭川トヨタで「カローラツーリング」を買いました。それを担当してくれた先輩の営業職はなんと、伊藤さんの祖母の購入したクラウンやお母さまのミニバン「ヴォクシー」も担当していたそうです。「おばあちゃんから3世代でお世話になり、40年くらいのお付き合いがある方です。こんな風に、お客様の孫の世代まで関われる仕事って、なかなかないと思いますよ」。このエピソードは時々、学生にも披露するそうです。
旭川トヨタへの就職が決まり、祖母は「そこで働くの? すごいね、トヨタって」と喜んでくれたそうです。車がどれだけ進化しても、地域で根付いた信頼は変わりません。
慣れない取材にも関わらず、疲れも見せずに、ずっと笑顔で対応してくださった伊藤さんでした!
- 旭川トヨタ自動車株式会社
- 住所
北海道旭川市4条通2丁目
- 電話
0166-22-6111
- URL