北海道産にこだわった最高級のブランド牛「知床牛」を生産する唯一の牧場と、その知床牛を直売する専門店が、オホーツクエリアの大空町東藻琴にあります。取材に伺うと、三代目の大橋遼太さんが出迎えてくれました。現在ホルスタイン700頭、黒毛和牛1300頭、合わせて2000頭を飼育する大橋牧場の三代目として活躍しています。
餌や水も...メイドイン北海道の「知床牛」
大橋家の家紋が入ったユニフォーム姿の大橋さんが、さっそく牛舎を案内してくれました。清潔な牛舎の中に音楽が流れています。よく聞くと...これは演歌!?
「牛がリラックスできるように音楽を流しています。初代祖父が、和牛は日本の牛だからと演歌に決めたんです」
続いて、出産間際の母牛が集まった牛舎へ。大橋さんが1頭ずつ様子を見回ると、ある母牛が産気づいています。もうすぐ生まれる...!取材陣は滅多に出会えないシーンにハラハラドキドキですが、大橋さんはスタッフとともに慣れた手つきで子牛を取り上げます。それもそのはず、大橋牧場では子牛を仕入れるのではなく、牧場内で受精・出産を行っているのです。自分の牧場で生まれた牛を出荷まで丹精込めて育てることに力を入れているのですね。
生まれた牛は出産後3日間は母牛と一緒に過ごします。寒い時はヒーターを入れて暖め、ミルクも牛それぞれに合わせて独自に配合して与えるといいます。
「知床牛の元は味の定評がある但馬血統がメイン。北海道産の素材を使った独自開発の飼料を与え、牛が飲む水も地元の湧き水を浄化して使っています。私たちが育てる知床牛は自信を持ってメイドイン北海道だと言えますね」と大橋さんは胸を張ります。
こうして安心・安全はもちろん「おいしさ」を追求するため飼料の内容や配合を調整、データを取りながら日々研究を続けています。 肥育もスタッフの目で個々の牛ごとに変化をみながら行い、出荷時期を判断しているといいます。牧場の中でもひときな大きな大きな牛を優しく撫でながら「この子は月齢現在51カ月です」と大橋さん。通常は30カ月前後で出荷されるそうですから、かなり長く育てているのですね。大橋さんの接し方からも愛情を込めて育てているのが伝わります。
「肉牛を長年かけて肥育すると大きくなりますが、自分で起き上がれなくなり死ぬなど事故のリスクも高まります。うちではこまめに見回るなど安全に気を付けながら丹精込めて長く育て、出荷のタイミングを見極めているんです」
祖父・父の思いを受け継ぐ、三代目の決意
大橋牧場の歴史は、大橋さんの祖父・勝美さんが国や北海道の政策である乳牛導入の推進に携わったことから始まります。北海道内をあちこちまわって乳牛を買い付けた勝美さんは後に1963年に大橋牧場をオープン。1978年には肉牛の肥育事業も行う「株式会社 カネダイ大橋牧場」を設立。息子である博美さんとともに上質な和牛を育て、日本全国に通じるブランド牛になるようにと「知床牛」と名付けました。以降、親子で旨い肉牛生産のため研究を重ね「知床牛」のブランドを確立していきました。
続く三代目となるのが博美さんの息子である、大橋 遼太さん。酪農学園大学に進学しましたが、家業を継ぐという意識はあまり持たずに学生生活を謳歌していたといいます。 そんな大橋さんに転機が訪れたのは大学3年生の時。食肉のイベント「ミートジャッジング」の全国大会で知り合った京都の有名精肉店・中勢以(現・京中)さんから「うちに来ないか。視野の広がる経営ができるよ」と誘われたのです。
「実は...中勢以さんからのお誘いを頂く数分前に、尊敬する祖父が亡くなったんです」と大橋さん。 そのタイミングに縁を感じ、覚悟を決めた大橋さんは大学卒業後に茨城の食肉専門学校へ進学。半年で基礎を身につけ、京都中勢以へ入りました。
「中勢以は、予算と用途に応じてお客様に肉をお勧めするスタイルのお肉屋さんなんです。そのために自分で肉を骨から外して解体し、すべての部位を理解しなくてはいけません。肉のかけらひとつまでお客様へ大切に伝える姿勢を学びました。また中勢以では毎日、日本トップレベルの神戸牛の生産者のお肉の食べ比べをするのですが、生産者さんによって同じ純血種の牛であっても肉や脂の味がまったく違うということに驚きました」
そこで学んだことは、他にもあります。
「同じ純血但馬牛であっても、農家さんの育成の仕方によって肉質や脂が全然違うんですよ。毎日、日本トップレベルの神戸牛の生産者のお肉の食べ比べをして研究しました」
肉について徹底的に学んだ大橋さんは、満を持して地元・大空町に戻り、父とともに大橋牧場で知床牛の飼育に携わります。 牛に与える飼料の配合を日々研究し、牛舎を常に清潔に保ちます。安全な出産や肥育のため、こまめな見回りも欠かせません。 そうして日々アップデートする自慢の「知床牛」は名実共に日本トップクラスの上質なブランド牛へ育っていきます。そして、大橋さんは牛の肥育だけでなく、知床牛の販売についても大きな挑戦をします。
オーダーメイドで知床牛を買う楽しみ
「通常は肥育した牛を市場へ持って行き、競りに掛けます。そうすると卸業者さんの都合でパック詰めされ、販売されることになるんですね。でも、僕が考えるブランド牛はそうではない。しっかりと自分達が想いを込めて育てた牛さんのストーリーをお客様にお肉になった状態でお伝えし、買う楽しみ、知る楽しみ、食べる楽しみを感じて頂きたいんです」
その思いを叶えるべく、2022年、大空町内に知床牛の販売店「肉将(にくしょう)」をオープン。牧場からもほど近い距離の店舗は、黒を基調としたスタイリッシュなデザインのお店です。ワクワクした気持ちで店内に入りますが、肉を並べたショーケースが見当たりません...さて「知床牛」はどのように買えばよいのでしょう?スタッフの森本 武さんに訊ねると
「お客様とお話しして、召し上がるのは年齢いくつくらいの方か、お好みは、どのように料理されるかなどをお聞きし、それに合ったお肉をご提供します」
とのこと。まさに肉のオーダーメイドですね!初めての体験にドキドキしながら、希望を伝えて相談してみることにしました。
牛肉が大好きな80代の伯父夫婦へ贈りたい。用途はすき焼き、青梗菜と牛肉のあんかけの炒め物。やわらかく、ほどよく脂が乗ったものが嬉しい...そう話しつつ、これは結構難しいお願いなのでは...と心配しましたが、森本さんはすらすらと
「そうですね、すき焼きならこれとこれがオススメです。肉の味が深いのはこちらですね。炒め物にするのであれば適度に脂の乗ったこれを...」
と提案してくれます。そうしてオススメの部位の中から、「ミスジ」「クリ」などをセレクト。それぞれすき焼きや炒め物に適した形・サイズにカットし、贈り先へ郵送してもらうことにしました。
贈り先のに届いた荷物の中には、知床牛の肉とともに説明のカードが入っており、その肉が牛のどこの部位なのか、肉の特長、どういう料理に向いているのかなどが書かれています。 肉将の店舗に行ったことがない人も、このカードでお肉を知る楽しみが味わうことができるのですね。
実際に知床牛を食べて見ると、部位やカットによって味の風味や濃厚さ、食感が驚くほど違います。次はこれを試してみよう、とカードを見ながらあれこれと部位を楽しみました。特に気に入ったお肉のカードはキープして、次はこれをまた頼もうと考えるだけでワクワクします。
「俺、北海道に行くから」と押しかけスタッフに
こうした「肉の楽しみ方」を教えてくれる肉将。森本さんの知識とオススメのノウハウはどこで身につけたのですか?そう訊ねると実は大橋さんとともに京都の中勢以で働いていた先輩なのだと教えてくれました。
中勢以を出た後、京都のスーパーで働いていた森本さんは、お客様にお肉のことを伝えられないもどかしさを感じていたといいます。そんな折ずっと相談に乗っていた後輩の大橋さんが、地元の北海道でお店を始めると聞き、
「自分達じゃないとできない新しいやり方でお客様にお肉の楽しみを伝えられる!」
と、大橋さんに相談する前に肉将へ行くことを決意してしまいます。移住をともなう大きな決断ですが、当時結婚予定だった奥様も二つ返事でOKしてくれたそう。
さて、驚いたのは大橋さんです。森本さんから突然「俺、北海道に行くから」と言われ、慌てて受け入れ体制を整えたと笑います。 家族とともに北海道へやってきた森本さんは大空町に居を構え、大橋さんとともに肉将のオープンに尽力。SNSでは更地の状態からお店ができていく様子をUPしていきました。いま森本さんは肉将の店頭に立ち、知床牛の魅力、楽しみ方をお客様に伝えています。
知床牛を全国へ!肉の楽しみ方を伝えたい
森本さんは家族とともに大空町に移住をしましたが、実際に大空町でくらしてみてどのように感じているでしょうか?
「初めて北海道へ来た子ども達も、本当の自然をのびのびと楽しんでいます。開放的になって、こうしたいという自分の気持ちを口に出すようになりましたね」と、森本さんは目を細めます。
大橋さんも中勢以修業時代の一番辛い時期を支えてくれた奥様と家庭を築き、子育て中です。知床牛、肉将の今後の展望を伺うと、
「決して安くはない牛肉を、この田舎町で買ってもらえるだろうか。肉将をオープンするまではわかりませんでした。広告は一切やっていないのですが、地元、近隣の方に来てもらえるようになり、そして贈答品でもらった方が注文してくれたり...と広まっていき、日本全国の方が来てくれるようになりました。 これからも、いまやっていることをしっかりと継続していき、牧場スタッフが誇りを持って育てた知床牛を、多くの方に美味しいと言っていただけるように頑張って行きたいと思います」
と力強く語ってくれました。 祖父、父、息子と三代で築いてきた知床牛のブランド。三代目の大橋さんが「肉将」で提供する「肉の新しい楽しみ方」が、知床牛の魅力をさらに広く深く、多くの人に伝えてくれることでしょう。
- 株式会社 カネダイ大橋牧場/精肉店 肉将
- 住所
北海道網走郡大空町東藻琴344-16(牧場)/北海道網走郡大空町東藻琴84-1(肉将)
- 電話
0152-66-2661(牧場)/0152-63-5529(肉将)
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