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このまちのあの企業、あの製品
美瑛町

地元の農家に寄り添い、「この世にないもの」を造る。アトム農機20220929

地元の農家に寄り添い、「この世にないもの」を造る。アトム農機

力強いシリンダーが目印。社名の由来は?

道内外の多くの人が憧れ、心を奪われる絶景が広がる美瑛町。そんな「丘のまち」をつくるのは農家の皆さんであり、斜面を縫うように進む農業機械です。

その美瑛に、地元の農家からの「こんなことできない?」「これ使えると助かるんだけど...」という声をすくい、農業機器をオーダーメイドで開発したり、大手メーカーを通じて全国の農家に卸したりする「アトム農機」があります。

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町中心部にある本社には、大人の背丈を超す巨大なタイヤを履いたオレンジ色の農機が鎮座しています。機械にあしらわれた会社のロゴマークは、「鉄腕アトム」の腕を思わせますが、油圧シリンダーがモチーフだとか。黄色と緑が目を引き、力強さがあふれています。

町内の近くにある工場では取材時、農地のデコボコをならすローラーの整備が進められていました。ラインがあって流れ作業をするわけではなく、1人ではとても抱えられない迫力ある部品を前に、何人もの職人が黙々と向き合っていました。農機メーカーの特注という大型機器は、メーカーのブランドカラーの緑色に塗装されたばかり。溶接の音が響く、暗めの場内。塗装の艶が光るように主張していました。

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アトム農機は、かつて農協職員だった現会長の寺崎康治さんが1980年に創業しました。社長を引き継いだ息子の雅史さんが聞くところによると、農協勤めで農家さんを回る中で困り事を聞き、それを解決する機械をゼロから生み出すために一念発起したといいます。

社名はてっきり「鉄腕アトム」と関係があるかと思いきや...。康治会長が独立する前は、農協時代から付き合いのあった旭川の工場の一角を間借りしていて、そこの社名から「アトム」を引き継いだようです。

主力のバケットは、アイデアと技術の賜物

主力は、全国から引き合いがある油圧式の「バケット」。農業関係者の間では「油圧バケットならアトム」と言われるほどの存在です。


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バケットとは、トラクターなどの農機に装着し、重量物をすくい、運搬するための大型バケツのような機器。固定式のものは製作がしやすく昔からよくあるといいますが、油圧の力でダンプさせたり持ち上げたりと可動式のタイプは、アトム農機の専売特許です。農家の声を受け、康治会長の代で一から開発しました。農作物の収穫はもちろん、資材の運搬や除雪にも使える万能選手。複雑な機構のアイデアとそれを形にする技術の結晶です。

「すごく高く上がるんですよ」と、社長の雅史さんが胸を張るバケットだと、優に3メートルまで持ち上げることができます。電車のパンタグラフのような、伸び縮みするおもちゃ「マジックハンド」のような仕組みで動き、なんと1.5トンまで耐えられるそうです。

リア側に取り付けるタイプのバケット製品は、経済産業省の「第5回ものづくり日本大賞」(2013年)で優秀賞に輝きました。重量物を運搬する時のハンドリングの負担軽減を目指し、フォークリフトなど複数の機能を集約。独自のフレーム構造で、トラックの荷台まで安定した状態で持ち上げられる点が評価されました。

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バケットのほかにも、トラクターにセットして土を起こす「プラウ」や、除雪などで使う「グレーダー」など、幅広い機器の開発や製造、修理を手がけています。バケットと同じように、農家の声に寄り添い、他にはないものを生み出しています。

例えばプラウは、一般的なものだと工具を使って手動でネジを回し、作業する間隔を調整しますが、油圧式が得意なアトム農機の手にかかれば、レバー1本で事足ります。ちょっとしたことに見えますが、農家さんにとってのインパクトは大きいもの。

「広い圃場で多くの作業が求められる農家にとって、スムーズにこなそうと思えば時間短縮による効果は大きいものです。ものを造る時って、使う人の話をきかないと造れないと思うんです。いろんな使い方ややり方があるお客さんの話を聞いて開発します」。雅史社長はそう教えてくれました。

地元密着。農家の声がベースの「隙間産業」

雅史社長は、自社のやり方を「隙間産業」と言い表します。「他にやっている会社がなくて、お客さんからの要望があれば、やる。それが手っ取り早いし、お客さんにも喜んでもらえます。小回りを利かせて、地元密着でやっています」と気負わずに語ります。


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農家さんの困りごとを解決するうちに、「アトム農機に持っていけばやってくれる」と口コミで広がるようになりました。今はSNSで発信する生産者も多く、満足度が高い機器の情報は一気に知れ渡るとか。所有している市販の農機だけでは満足できない部分があり、機器を外付けして機能性を高めたい―。そういった需要は根強いようです。

アトム農機のFacebookを覗くと、多くの自社製品が紹介されていました。

「高速かつ正確な田植え作業が可能」という「水田用溝埋め機」の写真がアップされていました。「これも、アイディア商品ですね」とコメントが入り、「こちらはユーザーさんの要望から作られた製品です!」と返信しています。

トラクターの前側に作業機を取り付ける装置(リンク)の投稿では、持ち上げる力が約2トンとアピール。「メーカーはどのトラクターでも大丈夫なのでしょうか?」という質問に対して「トラクターを弊社工場に持込頂ければ他メーカーのトラクターにも取付可能です」などと、きめ細やかに応じています。

アトム農機に相談を持ちかける農家さんは「自分の世界を持っていてこだわりが強く、投資を惜しまない人」(雅史社長)が多く、求めるレベルも高くなります。「規模がとても大きく、一般の農機では容量が足りない。そんな時に、収量を増やせるような『この世にないもの』を頼まれます」と、どこか誇らしげに笑います。

働く仲間の共通項は「ものづくりが好き」

「この世にないもの」を形にする現場を切り盛りする工場長は、サッシ業界から転身した20年選手。農家の要望を受けて自ら設計します。雅史社長は仕事ぶりについて、「口でお願いしたことをすぐに形にしてくれ、希望以上のことをやってくれて、アイデアが豊かで作業のスピードが速い」と太鼓判を押します。

社員は旭川から通勤している人が多く、前職は板金や鉄工の職人、トラック運転手や自衛隊員など多彩な面々です。営業は雅史社長が自ら外回りをしますが、オホーツク方面は北見出張所の社員がカバー。皆さんに共通しているのは「ものづくりが好き」という点です。

もちろん雅史社長も例外ではありません。父親が起こしたアトム農機に入る前は茨城県や札幌で、建設機械の加工などの仕事をしていました。エンジンのついた乗り物に目がなく、スノーモービルではレースに出るほどの熱の入れようです。

2022年の春に仲間入りしたばかりの和田侑大さんも、ものづくりに魅せられた1人。実家は、麦と馬鈴薯、甜菜を作る斜里町の農家です。深川市にある拓殖大学北海道短大に進み、トータルで農業を学びました。もともと重機は好きでしたが授業で触れたことで「自分でも造ってみたい」と思うようになりました。

atom_nakayoshi_094.pngやる気があれば未経験でも大丈夫、と雅史社長。和田さんもどんどん技術を吸収し成長しています
実家に帰省して作業を手伝った時も、農業機械をそれまでと違った目で見られるように。嬉しかったのは、ふるさとの斜里町や周辺に、アトム農機の製品を愛用している知人がいたことでした。「あー、あそこね」としっかり認知され、農家の仕事に欠かせない存在なんだと分かりました。今では、ものづくりの過程を知ったことで、農業への興味ややりがいをいっそう鮮明になったといいます。

「自分で調べながら作業するので、造るのが好きじゃないと続きません。職場の皆さんとは密に関われるので、たくさん吸収できます。新しいものにチャレンジできている実感がありますね」と言います。今は組み立てがメーンの担当ですが、「溶接をはじめ、何でもやってみたいです!」と意欲的です。

「何でもやりたい」人が、未経験でも伸びる

どれだけお客の声を拾っても、形にできるかは工場の現場次第。雅史社長は「頑張ってくれる人には成果報酬を出します。僕も現場に出て近い距離にいるので、どれだけやってくれているかはよく分かります」と言います。時には大手メーカーの営業担当を交え、雅史社長は地元の農家を忙しく回る日々を過ごしていますが、工場に入って社員と一緒に汗をかくことも珍しくありません。

ベテラン層が多い職場ではありますが、雅史社長は「未経験でもやる気さえあれば!」と歓迎します。入社してから伸びる人の特徴には、「何でもやりたい!」という積極性があるようです。「組み立てや溶接をやってみたい、ドリルを使ってみたい...。できる人は仕事を選びません」という言葉には、説得力がありました。

ものづくりや機械が好きで、いろいろなことにチャレンジする気概がある人は、アトム農機は絶好の成長の舞台でしょう。しかも「美瑛で働いています」と言えちゃいます。なんとなく、素敵な響きではないでしょうか?

雅史社長としても、これまでと同じ仕事だけをするつもりはありません。会社の未来を見据えて、いま向き合っているのは「AI」や「スマート農業」への挑戦です。

畑の草取りはどの農家にとっても必要な作業ですが、ここは丘の多い美瑛。傾斜地ではただ単に真っすぐ走れればいいというものではありません。一般的な農機なら手動でずれを調整する必要があり、大きな負担になっています。そこで機器にセンサーカメラを装着し、AIで学習させれば、調整を自動化できます。人手不足に悩む農家にとって、大きな支えになりそうです。

「GPSが発達してトラクターの自動運転も普及してきました。これからは自動化の時代になります。うちの機器も時代に対応できるように、進化させていきたいです」と展望を語ります。ただ制御系は専門外のため、2022年春から旭川高専と共同開発しています。

美瑛の名所も工場も。必要とされるからこそ

アトム農機には、知られざる顔もあります。

旭川方面から美瑛・富良野に抜ける国道237号線を走っていると、美瑛市街地の手前で、右側に「ぜるぶの丘」の看板が見えてきます。丘にラベンダーやヒマワリなど3000本が植えられたパッチワークを、四輪バギーやカートで楽しめる名所です。有名な「ケンとメリーの木」を望める展望台の周辺は「亜斗夢の丘」と呼ばれていることからも分かるように、実はここ、アトム農機が運営しているのです。

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雅史社長によると、「ぜるぶの丘」はもともと美瑛町の商工会青年部で手がけていましたが継続できなくなり、しばらく手つかずのままでした。ただ、一帯の土地が母親の所有だったこともあり、そのご主人の康治会長が復活させたのです。「美瑛の入り口なのに、花畑が放置されて見栄えが悪いのはよくない」という、地元民としての使命感を帯びたような思いから、運営を引き受けたといいます。今もスタッフ集めに苦心しながら維持し、現在は雅史社長の奥様が中心となって管理。康治会長も花畑に目をかけています。

雅史社長は「やっているだけで精いっぱいで、本業がなければできていません」と笑いますが、農業と観光が両輪をなす美瑛にとって、なくてはならない場を維持しています。

地元の美瑛のほかでは富良野に工場を構え、先ほどの和田さんも普段はそちらに所属しています。2010年から新たな拠点となった富良野工場は、閉鎖された別会社の工場を引き継ぎました。大型で部品の多い農機はアフターメンテナンスが欠かせず、この工場がなくなれば農家が困るということで、請われて2つ目のの工場として迎えることになりました。

ぜるぶの丘ではコロナ前は飲食、今では物販などを手がけるほか、別事業ではレンタカーも展開しています。ただ、雅史社長は多角化を意識しているわけではなく、本業をしっかり成長させていくことに重きを置いています。

「人が生きていくために農業って大事ですよね。それに関わっていければ、仕事は絶えることはありません。その意味で、必要とされるというのは強みだと思います」

農家のために、地元のために。雅史社長は今日も丘を走り回って耳を傾け、心強い工場の職人たちに託します。人の「困った」を技術で救う―。「丘のまち」の風景と暮らしを支える力強いアトム農機のロゴが、ますます鉄腕アトムに見えてきました。

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株式会社 アトム農機
株式会社 アトム農機
住所

北海道上川郡美瑛町北町2丁目

電話

0166-92-3315

URL

http://atomnoki.com/


地元の農家に寄り添い、「この世にないもの」を造る。アトム農機

この記事は2022年7月20日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。