「空き家問題」。この言葉を耳にしたことがある方は多いと思います。私たちも取材で北海道内を巡っていると、各地でたくさんの空き家が放置されていることが気にかかります。そして、たくさんの空き家があることだけではなく、空き家の周囲が荒れて景観が悪くなっていたり、時には倒壊の危険が感じられる空き家もあったりして、その土地の魅力を損なっているような場合も見受けられます。
今回そんな社会的課題に立ち向かう、画期的な「空き家ビジネス」を行っている会社の噂を聞きつけ、道東の中標津町に向かいました。その会社の名は「再彩家(リサイエ)」。"「住まなくなった家」の悩みを解決する"というコンセプトで起業されたとのこと。そのオフィス自体も空き家物件を活用した建物の一角にありました。出迎えてくれたのは、株式会社リサイエ代表取締役社長の山川優貴さん。株式会社山川という解体業の会社も経営されています。
山川さんは中標津町出身の38歳。
「大学は北海道から岐阜へ出ましたが、卒業後釧路まで戻って自動車ディーラーで働きました。メカニックと営業で4年ほど務めた後、父が体を壊して、中標津に戻ってきました。当時有限会社山川砂利という会社を経営していたのですが、もう砂利はやっていなくて、持っていた重機で解体をやっていたので、解体業の株式会社山川としました。それから資源リサイクルの会社を作ったり、株式会社リサイエを設立して、今に至ります」
「空き家問題」の厳しい現状
最初に「空き家問題」に関して、情報を整理しておきたいと思います。空き家が増えているのは全国共通の傾向です。最新データでは空き家数は848万9千戸と過去最多となっていて、住宅の13.6%を占め、さらに増え続けているそうです。
空き家にもいろいろなタイプがあります。特に問題とされているのは、売却しようとしていたり、借り手を探しているわけでもなく、別荘として使われているものでもない、つまり放置されたままの状態が続いている空き家です。その数は348万7千戸で、住宅の5.6%ということになっています。
(データは平成30年住宅・土地統計調査結果:総務省統計局より)
そうなってしまうケースは、主にふたつあると言われています。ひとつは高齢化により、そこに住めなくなっている場合。もうひとつは相続した家をそのまま放置してしまっている場合です。
こういった状況に対応するため、国は2015年に「空家等対策の推進に関する特別措置法」(以下、「空家法」)を制定、空き家状態になっている持ち主には適正管理するように促して、特に危険な状態になっている空き家を減らしていこうとしています。
空き家を放置するといいことは何もありません。
この「空家法」では、行政による空き家の調査が可能となりました。そしてその調査の結果、適切に管理されていないと判断した空き家を「特定空家」として指定し、助言・指導・勧告・命令ができることになっています。また「特定空家」に指定されてしまうと、その敷地は固定資産税の軽減措置対象から外されてしまい、固定資産税は6倍になってしまいます。(建物を解体した場合も、軽減措置から外れます)
「空き家」状態にしておくことは、家の価値をどんどん下げていき、周囲に迷惑をかけるだけではなく、税金面での負担も重くのしかかってくることになっているのです。
それでもこの法律の効果はまだまだといったところのようで、増加傾向は続くとも言われています。シンクタンクの発表によれば、悪いシナリオでは2038年の空き家率は30.5%(2,200万戸)まで上昇、最低でも20.8%(1,343万戸)と予測されています。(野村総合研究所:2040年の住宅市場と課題より)
「空き家」を買い取って賃貸物件に
そんな「空き家問題」に対して、山川さんが展開するビジネスは、放置された空き家を買い取って、賃貸物件として運用するというものです。土地の持ち主でもある場合、希望されれば土地ごと買い取り、借地であれば建物だけを買い取り、賃貸物件として貸し出します。
先に書いたように、空き家を放置していていいことはないのです。ただ、持ち主はその状態が良くないことがわかっていても、どうしたらいいのかわからないのです。そして、誰に相談していいのかもわからない。
これまで空き家で困っている人には、相談する人がいなかったのです。
そこに山川さんの出番があります。
「まず土地の持ち主じゃない人の場合、絶対得することしかないです。自分でなんとかしようとしたら、多額の解体費用をかけて更地にして地主に返さないといけません。そして地主さんの方も壊すと土地の固定資産税が高い人で約6倍になるし、僕に貸せば地代金収入があるわけで、ダメなわけがないのです」
なるほど。これは説明受けたら絶対に納得しますね。
「土地の所有者だった場合、仮に空き家を解体して更地で売りたい値段が150万だったとします。解体費用にも一軒家で大体150万ぐらいはかかります。解体した後に、土地が満額で売れたとしてようやくプラスマイナスゼロです。ただ解体して更地にしたからと言って売れる保証はありません。しかも解体すると土地の固定資産税が高い人で約6倍になります。つまり、解体するのはリスクでしかない。土地を持ってる人にとってもそのまま買い取ってもらった方がいいということになるのです」
このように、空き家を抱えてどうしようもなくなっていた人にとって、山川さんは救いの神のよう存在なのです。
問い合わせがあった物件を査定する場合、建物自体は0円ということがほとんどだそうです。しかし、放置されたままだった空き家ですから、解体費用が掛からなかっただけでも、プラスということになりますね。中標津界隈のエリアだと、「土地がついて300万円とか、過疎地だったら100万円台ということもあります」
そうやって買い取られた物件が、賃貸物件となるわけです。
「平均賃料は40,000円前後です。一番安いので20,000円、高いところで100,000円程度ですね。敷金などはいただいておりません」
解体業だからできた「空き家ビジネス」
なかなか鋭い視点のこのビジネスを、「空き家問題」という社会的課題に目をつけて起業したのかと思いきや、そうではなかったとのこと。
「解体業は仕事の量に波があるので、別の安定収入が欲しかったんです。それで賃貸業をやってみようと思いついきました」
それにしても賃貸業に興味を持つとはどういったきっかけなのでしょう?
「元々解体している時に賃貸に使えそうな物件があることはわかっていました。ただ解体業として一軒壊せば100万〜200万という売上になるわけですから、自分で目先の仕事をなくすようなことをしてはならないと思ってたんです。でも、解体業は不動産屋より先に物件情報を持っているという恵まれた環境にいることに気がついたんです。それで7年ぐらい前に始めようと思いました」
解体すると目先の売上になるのですが、そこを我慢して別の安定収入にしようと考えたのです。
最初の物件は山川さん自身が、使っていない古い家を見つけ出して、お願いしに行ったそうです。
「平家の20坪ぐらいの小さい家でした。大家さんのお宅が横にあって、対象物件は空き家のままずっとありました。『いつかは解体しないといけないでしょうけど、解体するにはお金がかかるし、土地の固定資産税も6倍になります。譲ってもらえませんか? 土地は大家さんのもののままなので、僕に貸すことで地代金収入が入ります。そして入居者が決まれば周辺環境も良くなります』ってお願いして買い取りました」
物件を入手した後は、貸し出すための手入れです。
「ひと通り自分でやりました。清掃と最低限の修繕でいこうと思って、床と壁の張り替えだけというレベルです。クロスの張り替えの知識もなくて、壁はお掃除して、床はホーマックでクッションフロア買ってきて(笑)」
そして、とりあえず一棟準備が完了。借り手はすぐについたのだそうです。ここから山川さんの「空き家ビジネス」は始まりました。
手探りで賃貸ニーズを探り、70棟の賃貸物件を生み出す
解体の依頼があった物件や自分で見つけた物件から、中標津で次々と賃貸物件を作り出し、経験を積んでいきます。
「最初はとにかく家賃収入を作ろうということしか頭になくて、中標津の賃貸ニーズは把握してませんでした。でも始めてみたら、問い合わせが多くてびっくりしました。アパートや公営住宅に住んでいる人の、一軒家に住みたいというニーズが凄いんです。だから需要があるエリアだと、汲み取りでもユニットバスじゃなくても埋まります」
物件の手入れも、最低限の直しだけでいいといいます。物件事例(外観)
物件事例(内観)このような状態で賃貸物件となります
「雨漏りとか、水回りとか、生活する上で最低限の直しだけ大工さんや設備屋さんに直してもらいます。後は床と壁の張り替えぐらいを自分でやるんですが、時間かかり過ぎるなというところだけはクロス屋さんとか内装屋さんに外注しています。リノベーションレベルのことはやらない方がいいと思ってます。リノベしたからといって、入る人がそのデザインが好きじゃない場合が多いし、何よりそういうコストかけちゃうと賃料に影響しちゃうので、安い賃料にしておいて自分の好みに直してくれたらいいなと思ってます。それで物件を出していって、これぐらい手を入れて賃貸を稼働させればいいんだというラインが見えてきました」
どんどん物件を入手して賃貸に出し、2018年には解体業の株式会社山川としてやっていたこの事業を、株式会社リサイエとして独立させました。
「再び彩りのある家」という意味の再彩家=リサイエ。事務所も空き家建物を活用した自社物件の一室にあります。
「ひとつの会社でやっていると、家賃収入とか修繕経費とかが混ざってきて、解体自体が儲かってるのかどうなのか分からなくなります。解体業のスタッフのモチベーションも大切なんです。社長が賃貸とかよくわからないこと始めて、解体の利益をそっちに使われてるんじゃないかって思われるのも良くないし(笑)」
今は、引き取って欲しいという問い合わせに応じて、物件を見にいくだけでも精一杯だとのこと。それだけ空き家をなんとかしたいという潜在ニーズがあったということなのですね。でも、どうやって山川さんの『リサイエ』のサービスは広まっていったのでしょうか?
「SNSと口コミだけですね。チラシとかは出したことはないです」
解体業というポジションならではの発想で、「空き家」をなんとかしたいというニーズと、賃貸物件ニーズの両方をマッチングさせるという、画期的な「空き家ビジネス」。現在は中標津を中心に約70棟の物件が稼働するまでになっています。
「賃貸」は地方部不動産のキーワード
リサイエの「空き家ビジネス」の大きなポイントは、「賃貸」というところにあるようです。「空き家問題」に対応する行政の施策として「空き家バンク」という仕組みがありますが、ニーズとのズレを山川さんは指摘します。
「空き家バンクに登録しよとうするおじいちゃんおばあちゃんたちは、家を処分したいんです。だから売る登録はたくさんある。でも、あれを見に行っている人は借りたい人の方が多いんですよ。そこがミスマッチだと思います」
なるほど、このミスマッチのポイントをリサイエはきちんとクリアしているのですね。
さらに「賃貸」には重要なニーズが入ってきます。
「移住希望者からの問い合わせも3割ぐらいあります」
移住希望者の大きなハードルのひとつが住まいの問題。特に北海道の地方部では不動産物件が少なく、その中でも賃貸となるとさらに限られてきます。不動産を仲介する会社自体がほとんどないエリアもあります。移住希望者の方にとって、賃貸物件は移住実現への近道でもあります。そんなところにリサイエの賃貸物件がはまるのでしょう。
リサイエのビジネスは、「空き家問題」を解決するだけではなく、そのエリアに移住者を呼び込むことにもつながっているのです。まさにSDGsの目標11の「住み続けられるまちづくりを」にぴったり合致するようなビジネスです。
「確かに契約で関わる司法書士さんに、すごい社会的意義のあることをやってるねと言われたりしますね。でもたまたまやっていたことがSDGs的だったということでなんですよ」
物件の拡がりは、道内各地から全国へ
山川さんの凄いところはフットワークの軽さとスピード感。とにかく物件情報があれば素早くそこへ見にいって、即決します。
「今、津別町には5棟の物件を持っていますが、元々津別町は近いのですが行ったことがなくて土地勘のない場所だったのです。たまたまイベントでご一緒した津別町の方が、空き家バンクの仕事をされているとのことで、興味が湧いてウエブサイトの情報をみたら、一棟10万円の物件とか売られてたんですよ。それですぐに見に行って買いましょうってことになりました。そこから津別町での買い取りが始まったのです」
抜群のフットワークで揃えられた賃貸物件が並びます。
そんな山川さんが各所で話題にならないわけがなく、空き家を引き取って欲しいという問い合わせには、地域的な拡がりも出てきています。現在は道東だけではなく道央の石狩市にも物件があり、さらには北海道を飛び出して、大阪や和歌山などからも問い合わせが来ているとのこと。
YouTubeには『北海道の空き家買い取りチャンネル』を開設して、リアルなリサイエのビジネスが伝えられるようになっていて、さらに様々な問い合わせが殺到するであろうことが予測されます。
そしてリサイエの「空き家ビジネス」は、次のステップにも入っているようです。
「住んでいる人で、賃料払っていくのがもったいないから売ってくれませんか、という人がいらっしゃるんですよ。大家さんはその家を売ると、宅建業法違反になります。だからそのニーズに応えるために去年不動産業の許可を取りました。70棟も物件を持っていると、いずれそういうニーズは出てくるだろうなと思ってました」
賃貸業だけではない拡がりも
山川さんには、「空き家」をキーに様々な人や情報が集まってくるようになりました。そして面白い企画がスタートすることもあります。
中標津に『ushiyado』という素敵なゲストハウスがあります。牛に関するアクティビティ体験ができたり、町の情報が行き交う場になっていたり、話題のゲストハウスです。
その『ushiyado』の立ち上げには山川さんが関わっていました。
『ushiyado』は、雄大な牧場がたくさんある中標津に、「牛」をテーマとしたゲストハウスを作りたいと、「牛」のプロである竹下牧場の竹下耕介さんが構想。竹下さんはゲストハウスの物件に関して「空き家」のプロ山川さんに相談を持ちかけます。
「ゲストハウスやりたいから空き物件ないかと聞かれて、当時ちょうどいい物件を持っていなくて、町できれいなところを探して紹介したんです。簡易宿泊の許可を取るのに構造がしっかりした物件が必要でした」
まさに地元で数々の空き家物件を見ている山川さん向けの相談。そして実際に『ushiyado』がスタートする時には、「一緒にやらない?」と声がかかったそうです。そういった経緯で『ushiyado』経営における竹下さんの相棒になったのでした。
ゲストハウス『ushiyado』で、パートナーの竹下耕介さんと。
「牛」のプロと、「空き家」のプロが作ったゲストハウスが『ushiyado』。コロナ禍で思いっきり様々な試みはできなくなったりもしていますが、多様な面白い人たちが集う中標津の拠点となっています。
まさに時代の申し子のような存在の山川さん。その「空き家ビジネス」は、『ushiyado』のような展開も巻き込みつつ、縦横無尽に広がっていくのでしょう。
中標津の山川優貴さん、目が離せない存在です。
- 株式会社 再彩家(リサイエ)
- 住所
北海道標津郡中標津町大通南2丁目1番地1
- 電話
070-4335-8990
- URL