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仁木町

日本初のオーガニックワインをつくったのは、もとITエンジニア20210617

この記事は2021年6月17日に公開した情報です。

日本初のオーガニックワインをつくったのは、もとITエンジニア

高速道路の延長により、札幌からさらに近くなった仁木町は、さくらんぼに代表されるフルーツの産地として名高い町です。しかし近年では、隣接する余市町とともに「ワインの町」としてのほうが、有名になりつつあります。
2011年に余市町が、2017年に仁木町が、それぞれワイン特区に認定されたこともあり、なんと今では両町あわせて約20ものワイナリーがあるのだとか。

そんな仁木町で、99年の新規就農以来、一貫して果実の有機栽培にこだわりつづける方がいます。
6月の晴天という最高の天気に恵まれた日、その人、ベリーベリーファーム(自然農園グループ)代表の上田一郎さんに、会いに行きました。
まず最初に取材陣が驚いたのは、どこから見てもつなぎの似合うベテランファーマーといった感じの上田さんが、実はほんの20年前迄は、東京のサラリーマンだったということでした。
ITエンジニアとして、多忙を極めていたという上田さんが、いったいどんな経緯で仁木町で農業を始めることになったのでしょうか、まずはそのあたりからお聞きしていこうと思います。

beri-beri-fa-mu12.JPGこちらが自然農園グループ代表の上田一郎さん

最初に目指したのは、カリフォルニアの漁師!?

「もともとは札幌の出身なんですが、小学校6年生までを過ごした後は、転勤族だった親に連れられてアメリカに渡り、高校3年生までカリフォルニアで暮らしました。海まで3分みたいなところに住んでいたこともあり、この頃は釣りに夢中でしたね。
カリフォルニアは、寒流と暖流がぶつかる絶好の漁場。冬はタタミみたいなサイズのオヒョウ、夏は1メートルにもなるブリやカツオがバンバン釣れる、そんな場所でした。ずっと釣り船のバイトもしてまして、そのまま漁師になるのもいいなと思ってましたね」

あめりかで漁師? あっけにとられる取材陣にとってさらに驚きの話が続きます。

「高校卒業後は、コミュニティカレッジといって、日本の専門学校のような所に籍はとったんですが、親が帰国することになって、自分だけそのまま残るか迷ったんですが、結局一緒に帰ってきました。
親の赴任先は東京でした。札幌の片田舎しか知らなかった自分にとって、バブルに沸いていた当時の東京のイケイケの感じは、もう衝撃でしたね!なんじゃこりゃ~、こんなキラキラして楽しそうなんだったら日本に帰ってこよう!と即決でした (笑)」

まさかの、東京が楽しそう発言!
日本には帰ってきましたが、北海道や農業にたどりつくのは、まだまだ先のようです、、、。

その後、東京での学生生活を謳歌したであろうことは、容易に想像できますが、上田さんいわく「普通に英文科」を卒業したあとは、やはり、北海道には戻らず、ITエンジニアとしてそのまま東京で会社員生活を始めます。

今でこそ、働き方改革、やブラック企業、などの言葉が広まり、残業のし過ぎは悪だという風潮になっていますが、当時は、まだそうした概念が広まってはいませんでした。上田さんも月100~200時間の残業はざらだったと言います。
「新卒から10年以上そんな生活を続けて、さすがに疲れましたね。これをずっと続けていくのか? そろそろ潮時なのでは?と思ったタイミングでした」

beri-beri-fa-mu2.JPG広〜〜い畑を案内してくださいました。小高い畑からは海も望めます

33歳で仁木町へ、そして新規就農

タイミングというのは本当に不思議ですが、この頃、ちょうど仕事で仁木町のおとなり余市町に来ることが増えていたのだそう。

「通っているうちに、仲の良い友だちもできましたし、離農する果樹農家さんから畑を買ってくれないかという話が舞い込んだり、いろんなことが重なりました。さらに言うと、奥さんは東京の人なのですが、オーガニック食材などに以前から興味を持っていて、割とすんなり説得できそうだったし、よし、じゃあ北海道に行くか!と」

もともと農業に興味があったわけではなかったけれど、自分は凝り性なのかも、と言う上田さん、釣りや、バブルの東京や、エンジニアとしての仕事、と常にその時の状況に夢中になってきたけど、33歳にして、人生で最も夢中になれるものにであったのかもしれません。それが、農業であり、ワイン造りでした。

こうして1999年に就農を果たした上田さん、現在は30ヘクタールにもなる農園も、最初は1ヘクタールからのスタートでした。
「離農する農家さんがとても良い条件で土地を譲ってくれて。しかもまた別の離農する農家さんが畑にあるブルーベリーの木をただで譲ってくれて。それを全部抜いてダンプで運んで、一本一本植え替えたのが、今のブルーベリー畑の始まりです、原点ですね」

1ヘクタールから始まった畑でしたが、あれよあれよという間に拡大していきます。というのも、高齢化が進む地域で、離農する農家さんも多く、隣接する農家さんや近所の農家さんが次々と畑を買ってくれないかとと声をかけて来たのです。

まわりの農家さんたちは、上田さんの丁寧な仕事ぶりをしっかり見ていました。いくら離農するとはいえ、畑を大事にしてくれる人に譲りたいはずですから。

beri-beri-fa-mu7.JPG
最初に畑を売ってくれた農家さんが、果樹栽培のいろはをイチから親切丁寧に教えてくれたおかげもあり、順調にブルーベリーを育てていた上田さんでしたが、畑の拡大とともに、いよいよぶどう栽培へと乗り出していきます。
「ブルーベリーと違って、ぶどうは素人には難しかったですね。でも師匠であるその農家さんが、春夏秋冬のそれぞれの時期にするべき仕事、細かい剪定の仕方、と全部つきっきりで教えてくれました。近所に住んでいるので、なにかあればこちらからもしょっちゅう聞きにも行ってました」

スクラップビルドを経て定まった、やりたいこと

こうして、数年の試行錯誤の結果、ぶどうの他にも数種類の果物の生産にも成功し、その間には少しづつスタッフも増え、上田さんの農園は会社組織としても成長していきました。現在のHPを見ると、農園でできる果樹を使ったジュースやワインなどの商品開発、販売、レストラン・カフェ事業、社会貢献活動、など果樹をつくるだけでなく幅広い業務をおこなっているようです。 
今後も、どんどん幅広い事業展開をしていく構想なのかと勝手に思っていたのですが、上田さんからは意外な答えが帰ってきました。

「スクラップビルドで、当初の計画とは変わってる部分も多いんですよ。どちらかというと、今はいろんなことに幅広く挑戦した時期を経て、品種も商品も本当につくりたいものに絞り込んで、ひとつひとつの質を高めていこうとしている段階、という感じですね」

beri-beri-fa-mu18.JPG有機栽培の果物からつくられる極上のジュース
なるほど。その結果、いっときは20種類にも及んだ果物も、現在はブルーベリー、ぶどう、さくらんぼ、ラズベリーの4種類がメインなのだそう。
しかも、仁木町の代名詞とも思えるさくらんぼも、だんだん減らして、ワインブドウに転換していってる最中なのだとか。
「実は温暖化の影響でさくらんぼもだんだんつくりづらくなってきてるんです。さくらんぼのまちと言われる仁木も、今はミニトマトのまち、になりつつあるんですよ。さくらんぼから桃に転向している農家さんもいますね」

詳しく聞くと、この辺で昔から続く農家さんは、最初は田んぼだったのが、りんご畑になって、ぶどう畑になって、さくらんぼ畑になって、今はミニトマトも育てている方も多いのだそう。もちろん今でも、さくらんぼやりんご畑もありますが、20年スパンくらいで環境にあわせて育てる作物をかえていっているのだそう。農家さんの適応力や挑戦する姿勢、本当にたくましいですね。

有機栽培したぶどうは、オーガニックワインへ

ところで、今さらながら私たちが今インタビューしている場所、どこだと思います?? 実はワイナリーなのです。
ワインブドウのお話も出ましたし、ここからは上田さんの取り組むオーガニックワインについてお聞きしていこうと思います。

beri-beri-fa-mu5.JPG2020年に完成したばかりのこちらの新ワイナリーにてインタビューさせていただきました
が、その前に!!! オーガニックワインについて、少し説明させて下さい。

オーガニックワインとは、オーガニック農業で栽培(有機JAS認定)されたぶどうを使い、オーガニックワインの規定(酒類における有機などの表示基準)に乗っ取った醸造法で製造し、両者(有機JAS認定は農水省、酒類の表示は財務省)の認可をうけたもの。つまり、原料を栽培する段階と、ワイン醸造する製造の段階と、少なくとも二段階での厳しい認証が必要となります。

ちなみに、原料(ぶどう)の栽培段階だけでも、
・植物に化学肥料を与えない。
・農薬や除草剤といった合成化学物質を用いない。
・遺伝子操作を行わない。

などの規定があります。化学肥料を与えない、農薬を使わない、と言葉にするのは実に簡単ですが、これを実際に行うのは並大抵のことではありません。
さらに、製造段階でもワインにはほとんど必須な酸化防止剤等の添加物も、ぎりぎりまでの制限が求められます。
うーん、素人から見ても相当ハードルが高いことがわかります。。。

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「そもそも原料(ぶどう)が有機栽培の認証を受けていないとけない。これが一番重要なんです」
終始冷静な上田さんの声に力が入ります。
聞けば、日本ではまだ2件しか実現していないそうで、さらにその1件目、つまり日本で初めてオーガニックワインの認証を取得したのが上田さんだというではないですか!!

「ぶどうが有機栽培の認証を受けるためには、基本的に農薬が使えないです。もともとワインぶどうは地中海の乾燥した地域の原産ですし、日本の本州のような高温多湿の地域では、農薬無しだと虫や病気が出やすくて、育てるのが非常に難しいんです。そうした意味で、北海道は気温も湿度も低く、ぶどうを有機栽培するには、国内でここ以上に適した場所はないと思っています。ワインを作る工程においても、もちろん規制はたくさんありますが、まずは原料のぶどうを有機でつくるのが、一番難しいんです」

なるほど。筆者は、ワイン大好きで普段からよく飲んでるにもかかわらず、オーガニックワインについてはおろか、有機栽培についてもよくわかっていませんでした。通常のワインとオーガニックワイン(特に国産)には、出来上がるまでの工程に大きな違いがあることをしっかりと認識して、これからも色々なワインを楽しんでいこうと思います。
ちなみにワインは通常、果実酒と表記されますが、オーガニックワインは有機農産物加工酒類という表記になるそうです。

beri-beri-fa-mu6.JPG
ここまで、上田さんがたんたんと語ってくれるので、ついつい全てが順調に進んできたように錯覚してしまいますが、きっと苦労もたくさんあったはずです。そのへんをお聞きしてみると、、

畑の壊滅も、、しょうがない!

「大変だったこと?、、、そうですね~、、。実はワインブドウを栽培し始めて2年目にして早くも無農薬に挑戦してみたんです。すると案の定というか、当然というか、病気が出て、葉っぱが1枚もなくなったんです!1枚もです!見事に全滅しました。さすがにショックでしたね」
なんと!2年目にしてそんな挫折を味わっていたのですね。

「はい。さすがにそれからはボルドー液(※)だけは最低限使うようにしてます」
※硫酸銅、生石灰を混合した溶液で、100年以上前から使用されている。JASの基準でも唯一認められている殺菌剤。

「あとは2004年の台風かな。北大のポプラ並木も全部倒れた、あの強烈だった台風です。納屋も全部ふきとばされて、ぶどうだなもつぶれて、畑もめちゃくちゃになりました。ひどい有様でしたね」

確かに、あの台風のすさまじさは今でも記憶に残っています。

一度ならず二度までも、ほぼ壊滅に近いような経験をして、心が折れなかったのでしょうか? すると、やっぱりたんたんと
「でも、まわりもみんなそうだったし、しょうが無いかって」 と笑顔で語る上田さん。

beri-beri-fa-mu11.JPGぶどうの葉の剪定作業中だった社員の方たちと。入社希望の方は道内だけではなく全国各地からやってくるそう
しょうがない。なかなか言えない気がします。
それにしても、めったにないような台風などの自然災害が大変だったのはもちろんわかるのですが、それ以外には「大変なこと」なかったのでしょうか。例えば、難解な書類とか、関係機関とのやりとりとか、トラブルとか??

「そういう意味でいうと、製造においては、全ての工程を記録・管理する必要があります。いつ、何時に、どのくらい、のような記録が必要でものすごく手間がかかります。有機栽培においても、今日は、どこの畑に何人入って何時間作業したとか、この堆肥は使って良いのかも事前に確認が必要だとか、とにかく大変です!農水省の外郭団体(認証機関) が毎年チェックに来て、電話帳なみの書類を用意しなければならないし、本当に大変。普通はとてもそんな手間を掛けられないと思います。
オーガニックはめんどくさい!!!! (笑) 」

なるほど。それらは上田さんの中では、多少めんどくさいことではあっても、たいして「大変なこと」ではないのですね。

いいものをつくりたい

でも、どうしても聞きたいのは、そんな手間のかかることをなぜ?ということです。だってオーガニックだからと言って、高く売れるわけではない、とも先程お聞きしました。すると
 
「やっぱり、いいもの作りたい、他と差別化をはかりたい、というところでしょうかね」
との答えがかえってきたのでした。そして、こんなことも教えてくれました。

beri-beri-fa-mu17.JPG新ワイナリーの名称 ドメーヌイチ を冠したワイン
「あと大変なことといえば、、、、天候によって、果実の出来が左右されること、こればっかりは、本当に難しいです。
例えば、ブドウの収穫は10月なのですが、9月になると寒くなってブドウが水を吸わなくなって、実が凝縮します。そのタイミングで雨が多かったりすると、ブドウが水っぽくなって薄くなってしまいます。でも、もちろんその逆もあって、天候に恵まれて最高のブドウが出来た年は、もうその色を見てるだけでワクワクします、絞ってても、あ〜香りがいいな、どんな素晴らしい味になるんだろうって、ワクワクしますね!」
マスクはしていますが、今日イチの笑顔です。

特に白ワインが好きだという上田さんですが、自分でぶどうから育てたワインを飲むってどんな気分だろうな~と想像しつつ、嬉しかった出来事についてもお聞きしてみました。

「2014~2016の3年連続で、全日空の国内線の全便に、機内販売ワインとして採用されたことですかね。すごく嬉しかったです!オーガニックワインがうちしかなかったというのもあるかもしれませんが、いろいろな方に飲んで頂く機会になりました」

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1999年の就農から約20年。国産オーガニックワインのパイオニアである上田さんのもとには、ワインや有機栽培にチャレンジしたい人材が集まり続けています。採用の条件を聞いたところ、何と、特にないです!とのこと。スキルや条件よりも、みんなと一緒に働けるか、という部分を重視しているようです。

信頼できるスタッフさんが、社員だけでも20名いるそうで、それならば、たまには長いお休みなんかもとれるのでは? とお聞きしたところ、
「秋までは畑に出てるし、冬はワインの仕込みがあるし、長く休める時期は、、無いかな」とのこと。
しかも趣味はガーデニングだというのですから、取材陣、失礼ながら思わず笑ってしましました。
本当に畑や植物を育てるのが好きなのですね!
ちなみに、ここは日本海も近く釣りも楽しめますが、「カリフォルニアと比べると、何となく物足りなくて」釣りはもうしないのだとか。

「結果として、自分は、イチかバチかの釣りよりも、長い時間かけて、作物を育てる方が面白かったのかもしれないですね」

beri-beri-fa-mu9.JPGブルーベリー畑では草刈り作業の真っ最中。その合間に集まっていただきました。

終始、おだやかに冷静に語ってくれた上田さん。決して、身振り手振りをまじえたり、大きな声で語ったわけではありません。でも、「いいものをつくりたい!」という、強い気持ちがすごく伝わってきました。
それとともに感じたのは、「好きなことだからする」という、ごく自然体な姿勢でした。

そんな上田さんに、最後の質問です。農園でとれるフルーツのお薦めの食べ方は?
「生が一番!それが一番おいしいので、できれば、とれたて、つみたてを畑に食べに来て下さい!」とのことでした!

ちなみに収穫などをお手伝いしてくれるアルバイトさんも募集(8月の収穫期)しているそうなので、興味のある方は是非!

5D3A0899.JPG有機の畑はその作業のほとんどが手作業です。丁寧で地道な作業の積み重ねが果実本来の味へとつながります

ドメーヌ・イチ((株)自然農園グループ) /ベリーベリーファーム ((株)自然農園)
ドメーヌ・イチ((株)自然農園グループ) /ベリーベリーファーム ((株)自然農園)
住所

北海道余市郡仁木町東町15丁目41番地

電話

0135-32-3090<月〜土/8:00〜17:30>

URL

https://www.natural-farm.jp/


日本初のオーガニックワインをつくったのは、もとITエンジニア

この記事は2021年6月1日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。