札幌と旭川を結ぶ国道12号線の途中に、とっても魅力的な名前の道があります。その名も「すながわスイートロード」。
甘いもの好きな方なら、きっとご存知ですね。人口1万7千人ほどの砂川市内に、スイーツを楽しめるお店がなんと20店舗!
考えただけでも幸せな気持ちになれるこのスイートロードに、連日行列のできるお店があると聞き早速駆けつけました。
父の味を残したい「よもの月」がつなぐ親子の絆
やってきたのは砂川市の「ナカヤ菓子店」さん。地元はもちろん、道内各地から「ナカヤのアップルパイ」を求めて訪れる方が連日後を絶ちません。この日は期間限定のマロンパイも販売中とあり、たくさんのお客様で賑わっていました。
私達も駐車場で車から降りると、店内から溢れ出るバターとお砂糖の焼けるいい匂いに包まれて、既に幸せ気分です。
季節限定のマロンパイです。生の栗を使い、こだわりと想いを込めて作られています。
お話しをうかがうのは、ここナカヤ菓子店で生まれ育ち、現在三代目店主兼パティシエールの菅野佳子さんと、ご主人の菅野眞人さん。
「元々はごく普通の和洋菓子のお店だったんですよ」と佳子さん。
現在看板商品となっているアップルパイが誕生したのは、今から22年も前のことだそう。
アップルパイが誕生するまでにどんなストーリーがあったのか。
時代はぐぐっと遡って、佳子さんの子ども時代から聞かせていただきました。
お祖父様と、お父様がケーキ屋を営む家庭で、二人姉妹の妹として育った佳子さん。
そんな環境なら、小さい時から姉妹揃ってケーキ屋さんを夢見ていのかと思いきや意外な答えが。
「祖父母も両親も毎日朝から晩まで仕事しごとの日々で、両親に至っては会えるのはいつも工場ばかり。一緒にご飯を食べられる日もなかったので、正直ケーキ屋さんには憧れませんでした(笑)」と苦笑い。
ですが、高校生になった頃、お祖母様が体調を崩したことをきっかけに、お店の今後について佳子さんは考えはじめます。
「父は、うちは娘二人だから、二人が嫁いだらこの店はたたむっていつも言っていました。そんな中、姉は先に道を決めていたので、私の決断でこの店の今後が決まる。そう思ったら、もし自分にもこの仕事ができるのなら、父と一緒にやってみようかなって思いました。それと父の作る「よもの月」が大好きだったので、この味を残したいって気持ちもありましたね」と、高校3年生の時、自ら三代目を目指すことを決心。
高校卒業後は、菓子職人を目指して東京の日本菓子専門学校へ進学します。
この味を残したい!と佳子さんが想いを込めて繋いだ「よもの月」
父を越える菓子職人を目指して
日本菓子と言えば和菓子のこと。製菓の専門学校であれば洋菓子も選択できたと思いますが、日本菓子に決めたのには、何か理由があったのでしょうか。
「そうなんです。父に相談した時、和菓子の道から洋菓子にはいけるが、洋菓子から和菓子は難しい。だから和菓子の基礎をきちんと学んだほうがいいと言われ、その教えに沿ってまずはみっちり和菓子について学んできました」と、佳子さん。
専門学校を卒業した後は、東京にある老舗和菓子店に入社します。
「和菓子職人としては初めて女性を採用してくれたので、本当にすごく嬉しかったです。和菓子だからこそ表現できる四季折々の技に触れることができたのも、本当に貴重な経験でした」
と、仕事はとても充実していたものの、日々餡を運ぶなど、体力的に厳しい仕事も多く、1年半ほどで体調を崩し退職を決めます。
この時、そのまま実家の菓子店へ帰ることもできたのですが、佳子さんはここで一度立ち止まります。
「このまま帰って父と同じものを作っても、それ以上にはなれない。
このまま『まちのお菓子屋さん』では終わりたくない。
私は、うちのお店で何ができるのかな・・・」
そんな想いを胸に抱き、まずは1か月、日本中を旅して周ります。
「日本中の人気店のシェフに会って、お話しを聞いてみたかったんです。どんな考えを持って、どんな想いでお店をやっていらっしゃるのか。実際お会いして、お話しを聞かせていただけたのは10人くらいでしたが、皆さん本当に素敵な想いを持っていらっしゃいました。そして、お話しを聞く中で、自分が大切にしたいものが少しずつ見えてきたような気もしていたんですよね」
と、佳子さんは未来に向けて歩みはじめます。
佳子さんが向かったのは、実家のある砂川市から車で1時間半ほど離れたまち、旭川市。
市内でも人気の洋菓子店「サンミッシェル」で修行をスタートします。
「将来的に実家の菓子店へ戻ることは伝えていたのですが、快く受けていただいて、今の私の基礎とも言える、洋菓子の土台を育てていただきました」
今は閉店してしまったサンミッシェルですが、オーナーの竹川さんの人柄、お菓子に対する想い、働く人への気配りなど、どれも学ぶことばかりだったと、ここでの経験が今のナカヤ菓子店に大きな影響を与えているそう。
そんな出会いを引き寄せたのも、やはり佳子さんの想いと行動力があってこそ。
この時のご縁から、今でもオーナーの竹川さんとは親交があり、菓子職人の先輩としてアドバイスもくれるのだとか。
パティシエとしての軸になるような体験を重ねたこの体験を経て、佳子さんはいよいよナカヤ菓子店へと帰ることを決めました。
今日より明日。もっとおいしいお菓子を届けて
ここでいよいよアップルパイが誕生するのかと思いきや「いえいえ、まずは基本に忠実に、イチゴのショートケーキ、モンブラン、チーズケーキなどの洋生菓子を中心に作っていました。他にもお店のレギュラーメニューでもある、かりんとう饅頭や、よもの月など、覚えることももりだくさん。ただ、父と一緒に仕事をするようになって、この地域でお店を続けていくこと、父や祖父が大切にしてきたこと、それを本当の意味で受け継ぐということ。そういう時間をちゃんと持てたことが、すごく嬉しかったです」と話す佳子さん。
やさしくもあり、厳しくもあるお父様の教えに触れることで、新たな発見も多かったそう。
「毎日同じことをやっていても、前よりおいしくなることはない。今日より明日。前に来た時より今日はおいしい。そういうものを作りつづけること」
「満足していただけるものを作り続ければ、売上は後からついてくる」
と、お父様の方針は一貫して『常によりよい商品を作り、お客様へ届ける』というもの。
「父は本当に売上に関しては一切言わない人で、唯一注意されることと言えば食材を無駄にするなということでしょうか。いつも、『よりおいしく』を求めていて、今日より明日、よりおいしいお菓子になるためにはどうしたらいいのか?そういう視点を持ち続けている人ですね」と、父としてはもちろん、菓子職人としてもすごく尊敬できる人だと教えてくれました。
アップルパイは、お客様の一声から?!
こうしてお父様と働きながら、常に向上心を忘れない佳子さんの元へ、古くからの常連さんがお願いしたいことがあるとやってきました。
そのお願いが「アップルパイを作ってくれないか」というもの。
それまで定番ケーキの他、焼き菓子も提供していたものの、そういえばアップルパイはない。
それなら、お客様の希望するアップルパイを作ろうと、生地づくりからはじまりました。
ですが、お客様に食べていただくと「もっとポロポロしないようにしてほしい」、「もっとしっとりした生地がいい」、「もう少し軽いほうがいいかなぁ」などなど、皆さんのアップルパイに対するこだわりがそれぞれに。
そんなお客様の声を元に、改良に改良を重ねていくと、徐々に口コミでアップルパイの人気に火がつき、そのおいしさからどんどんリピーターが増えはじめます。
また、時を同じくして砂川市が主導となって「すながわスイートロード」のツアーがスタートすると、瞬く間にアップルパイは一番人気の商品となり「ナカヤのアップルパイ」が誕生します!
海より深く広い眞人さんの想いとは
ここまでお話しうかがう間、なかなか登場する機会のなかったご主人の眞人さん。
眞人さんも同じパティシエ仲間として出会い結ばれたのかとおもいきや、異業種からの大転身で今ここにいらっしゃるのだとか。
札幌で営業と印刷系の機械技術者としてお仕事をしていた眞人さんと、パティシエール佳子さんの出会いはなんと海の中。
東京在住時代にスキューバダイビングの面白さに惹かれハマっていた佳子さんは、北海道へ帰ってからも札幌のスキューバーダイビングクラブに所属しながら休日は海を満喫していました。そのスキューバクラブに在籍していたのがご主人の眞人さんです。
お互いの好きなものが同じということもあり、あっという間に意気投合し、お付き合いがスタート。ですが、結婚へ向けては悩むこともあったのだとか。
「彼と結婚したい気持ちはあっても、ナカヤを続けたい、お菓子を作り続けたいという気持ちがありました」と当時を振り返る佳子さん。
眞人さんはと言うと・・・
「付き合っている頃に、何度か砂川へ来てお菓子を食べさせてもらいましたが、お世辞じゃなくすごくおいしかったんですよ。僕は機械の技術畑にいたのでお菓子作りをしたことはありませんでしたが、僕と結婚することでこの味がなくなってしまうのは残念だなぁと思ったし、彼女の想いも聞いていました。それなら僕がこっちに来たらいいねって彼女に伝えたら、ビックリしていましたね(笑)」と、仕事を辞めて、一緒にお店をやる覚悟を決めたそう。
会社員から自営業。しかも未経験の製菓の世界に飛び込むことも厭わない。眞人さんの器の大きさ、心の広さには感心するばかりです。
「それに妻もお父さんも、営業や、対外的なことが苦手だったので、そういった面なら僕でも力になれるんじゃないかなって思いました。それに、35歳と少し遅咲きですが、ここからお菓子を学ぶ道もいいかなって思えたのは、きっとお父さんのお菓子に対する姿勢を見ていたからかもしれません」と、お父様へは結婚の報告と共に、この店を2人で続けていくことを伝えます。
これにはきっとお父様も大喜び!と思いきや「それが父は大反対だったんですよ」と佳子さん。
きっとお父様自身が子どもたちに寂しい思いをさせたり、苦労しながら家族を養ってきたように、同じ苦労を娘夫婦にはさせたくない。そんな想いもあったのでしょうか。
「俺は知らんけどね・・・」お父様はそう言いながらも、最初だけは面倒見てやると言って、お菓子作りの基礎となる餡の仕込みを眞人さんに教えてくれたそう。
「お父さんには本当に感謝しています。お菓子のイロハも何もわからなかった僕に、1から教えてくれました。今はもう引退されましたが、私達が忙しい時は二人の子供たちの世話までかって出てくれていて。本当に助けてもらってばっかりです」と、お二人ともご両親には感謝の気持ちしかないと話します。
「ただ、うちの父からここに来てくれて嬉しいとか、そういう言葉は一回もないんですけどね(笑)」と佳子さん。
いやいや、照れくさくてそんなことは言えない年代なだけで、本当はお父様もすごく喜んでいるはずです。
きちんとお父様の想いを受け継いでいるお二人を見ていると、そう思わずにはいられません。
菓子は人なり。生地を見たら誰がこねたかわかります
こうしてお話しをうかがっている間も、次々に訪れるお客様。
そして焼きあがるアップルパイ。
店内には商品を待つお客様からオーブンの中が見えるようになっています。
「味でご満足いただくのはもちろんなんですが、お店に来ることを楽しんで欲しかったんです。そこで、LIVE感を出したいなと思って、ガラス張りの窯にリニューアルしました」
アップルパイやパイシュークリームがどんどん膨らみ焼いているところは、子どもはもちろん、大人もついつい見入ってしまうほど。
と、ここで佳子さんからビックリする発言が飛び出します。
「実はこのパイ生地。全て手ごねなんですよ」
全て手ごねということは1日何個限定なんだろうと、店内を見渡してもそんな張り紙は見当たらない・・・。
もしかして1日中こねています?
「あはは(笑)そうですね。やっぱりアップルパイは焼きたての食感が大切なので、最初の頃は20個ずつ作っていました。今は少し量を増やしましたが、手の力加減を考えても1度に40個が作るのが限界なんです。もちろん機械化したほうが効率よく焼けることは、理解しています。でも、うちのパイ生地は通常よりもふんわり焼き上げるように作っているため、機械ではそのふんわり感を再現できない、納得のいく味にもならなかったんです。なので、今も1日に何度も手でこねています」と、さらっとお話しされますが、そんな簡単なことではないはず。
聞けば多い時は1日2000個のアップルパイが売れるナカヤさん。
ん? 2・・・2000個!
1度に40個分しか作れない生地を、もし5人でこねたとしても、1日10回の手ごね。
それにスタッフの技術に差があったのなら、うまく膨らまないこともあるのでは?と、聞いている私たちのほうがドキドキしてしまいそう。
「そうなんです!『菓子は人なり』と、私も教えられたのですが、生地を見ればそれは誰が作ったのかすぐにわかる。それぞれの個性が生地に出るんですよ。不思議ですよね(笑)でも、ベテランスタッフは、その生地を見て、きちんとうちの商品として焼ける生地に修正してくれるんです。すごいです?(笑)というか、私も含め生地マニアになってくると、個性的な生地を見た時『そうきたかー!』ってちょっと楽しくなっちゃうんですよね」と、ニコニコしながら話す佳子さん。
えぇぇ!それぞれの個性がでた生地をきちんと焼き上げるのが楽しいだなんて、マニアすぎて驚きます(笑)。
ただ、そうした技術の未熟さも、経験ある方々が包み込んでくれるその雰囲気は、そうそう他のお店では叶わないのでは?
そう思うと、やはりナカヤさんの雰囲気の良さも含め、全てを包み込むようなやさしさがこのパイにも詰まっていて、それがおいしさにもつながっているのだと確信しました。
想いが伝わるお菓子を届けて
「お菓子って、想いが伝わる、想いを伝えるためのものだなと思っているんですよ」と、佳子さんはこう続けます。
「うちの店の誕生日ケーキを毎年楽しみにしていてくれた子が、先日お母さんになったんです。そしたら自分の子にもここのケーキでお祝いしたいからと100日のお祝いのケーキをご注文くださって、お客様自身がこのケーキを通してご両親の愛情を受け取ったように、それが受け継がれていく。そういった人生の一部にケーキをいうお菓子を通して関わらせていただけるのは、本当に幸せなことだなぁと思っています。また、ご家族が亡くなられた後も、生前好きだったお菓子だからと毎月命日にお供えくださっている方もおいます。あと、すごく嬉しかったのが、ご病気があって舌で味覚を感じることはできないけど、ナカヤさんのアップルパイの香りが大好きだからと、わざわざ道南から足を運んでくださる方もいらっしゃって・・・。お一人おひとりのお客様とこのお店、そしてお菓子を通してつながれることが本当に幸せで、感謝してもしきれないです」
毎日お菓子を作るだけでも忙しいのに、そんな顔は見せずに常にお客様とも心を通わせる。それが次の日の励みにつながるのだと微笑む佳子さんからは、本当にやさしさが溢れていました。
接客を担当する高橋さんと3ショット!高橋さんの記事はまた後日公開
「これからも手作りのおいしさで、お客様に愛されるお店にしたい。そして毎日お客様の期待にも応えていきたい。だからこそ、この場所で商売を続けて、これからはまちに残りたい人の受け皿になっていけるよう、私達も成長していきたいと思っています。今日より明日、もっとおいしいをお届けできるように私達も頑張ります!」
「お菓子は想いが伝わる」
その言葉のとおり、ナカヤさんの想いが詰まったアップルパイ。
その想いが届いた方が次々と訪れる、ぬくもり溢れる場所がここナカヤ菓子店なのだと感じずにはいられません。
今日より明日。またナカヤさんのファンがどんどん増えていくのが楽しみです。
- 株式会社ナカヤ菓子店
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