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このまちのあの企業、あの製品
岩見沢市

地元の誇りもワインに詰めて。株式会社宝水ワイナリー20180717

地元の誇りもワインに詰めて。株式会社宝水ワイナリー

岩見沢市宝水地区の一角。なだらかな斜面にぶどうの果樹が並び、頂きのあたりには山小屋風の醸造工場兼ショップと木製風車が佇んでいます。まるでヨーロッパを彷彿とさせる美しい景色。ここは2014年に公開された映画「ぶどうのなみだ」のロケ地としても知られる「株式会社宝水ワイナリー」。代表取締役の倉内武美さんに、まずは土地の歴史からひも解いてもらいました。

ぶどう畑の景観に心を打たれて。

宝水地区はもともと野の沢と呼ばれていた岩見沢の水源地。大正9年にダム湖が完成すると、その水は付近の炭鉱や北村地区の農地へと運ばれていたそうです。この地域の産業を支える宝の水というイメージから、ダム湖はいつしか宝池と呼ばれるようになりました。

「昭和37年に地番改正が始まり、このあたりの名称を変えることになりました。私の親世代が寄り集まり、宝池の良い水が出る地域という理由から宝水町と名付けることにしたんです」

倉内さんは宝水地区に生まれ育った農家の3代目。お父さまから農地を受け継いで以来、米や麦を手掛けていました。ぶどうと出会ったのは35年ほど前。知り合いの農家が畑の連作障がいを防ぐためにぶどうを栽培していて、倉内さんにもつくってみるようにすすめたといいます。

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「ま、軽い気持ちでぶどうの果樹を植えてみるかって(笑)。当時は収穫したぶどうを小樽の『北海道ワイン』さんに出荷して原料を供給していました」

ところが、2000年代初頭の9月、突如として転機が訪れます。当時の岩見沢市長が宝水地区の農道をクルマで走っていた際、倉内さんのぶどう畑の前で停車し、斜面を駆け上がってきたというのです。

「エラい剣幕で驚きましたよ。この作物は何かと問われ、ぶどうだと答えたら『素晴らしい景観だ。宝水町でぶどうをつくり、ワインを醸造することはできないか』と。当初は面食らいました。こんな田舎の農家ができっこないって。ワインというよりも甘いぶどう酒しか飲んだことがなかったし、ふだんはもっぱら焼酎の梅割ですから(笑)」

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倉内さんの戸惑いとは裏腹に、岩見沢市の動きはスピーディでした。まちにワイン産業を起こそうと東奔西走し、2002年には市の補助事業として「岩見沢市特産ぶどう振興組合」を立ち上げたのです。宝水地区の農家の有志は現在の宝水ワイナリーの地でぶどう栽培に乗り出し、畑が10ヘクタールになったら醸造工場を建てようと団結しました。

「RICCA」が国産ワインコンクール銅賞を受賞!

宝水ワイナリーの設立は2006年。ぶどう畑の面積は目標に達していなかったものの、ワイナリーの初代代表が岩見沢市や空知総合新興局と掛け合い、北海道の地域政策振興資金や銀行融資を得たことで予定よりも早く計画が進みました。

「当初は自社のぶどう畑から十分な量を収穫できなかったので、デラウェアやキャンベルアーリーという赤ワイン用の品種を仕入れ、醸造免許の取得と同時に仕込みを始めました。ただ、先代が1年ほどで退陣を余儀なくされ、残ったのは借金と在庫の山。え? そんな状況でなぜ代表を引き継いだかって? 岩見沢市の職員さんや銀行員の方から後継者は私しかいないといわれたから(笑)」

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あっけらかんと語る倉内さん。けれど、胸のうちでは情熱が静かに燃え上がったのでしょう。農閑期に働いていた酒問屋のツテを活用し、札幌のお店で自社のワインをアピールしたり、遠く夕張の酒屋で商品をおすすめしたり、さらに、東京のコンサルティング企業と手を携えて関東にも販売圏を広げました。

「でも、知名度が低く、味も未知数のワインがそう簡単に売れっこないですよね。当時は頭を抱えましたよ。自社のぶどうの収穫量も安定しない時期でしたから、余市の農家さんから買い取ったり、私個人の畑からタダで分けたり、いろいろと工夫を凝らして生産量をなんとか増やそうと努めました。すでにワインメーカー(醸造家)や職員を雇用していたので、自分は無報酬でも良いから彼らの給料を支払い、会社をつぶさないようにって必死でね」

事態が好転したのは2008年のこと。自社農園で収穫されたぶどう100%の「RICCA(リッカ)」が国産ワインコンクールで銅賞を受賞しました。雪の結晶をモチーフにした北の大地らしいラベルが目をひくこともあり、少しずつ名前を覚えてもらう機会が増えていったそうです。

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本州や海外からワイナリーを訪ねる人も!

岩見沢市は豪雪地帯。宝水ワイナリーのぶどうは、雪がふとん代わりとなって根を寒さから守るように植えられています。けれど、積雪が多すぎては雪の重さで枝が折れる危険もあり、少なすぎても根が寒さに耐えられずに死んでしまうとか。雪害や冷害に悩まされて自社のぶどうがなかなか収穫できない時期が続きました。

「上手く育たない品種を植え替えたり、接ぎ木したり、あの手この手でぶどう栽培を試行錯誤してきました。それは今ももちろん同じ。何が岩見沢宝水地区の風土に適しているのか模索しながら畑と向き合っています」

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それでも2012年にはぶどう栽培に注いだ努力がようやく実り、収穫量が20トンを超えました。追い風となるように2年後には「ぶどうのなみだ」のロケ地として宝水ワイナリーの名は一躍有名に。本州各地の映画ファンはもちろん、海外からもその景観を一目見たいと訪れる人が格段に増えました。

「宮崎県の女性が一人で訪ねてきたり、遠く沖縄からクルマを走らせてわざわざ工場を見学してくれたり、そんな多くの人とワイナリーでふれ合いながらお話しできるのがうれしくて。かつて宝水地区に住んでいた人から、『苦労しただろうけど名が知られるようになって良かったね』なんて電話をもらうことも。本当にありがたいことです」

housuiwinery_kigyou7.jpg宝水ワイナリーには「ぶどうのなみだ」の記念コーナーも。

倉内さんは現在72歳。ご自身の農地は4代目となる息子さんが受け継ぎましたが、今も畑を手伝ったり、宝水ワイナリーのぶどう栽培に汗を流したり、とにかく忙しい毎日を送っています。いずれはお孫さんが農家の5代目となり、息子さんに宝水ワイナリーを託すのが夢。そのためにも「引退なんていっていられないんです」とニッコリ。

「宝水ワイナリーは岩見沢の人たちの期待を背負って始めた会社。まして自分は宝水町で生まれ育った農家の3代目だからこそ、ワインに『宝水』の名がついていることに誇りを持っています。今は若いワインメーカーも情熱を注いでおいしさを醸してくれていますから、彼らのためにも体力が続く限り頑張らなくちゃ!」

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株式会社宝水ワイナリー
株式会社宝水ワイナリー
住所

北海道岩見沢市宝水町364-3

電話

0126-20-1810

URL

http://housui-winery.co.jp/

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地元の誇りもワインに詰めて。株式会社宝水ワイナリー

この記事は2018年5月9日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。