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北海道で暮らす人・暮らし方
下川町

シンプルな暮らしと、ささやかな試みを楽しむ家族20220112

シンプルな暮らしと、ささやかな試みを楽しむ家族

北海道旭川市からクルマで北上すること約1時間半。下川町は面積の約90%が森林という緑豊かなまちです。環境未来都市としてこの森林資源を活用した産業の確立とエネルギーの自給を進める傍ら、近年では移住促進も盛んで、移住者による起業も増えています。

市街地はスーパーや飲食店、金融機関に加え、肉屋さんや豆腐屋さん、製麺所、お菓子屋さんなどの個人商店まで肩を寄せ合うように集まるコンパクトな町並み。そのメインストリートとなる国道239号線を住宅街のほうへ少し折れたところに、自然発酵と薪窯で焼くパン工房「jojoni(ジョジョニ)」が佇んでいます。

店主は旭川市出身の尾藤佳衣(おとうかい)さん。ご主人の剛弘(たけひろ)さんは、札幌からUターンしたフリーランスのウェブディレクター・デザイナー。昨年にはご夫婦の間に長男の雨(あめ)くん(人見知りもなくとってもキュート!)が生まれ、3人家族としての新しい物語も始まりました。今回は、尾藤さんご一家にインタビューのマイクを向けます。

下川暮らしの魅力を感じた「森ジャム」

大きな丸太が三角形を描き、その奥に五角形の空間を組み合わせたユニークな形の店舗。パン工房「jojoni」はおしゃれで特徴的な外観にも関わらず、木を中心とする自然素材の数々が森林のまち・下川町と見事に融合している印象です。扉を開くと、やわらかな笑顔で迎えてくれたのは佳衣さん。後で合流する剛弘さんと雨くんを待つ間、彼女のお話から聞くことにしました。

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「大学では写真を専攻し、その後も写真活動を続けましたが、将来を考えた時に、自分がやっていた銀塩写真(アナログ写真)を続けることに頭打ちを感じていました。かと言って、代わりにデジタル写真をはじめるほど器用ではなく、銀塩を辞めるくらいならパンを焼いた方が『近い』と思いました。パンは、写真ギャラリーを巡るついでパン屋を探すなど、自分にとって、写真と同じぐらい寄り添った存在でした」

佳衣さんは独学でパンの腕を磨き、2014年に実家の太田写真場を一部間借りして「jojoni」をオープン。とはいえ、いわゆる毎日焼くパン屋さんではなく、日曜日限定で販売するスタイルでした。

「店名は、焦らず徐々に生きていきたいという思いが由来になっています。実は旭川に住んでいた間も、下川町とは縁があって。さまざまなお店やアーティスト、そして人が集まり交流する『森ジャム』というイベントに毎年出店していました。お客さんとの距離が近く、会話を重ねていくうちに、まちの人がシンプルな暮らしを心から楽しんでいるように映ったんです。そんな下川町に心惹かれていきました」

20211201_jojoni_03.jpeg落ち着いた雰囲気で話す佳衣さん。実直にパンづくりに向き合ってきたことが伝わってきます。

地域おこし協力隊のシゴトが結んだご縁

佳衣さんとお話ししていると、剛弘さんが雨くんを抱っこして登場。「お待たせしました」と取材チームにコーヒーを淹れてくれました。ひといきついたところで「僕は大学進学を機に下川を離れて札幌で暮らしました」と話し始めました。

「大学卒業後も札幌で働き、26歳から31歳まで広告会社に勤めました。その後はフリーランスとして独立し、ウェブディレクター・デザイナーの仕事を続けています。ただ、もともと下川町にUターンするつもりではあったんです。生まれたまちの土に還るというのが、この地域の人や自然に育てられた自分の使命のような気がしていましたから」

剛弘さんは36歳のころに中川町の地域おこし協力隊に応募。都会の札幌で仕事をすることに疑問を持ち始めたタイミングで、友人から募集を教えてもらったそうです。

「シャカリキになって働いて稼いでも、手元に残るお金は頑張りに比例せず、時間だけが削られていく...当時はそんな仕事の仕方に行き詰まっていましたね。中川町の地域おこし協力隊として担当したミッションは、まちの魅力とウェブのスキルを組み合わせた情報発信。その一環で不定期にカフェも運営していました」

20211201_jojoni_04.jpegまちを出ても、いつかは下川町に戻ることを決めていた剛弘さん。

実は剛弘さんと佳衣さんを結んだのが、中川町の地域おこし協力隊の業務。札幌駅に隣接するステラプレイス(商業施設)で催事を開いていた際、たまたま佳衣さんが足を運んだのだとか。

「中川町の商品を眺めている彼女に話を聞くと、パン屋さんを営んでいることが分かりました。ちょうど、カフェで使う喫茶店にありそうなトーストを探していたこともあり、提供してもらうようにお願いしたというのが僕らの出会いですね」

地元で稼いだお金を地元で使う経済の循環を

剛弘さんと佳衣さんは3年ほど前にご結婚。その約半年後からお二人は下川町に暮らしています。

「もともと下川町が好きだったので、移住に迷いはありませんでした。豆腐屋さんや肉屋さん、卵を買える養鶏場といった場がコンパクトにまとまり、ここだけで暮らしが完結できるサイズも私にフィットしています。当時はまだ開店準備中でしたが、『jojoni』もまちの日常に溶け込めるお店にしていきたいと思っていました」と佳衣さんは目を輝かせます。

「jojoni」のユニークな店の佇まいは、剛弘さんが中川町で知り合った「木こりビルダーズ」との共同プロジェクトでつくりあげました。製材品として流通しない丸太に、土やワラなどを組み合わせ、自分たちで作り上げたというから驚きです。

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「地域の木材を使い、地域の人材によって、地域の経済を循環していくという彼らの思いにも賛同しました。中川町の地域おこし協力隊の任期を終えた後は、フリーランスに戻りましたが、正直なところ顧客は札幌が7割、下川を中心とする地元が3割くらいです。将来的には、この割合を逆転させたいと考えています」

剛弘さんがこう語る根底には、地元で稼いだお金をお互い地元で消費し、身の回りを中心に経済を循環できるようになれば、誰もが食べていきやすくなるという思いがあるのです。とはいえ、そう簡単に実現できることではないため、「今は何をすべきか日々頭を巡らせているところです」と苦笑します。

コンパクトだからこそ、ささやかな試みがスピーディに

佳衣さんは約1年前に雨くんを出産。その際は里帰りしましたが、「近隣の名寄市に産婦人科があるから、下川町からの通院もさほど苦ではないはず」と話してくれました。

「子育てをしながらお店を本格的に稼働したのは2021年の春ごろ。私は自然発酵させたパンを、薪窯の輻射熱(ふくしゃねつ)でじっくりと焼き込む昔ながらの手法を大切にしています。とりわけハード系のパンが小さなまちで受け入れられるのか不安もありましたが、『森ジャム』でニーズがあることは感じていましたし、毎週のように足を運んでくれる常連さんもできました」

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佳衣さんは現在、月曜と火曜、木曜と金曜を仕事にあて、週に一度不定期にパンを販売しています。

「子育てしながら焼けるパンの数は限られていますし、足を運んでくれるお客さんも都会のように多くはありません。でも、私はもともとアクセク働くのは性に合っておらず、今のペースでも十分に暮らしていけます。生活はもちろん、商いも無理せずコンパクトに成り立つところも心地良いんです」

「jojoni」を訪れるお客様の中には子育て世代も多く、会話を重ねるうちに自然とママ友になれるのもお気に入り。子どもの遊び場やコミュニティ、森のようちえん「カカラ」といった場も豊富です。下川町には自然と遊ぶのが上手な人も多く、「いずれ雨が活発に動けるようになったら『自然とのたわむれ方を教えてくれるゆるい家庭教師』を、いろんな方にお願いするのも良いかも」と笑います。

剛弘さんは「地元出身者として少し辛辣な意見を伝えると、下川町には『ここに行けば誰かとつながれる場』や『協業して仕事を生む機会』が少ないのが現実です。けれど、妻が話したような小さなトライをすぐに実行に移せる面白さは魅力ですね」と続けます。

例えば、最近は薪窯でパンを焼いた後の余熱を活用するための「余熱シェア」を開いているのだとか。鍋に具材を入れてきてもらい、薪窯での調理を楽しんでもらう取り組みです。

「私のつくるパンには下川町の小麦を使うなど、できる限り地産地消を目指し、地域の食文化を豊かにしたいと思っています。近隣の方にも余熱を『消費』してもらおうと思ったところ、想像以上に面白がってもらえました。こうしたささやかな試みも、コンパクトなまちのサイズだから簡単にできることだと思います」

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ふと雨くんのほうに目を向けると、両親が穏やかに楽しくまちについて語る姿を透き通った眼差しで見つめています。決して背伸びをせず、シンプルに人間らしく生きることを模索するご夫婦のもとで、下川町の小さな暮らしを楽しんでいく...雨くんの瞳の奥に、そんな家族の未来が映っているような気がしました。

jojoni(ジョジョニ)
jojoni(ジョジョニ)
住所

北海道上川郡下川町旭町239

URL

https://www.jojoni.co/

※パンは不定期に販売。【LINE@jojoni 】で情報配信&予約受付


シンプルな暮らしと、ささやかな試みを楽しむ家族

この記事は2021年12月1日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。