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まちおこしレポート
滝川市

滝川を菜の花のまちにした「なかのふぁ~む」20170810

滝川を菜の花のまちにした「なかのふぁ~む」

たった一人の挑戦が栽培面積日本一のまちへ

空知平野の北部に位置する滝川市は、稲作を中心に、小麦、タマネギ、リンゴ、菜種の産地。中でも5月下旬から6月上旬にかけて、残雪輝く山々を背景に黄色く染まる菜の花畑を楽しみに道内外各地から観光客が訪れます。その景観が評価され、江部乙地区は「日本で最も美しい村」連合に加盟しました。

花を咲かせて種から油を搾る菜種は日本古来の作物で、かつては全国各地で栽培されていました。最盛期の1957年には北海道の作付面積は16,000haもありましたが、輸入自由化により激変。昨年、全国の作付面積は1,980ha、そのうち道内は884ha。海外からの輸入量237万9,000tに対して、国内生産量はわずか3,630tです。

そんな時代の流れの中、1988年から菜種の生産を始めたのが「なかのふぁ~む」の中野義治さんです。養鶏と畑作農家だった先代から後を継ぎ、稲作を中心に営んできた中野さんが「他の人がやっていない作物に挑戦したかった。花が美しいだけでなく、緑肥として土の力を高める働きもある」と目を付けたのが、寒地・寒冷地向きのキザキノナタネ。8月中旬に種をまき、翌春に花が咲き、7月下旬から8月上旬にかけて種を収穫します。最初は20aの畑でたった一人の挑戦でしたが、美しく咲く菜の花畑が評判を呼び、近隣の農家さんも栽培を始めるようになりました。今では滝川全体で177ha、日本一の栽培面積を誇る地域になりました。

nakano5.JPG忘れ去られた菜種を滝川に復活させた中野さん夫婦

nakano7.JPG水稲ハウスの後を耕し、緑肥となる燕麦の種をまく、次から次へと作業をこなす

nakano16.JPG「89歳の母も農作業を手伝う。畑はいくつになっても働ける場所」と義治さん

自分が口にすることを考えて責任を持つ

義治さんが丹誠をこめて無農薬栽培した菜種を伝統的な方法で搾油しているのが妻の美規子さん。大量生産される油のように薬品を入れて原料から油を抽出するのではなく、原料に圧力をかけて油分を搾り出す圧搾法は、菜種の風味はもちろん、レシチンやビタミンEなどの栄養素も破壊しません。添加物は一切使用せず、搾ったまま100%の菜種油、そのネーミングは「育てて搾った中野の気持ち」。年間1500本ほどしか生産できませんが、夫婦二人三脚で生み出す香りや味はグンを抜いています。

nakano6.JPG「3月に出荷する雪割菜花は食べる品種。これは食用油になる菜種」

nakano web otoshi.jpgまずはドレッシングとして生のまま味わいたい「育てて搾った中野の気持ち」

nakano11.JPG5月、収穫したてのアスパラは穂先がキュッと締まっている

nakano10.JPG「長さも太さもさまざま。野菜は工業製品じゃないから...」と美規子さん

「うちのアスパラは鎌で刈らないんですよ。指で折れるところで収穫すれば、長さは不揃いになるけれど、根元の皮をむかなくても軟らかく食べられるから」と美規子さん。通常、デパートやスーパーに並ぶアスパラは、長さ23cm、25cmと規格サイズが決まっているので、硬い部分も入ってしまいます。ところが、「なかのふぁ~む」では、太いのや細いのを選り分けず、畑から収穫したそのままで販売するのがスタイル。

道内のアスパラの産地で育った東京在住者も「中野さんのアスパラの方がおいしい」と、わざわざ取り寄せてくれるほど甘いのが特徴。「おそらく、春に菜種の搾りカスを畑にまいているからかな。油を搾ると大量にカスが出るんですが、栄養分たっぷりの油分が残っていて、本当に良質の堆肥になります。うちでは、ソバ畑や芝生にもまきます。菜種は捨てるところがないんですよ」と、そのパワーを語ってくれました。

nakano12.JPGゆでただけで、ほっこり甘くて軟らかい。ぜひ何もつけずに食べてほしい逸品

nakano1.JPG中野家の庭から見下ろすと、はっとするくらい美しい水田が広がっていた

「なかのふぁ~む」の作付面積は25haほど。その年によって割合は変わりますが、そのうち稲作は7ha前後。小麦、ソバ、菜種、40~50種の野菜を生産しています。「大切なのは全部お金にしようと思わないこと。食べられないところを袋に入れても仕方がない。商売だけを考えると大量生産になるし、殺菌剤もかけるようになる。家庭菜園ではそんなことしないですよね。私たちは、自分で食べられるものを出荷したい。商品というよりも、自分が口にすることを考えて責任を持つこと」だそうです。

農業は人とつながることが大切

道職員の家庭で育った美規子さんが、農家に嫁いできたのは55年前。「当時はまだ、手で田植えをしていた時代で目がテンになりました。主人の兄弟夫婦がみんな手伝いに来て、もう田植え祭りですよ」。昔から人の手を借りなければできないのが農業。義治さんは「妻にあなたと結婚してよかったと言われるように、もう必死です。一緒に畑で働くわけだから、同じように僕も家事を手伝います。一番身近な家族に喜んでもらえないようじゃ、どんなものを作っても、みんなに喜んでもらえないでしょ」と笑います。

nakano13.JPG「おいとか、うちの奴とかじゃなくて、ちゃんと名前で呼んでくれるの」と美規子さん

中野家では、鶏をつぶす日は友達を呼んで酒盛りをするような、先代の頃から人が集まる家でした。そんな親の背中を見て、義治さんはガレージとして使っていた旧厩舎を搾油の加工場や宿泊スペースに改造し、四六時中、人を集めて宴会をしていたといいます。春になると「菜の花見」と称して、菜の花畑を見終わった後、中野さんの家で焼肉を楽しむためにいろいろな業種の人がやってきました。そのときの交流から「どんなものを望んでいるのかを理解するためにも消費者とつながることの大切さを学んだ」そうです。

nakano3.JPG屯田兵時代の建物。厩舎、ガレージを経て宿泊スペース、加工場へと改造された

中野さんは農業体験を受け入れる組織「空知DEい~ね」など、農村と都市の交流にも熱心に取り組んでいます。最近は大阪からやってくる中高生が多く、義治さんは「人間の生き方という部分で、都会とは違う何かを感じ取ってほしい。コンビニがなくても、畑があれば生きていけるということを知ってほしい」と言います。「私は料理担当。家族そろって食事したことがない。朝食は食べない、夕食は親にお金だけもらう。そんな子が、みんなで食べるとおいしいと感激してくれる。だから、農業体験というよりも、農家の生活体験のつもりでやっています」と美規子さん。

nakano14.JPG大阪からやってくる高校生のために畑の準備をする

nakano17.JPG農業体験にやってきた高校生と話をする恵介さんと恵美さん

3年前、東京で服飾デザイナーをしていた長男の恵介さんが、嫁の恵美さんを連れて「後を継ぎたい」と戻って来ました。義治さんは、そろそろ農業体験の受け入れをやめようと考えていましたが、恵介さんが「農業体験を続けてほしい。僕が担当するから」と言ってくれました。「息子は、まだまだ作業をこなすので精一杯。でも、僕らがやってきたことを継いでくれようとしているので、内心ほっとしている」と義治さん。

nakano4.JPGファームステイ希望者のために建てられたコテージ「穂」

息子夫婦のおかげで、インターネットを通して、中野さんが育てた農作物や菜種油のおいしさ、農業の魅力が発信されるようになり、東京からの注文や訪れる人も増えました。敷地内で、最大8人が泊まれるコテージ「穂」も開業しました。「滝川のまちが、菜の花の栽培面積を競うだけでなく、どこに出しても負けないというプライドを持てる品質で日本一になれたら」と語る義治さんは、菜の花の先駆者として、いまも一歩先を見つめています。

なかのふぁ~む
住所

北海道滝川市北滝の川754番地

電話

0125-24-5167

URL

http://keisukenakano.com/

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滝川を菜の花のまちにした「なかのふぁ~む」

この記事は2017年5月23日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。